64. 嫉妬?
カウンターの受付係に司書エラへの紹介を頼むと、しばらくしてカウンター裏の階段を伝って長い銀髪の女性が下りてくるのが見えた。
写真の通りの美人。
顔の造形を判別できない私からすれば、その髪の色と瞳の色だけでまるでマーリンがそのまま大人になったような姿に見えた。
背も高いし胸も大きいし、全体的に美人なオーラがあふれ出ている。
まぁ、マーリンは男だし、今は髪も黒くしてるから全然違うけど。
……見ただけでは、魔族かどうかはわからないな。
「久しぶり、先生」
マーリンがエラに呼びかけると、彼女は少しきょとんとした顔でマーリンを見つめた──が、マーリンが前髪を持ち上げて顔を見せた途端、エラはその青い瞳を見開いた。
「ロシウス? どうしてここに……?」
動揺したように声を震わせるエラ。
その様子は、再開に感動しているというよりもどこか狼狽えているといった雰囲気が感じられた。
「ロシウスって?」
「俺の昔のあだ名だ」
「昔の……」
その言葉に、なんだか少しだけ胸の内がもやっとして、私は小首をかしげた。
もや……?
「元気だったかい?」
「今のご主人様に拾われてからはね」
しかしそんな私の心の内など知る由もないエラは、取り繕ったような笑みを浮かべながらカウンター近くまでこちらに歩み寄りながらマーリンにそんな質問を投げかけた。
それにしてもよく彼がかつての教え子だってわかったな。
髪色も違うし隷属の首輪も〈幻惑〉で隠してたのに。
「そうかい、それは何よりだ。
君が売られたと聞いた時は耳を疑ったよ……今首輪は?
奴隷からはもう解放されたのかい?」
言って、愛おしそうな目で彼の頭を触るエラ。
撫でられる彼も、どこか嬉しそうに見える。
久しぶりの再会だし、嬉しいのは分かる……わかるが、なんというか、納得がいかないというか……。
私は彼をなでる手首の刺青を睨みながら、今すぐ彼を自分の胸元に引き寄せたい衝動を抑えた。
「いや、今はご主人様の魔法で隠してる。
つけてるのが見えたままだと、入館させてもらえなかったかもだし……」
「そう、まだ首輪はあるんだね……」
エラの手がマーリンの頭から首もとに移ろうとする──のを、私は我慢ならず弾いた。
「触りすぎです」
「ああ、すまない。
いつもこうしていたものだからつい、懐かしくなってね」
「いつも……?」
怪訝な目でマーリンを見ると、彼はどこか気まずそうな顔で視線をそむけた。
おい、なんだその反応?
「……それで、今日はどういった用件で?
君のことだ、まさか顔を見に来ただけとは言うまい?」
こちらを一瞥して、マーリンに本題を投げかける。
「実は、魔力の性質についてもっと詳しく知りたくなって尋ねたんだ」
「ふむ、理由を聞いてもいいかな?」
ちらり、とこちらに視線を送るエラ。
しかし尋ねているのはあくまでもマーリンに対して。
私のことは一応気にする程度にとどめて、ほとんど眼中にない様子で、それがまるで早く私をここから追い出したいと思っているような、そんな風に感じられた。
「再現性のある魔道具が作りたいんです」
「再現性?」
「はい、実は──」
本心を言えば、ずっと彼のそばについていたかった。
しかしせっかくの再開だ。
きっと私抜きでいろいろと話したい思い出話もあるだろう。
私は目を輝かせながら魔法の話をするマーリンの肩を叩くと、夕方ごろに迎えに来ると言い残して図書館を後にした。
「……あ」
図書館を後にしたところで、そういえばエラを鑑定するのを忘れていたことを思い出す。
あのエラという女が、私の知らないマーリンの過去を知っているということに狼狽してすっかり忘れていた。
……狼狽?
「今更戻って鑑定するのも間が悪いし、また帰りにすればいいか……」
私は図書館を見上げると、そのまま踵を返して眠り猫へと向かった。
***
「はぁ……」
眠り猫に帰還するなり、私は盛大なため息を吐いていた。
「お帰りユーリ。
どうした? ため息なんかついて?」
「なんなんでしょうね、私って……」
「何なんだって聞かれても……俺君とあってまだ2日目よ?
わかるわけないでしょ……」
肩をすくめる服部に、それもそうかと同意しつつカウンターにうなだれる。
「なんて説明すればいいか……」
「とりあえず、今日あったこと話してみればいいんじゃないか?
それともこっちから当ててやろうか?」
「今日あったこと……図書館にマーリンを送って、そしたらエラに運よく会えたんですけど……」
「わかった!
そのエラがいけ好かない奴だったんだろ?」
指を鳴らして、まるでクイズにでも回答するような感じで口を挟む服部。
「いけ好かない……の意味がちょっと分かんないですけど、なんていうか、前から?
前からっていうか、ジャックさんに依頼の内容聞いた時から、エラがマーリンにとって、奴隷になる前に魔法を教えてくれてたっていう先生だっていうのは、話に聞いてたんですよ。
その時は別に彼女に対して何も思うところはなかったんですけど……うぅ……」
もやもやとした感情が増大していくのがわかる。
泣きそうとまでは言わないが、なんだか微妙に息苦しい。
「昔の話で盛り上がってるの見て嫉妬した?」
「嫉妬……?
私がマーリンに……?」
ずばり言い当てられたような納得感。
しかし同時にそれは、自身の大人という立場を揺るがすようなものにも聞こえて、私は眉を顰めて服部を睨んだ。
「違うのか?」
「ありえないです」
言い聞かせるように、私は彼の言葉をきっぱりと断ち切った。
「大体、年齢を考えてくださいよ?」
「年齢ったって、同じくらいだろ?
違ったとしても、1つ2つマーリンの方が年上か──」
「──違いますよ!」
ありえないことを言い出す服部に、私は食ってかかった。
「私大人! 立派な成人! 24歳なんですけど!?」
「嘘!? 私、思いっきり中学生くらいかと……」
大げさに口元に手を当てて驚くカエデ。
やっぱりそんな気はしてたけど!
改めて面と向かって言われるとやっぱり腹が立つな……。
「はぁ、童顔で悪かったですね。
声が幼くて悪かったですね。
幼児体型で悪かったですね!」
「す、すみませんすみません!」
畜生、どいつもこいつも子ども扱いしやがって……!
私は盛大なため息を吐くと、そのままカウンターの上に突っ伏した。
「悪かったって。
ほら、アイス奢ってやるから元気だしな?」
「何のアイスですか?」
「チョコのやつ」
「もらいます……」
冷凍庫から店売りの包装されたアイスクリームを、苦笑いを浮かべながら寄こす服部。
そういえばこういう系のアイス、久しぶりに食べたなぁ。
5個くらい箱詰めされてるやつは台所の冷凍庫に入れなきゃだから、引きこもってから食べてなかったことを思い出す。
「うまいか?」
「今話しかけないでください」
「はい……」
それから私はアイスを食べ終わるまでしばらく機嫌が悪いままだったが、最後まで胃袋に収めたころには何にもやもやしていたのかすっかり忘れていた。
こういうところも多分、自分が子供だとお周れる要因の一つではあるのだろうな、と思うと、私がアイスを頬張っている間中、何やら生暖かい視線がこちらに向けられていたのはきっと私のことを馬鹿にしてのことなのだろう。
解せぬ……。
読んでいただきありがとうございました!
次回もよろしくお願いいたします!




