61. 作戦?
急遽第3章を書き直した影響で第61話の後半の内容が大きく変更になりました!
申し訳ありません!
人込みをかき分けて商店街を潜り抜ける。
街の東側にある大きな闘技場周辺から少し西に外れれば、メインの観光地区とも闘技場目当てにやってくる冒険者や戦士相手の商業地区とも少し違った、ナザレの住民たちの生活区画が顔を見せ始めてくる。
そんな生活区画のとある一角。
様々な雑貨屋の密集した区画の迷路のように曲がりくねった路地を定められたポイントから侵入し、そこから決まった順路で角を右へ左へと曲がっていく──と、だんだんと人の気配も、あるいは建物の出入り口すらも見当たらない、完全な路地裏が姿を現すのだ。
「この辺か」
何もない、ただ真っ白なざらざらとしたモルタル壁に囲まれた十字路。
その中央にある、意味深なチューリップっぽい花が植わった花壇の前に屈み、ストレージからとあるメダルを取り出す。
ナザレに来る前に、ジャックから手渡された一時的な身分証のようなものだ。
これを、花壇の下に隠されたくぼみに嵌める──と、目の前の道がぼやけて、それまで何もなかった空間に小さな喫茶店が姿を現すのだ。
小さな下り階段と黒く塗装された鉄柵。
赤いレンガに彩られ、白い木製アーチの窓際には何かの花が植えられている。
白い木製扉には猫を模した金色の看板がかかっていて、そこには『喫茶 眠り猫 開店中』の文字が刻まれていた。
「これは……なんというか、凄いな……」
圧倒されたように、マーリンが呟いた。
「複雑な路地を触媒に迷路で迷うという現象を利用して、そこに特定のアイテムを所持していると辿り着ける……っていう術式らしいね。
いやぁ、魔法って奥が深いよほんとに。
こんなの細〇守監督の映画でしか見たことないよ」
「え、誰の何って?」
「あー、故郷で結構有名だった映画の監督だよ」
「エーガ?」
「あぁ、そっちもわかんなかったか……。
じゃあ、仕事が落ち着いたら家で一緒に見るか」
「お、おう」
ショップって意外と何でも売ってるし、テレビとビデオデッキもあったから多分映画とかも売ってるでしょ。
じゃないとテレビがある理由がわかんなくなる。
私は花壇の下からメダルを外すと、マーリンを連れていそいそと喫茶店に足を踏み入れた。
***
喫茶眠り猫に入ると、カランカランとお洒落な鐘の音が店内に響いた。
店内は落ち着いたダークブラウンを基調に、ワインレッドのソファなどが点々と置かれた少し狭めの空間で、カウンターの奥では1人の背の高い男性と、大学生くらいの女性が駄弁っているのが見えた。
この2人、日本人か?
話している距離感や喋り口調が、この世界の人間と比べてやや遠め。
さらに話しているときの身振り手ぶりからも、間違いなく同郷の人間だろうことが察せた。
そういえば以前、リューが勇者を探して勧誘するのも仕事の1つって言ってたっけ。
「いらっしゃい。
初めて見る顔だな、新人かい?」
コック服を着た髭面の男が、カウンターから尋ねてきた。
「はい。ユーリです。
こっちはうちの参謀マーリン」
男の手元に帳簿が現れる。
彼はそれを一瞥しながら
「聞いてるぞ、勇者なんだってな?
座りな、飯は食ったか?」
「いえ、まだです」
「なら何か作らせよう。
カエデちゃん、俺はこの人たちと話があるから、簡単につまめそうなのを用意してくれないか?」
男がそう言いつけると、カエデと呼ばれた少女はニコリと笑みを浮かべて
「はい。
あ、お2人とも、何か苦手なものとかありますか?」
「あー、辛いのと苦いのでなければ」
「自分は、特に好き嫌いはありません。お構いなく」
「はぁい、じゃあせっかくナザレに来てもらったんで、ナザレ牛のサンドウィッチにしますね!
マスター、あのお肉使っちゃってもいいですよね?」
「ああ。2人とも、構わないか?」
確認するようにマーリンと視線を交わし、こくりと頷く。
どうやら問題ないみたいだ。
「じゃあ、お願いします」
「はぁい!」
カエデは2人の反応を見るなり、ニコニコと笑みを浮かべながら厨房の奥へと向かった。
「カウンター席でいいか?」
勧められるまま、円い座面のカウンターチェアに腰を下ろす。
「俺は、勇者部隊諜報科所属の服部だ。
ここで実行部隊の勇者と諜報部隊の下調べ係が持ってきた情報の受け渡しを仲介している勇者だ。
ちなみにこれは忠告だが、俺の神器はこの店で、ここにいる限りは誰も俺達には危害を加えられない」
言って、デモンストレーションでも見せるように指を鳴らして見せると、いつの間にか全身が鈍色の鎖でぐるぐる巻きにされていた。
それにしても諜報員で名前が服部って。
下の名前もしかしなくても半蔵じゃないだろうな?
「服部……ということは日本人ですか?」
「ということは君も?」
もう一度指を鳴らすと、鎖はまるで初めからそこになかったかのように消え失せる。
便利な能力だなぁ、限定的だけど。
「ええ、こっちに来たのは2週間前くらいですね」
「2週間!?
かなり最近なんだな。いろいろ苦労しただろう?」
「えぇ、何回か死にかけました。服部さんは?」
「もうこっちに来て20年になる。
幸い、この通り戦闘向きの神器じゃないもんだから、そんな経験はしてないが」
確かに、彼からは戦士特有の雰囲気みたいなものは感じられない。
筋肉はついているみたいだが、それも戦闘のためというよりも健康のために鍛えているもののように見えた。
「20年!?」
「ああ、つっても俺の神器の特性上、元の世界と行き来できるから通算にはなるんだがな」
「元の世界と行き来!?」
「と言っても制限付きだ。帰れるのは俺か、そこの娘のカエデくらい。
店に異世界人がいる場合は外に出れない。
あと元の世界にこっちの世界のものは持ち込めない。
向こうの世界ではこっちの世界のものが使えない。
向こうの世界の人間は、店内に異世界人がいると入ってこれない。
他にもいろいろ制約がある」
言って、肩をすくめる服部。
どうやら神器とは言えど、思ったよりも万能ではないみたいだ。
私のだって万能に見えて、森を丸ごとストレージに入れるとかできなかったりするからな……。
「じゃあ、私は帰れないんですね……」
「ああ、悪いな。
だが、ご家族に手紙送ったりとか、そういうことくらいならやってやれるぞ。
どうする?」
言われて、胸の奥が一瞬ぎゅっと詰まるような感覚に襲われた。
手紙。
両親に会いたい──という郷愁の念がないわけではない。
だが、この世界に来る前のことを思うと、やはり手紙なんて出しづらい。
(あっちの私は、あの時車に牽かれて死んだ。
家のすぐ近くだったし、2週間も経ってるならたぶんもう……)
家族にとって、きっと汚点でしかなかっただろう自分がいなくなって、世間的にも少しはやりやすくなっただろうあの人たちのことを思うと、今更連絡を取ったところできっと意味はないだろう。
「気が向いたらお願いします」
「わかった」
困ったような笑みで言う私に、彼も何かを察したのだろう。
服部はそれ以上何も言わなかった。
「お待ちどうさま~、ナザレ牛のサンドウィッチですよ!」
しんみりし始めた空気の中に、ついに救いの天使のような笑顔で現れたのは彼の娘、カエデだった。
カエデが置いた木製の皿の上には、大きなサンドウィッチが2切れずつ並べられていた。
軽く炙られたパン。
間には薄切りのローストビーフと、レタスやトマトのような野菜。
さらに白いソースがたっぷりとかかっている。
「わ、美味しそう」
思わず声が漏れる。
「ナザレ牛はこの辺で取れる甘い飼葉を食べて育つんですよ。
なので、その甘みがお肉の方にも移って甘くなるんです」
「へぇ」
カエデが誇らしげに胸を張るのに、マーリンは感嘆の息を漏らす。
さっそく1口齧ってみる。
外側のパンは香ばしく、中はふわりとしている。
肉は柔らかく、それでいて噛むほどに甘い。
染み出す肉の脂とソースの加減が絶妙だ。
「野菜は、日本のものを使っている。
質としてはこっちの方が断然高いからな。最近は値上がりもしてきて少し苦しいが、やはりお客さんにはうまいもんを食べさせてやりたいんだ」
おいしそうに食べる2人を見て、ニコニコと笑みを浮かべる服部。
「お金とかはどうしてるんですか?
こっちの売り上げは使えないですよね?」
「ああ、それに関しては換金機能があるから問題ない」
「べ、便利……」
「これが巷に言うチートってやつなんだろうな。
おかげで部隊の給金も日本の銀行に預けることもできる」
「それ、換金されたお金の通し番号とかどうなるのかめっちゃ気になるんですけど。
偽札扱いとかにはならないんですか?」
「今のところ、引っかかったことは無いな。
どういう仕組みかは正直分からんし、考えるのはもうずいぶん前に止めたよ」
そう言って苦笑いを浮かべる服部に、私もこれ以上深く考えるのは止めることにする。
「うまいものが買えて、それをお客に出せれば何でもいいさ」
「ええ、ホントにおいしいです」
彼の言葉に、さっきまで食べるのに夢中になっていたらしいマーリンが口を開く。
見れば、既に皿の上は空になっていた。
「特に、このグルタブ貝のソースはうちで食べていたものより濃厚で」
「グルタブ貝?」
彼のセリフに、私は小首をかしげる。
「ナザレで取れる二枚貝の1種だよ。
よく知ってたな?」
「ええ、よく食べてましたので」
「へぇ、じゃあお前さんがもしかして噂の子か」
服部の言葉に、マーリンの体が動きを止めた。
そうか、20年もこっちの世界にいたら当然、マーリンの噂は耳に入ってるか。
ということは、もしかして彼も、マーリンをあの犬コロのように──などと警戒していた時だった。
「あれは酷かった。
話に聞いた時はカチンときたもんだ。
どうせ浮気でもして、その言い逃れのために言ったんだろうってのが見え見えでな……」
肩をすくめる服部に、ほっと胸をなでおろす。
どうやら服部には例の呪いが効いていなかったみたいだ。
「今の生活はどうだい、マーリン君?」
「ええ、よくしてもらっています」
「ならよかった。
何か飲み物は? 今日は奢るよ」
「ありがとうございます、服部さん」
「いいってもんよ!
カエデ、こいつになんかジュース淹れてやってくれ」
「はぁい!」
カエデが果実水を運んでくる。
それを1口含んだところで、服部はカウンターの下から革製のファイルを取り出した。
赤地に金色の文字で、『機密』と日本語で書かれている。
「さて、飯も済んだことだし本題に入ろうか」
彼の言葉で、私は居住まいを正した。
空になった食器が、カエデによって片づけられていく。
「改めて確認しておく。
今回の任務は魔族の討伐。容疑者はこの3人。だが勇者以外には魔族が見分けられないから、君という実行部隊員にこのうちの誰が魔族かを見極めてもらい、討伐してもらう」
言って、3人分の写真が並べられた。
……やっぱり、この写真って多分彼が日本から持ち込んだ技術だよね……?
「服部さんはできないんですか?」
「俺の場合は店に入って来てくれないと見分けられないからな。
それにここは部隊のセーフポートでもある。敵に場所を探られるわけにはいかないし、俺自身、顔バレするのは避けたいんだ。娘のこともあるからな」
「なるほど……」
そういうことなら仕方ないのかもしれない。
彼は部隊にとって、かなり重要な人物らしいし。
「ちなみに、この3人が容疑者だという根拠は?」
「今回、星影を集めるのに使われていた触媒──悪夢を見せる香炉に、3人とも深くかかわっていることがわかっている」
言って、ファイルからもう1枚の写真を引っ張り出す。
映っているのは、どこにでもありそうな金属製の壺型の香炉。
「悪夢を見せる香炉?」
「術式を鑑定した結果、これで焚いた煙に触れると悪夢にうなされるそうだ。その悪夢の内容によって魔王の存在を深層心理に印象付けられ、星影を生ませる。そういう仕組みらしい」
「それで、この3人がその香炉に深くかかわっている、と?」
「ああ」
尋ねると、服部は腕を組みながら1枚目の写真──件の麦わら帽子の男に指を置いた。
「まず第一の容疑者はこいつだ。
理由は、2年前に突如ナザレに現れたことと、一度神殿を襲撃していること、それから、おそらくこれを作ったと思われる鍛冶屋を襲撃しているというこの3点だな」
何やってんだよ自称坂本龍馬……。
私は彼の説明に頭を抱える。
「次に考古学者のマリン。
こいつは、例の悪夢を見せる香炉について調べていると、似たようなものを古代魔法帝国の出土品として論文に出しているのがわかった。
また研究のためと言って、まったく同じ香炉のレプリカも量産している。
つまりこいつの場合は触媒を作って他の魔族に仲介した容疑がかかっている。
神殿で使われる香炉と似ているし、おそらく参考にするために一度神殿に侵入もしているはずだ。
となると、触媒を設置した可能性も浮上してくる。
そして最後に──」
彼が最後の写真を指で指し示した。
長い銀髪の女性──始まりの街でジャックに示されたときに、マーリンが自分のかつての魔法の先生だったと明かした女性だ。
「神殿付属図書館で司書をしているエラだ。
こいつは何が怪しいかというと、どうもここの神殿の司祭と密通していたようでな。
その時にこの香炉を送っていたことが司祭の供述により明らかになっている」
「密通?」
マーリンがピクリと眉を動かした。
「簡単に言うと浮気だな」
「浮気……」
何かを考えこむように、マーリンが顎先に指を当てながら黙り込む。
自分の父親と、かつての先生が不倫関係だったなんて、私だったら耐えられないよな……。
なんていうか、ちょっと気持ち悪ささえ覚えてくるというか。
眉間に皺をよせ、改めて話を整理する。
まずはジャックから聞いた話から。
彼は、触媒を設置した可能性のある人物がこの3人だと言った。
それでナザレに来て服部から詳しく話を聞いてみると、どうやら触媒を設置した可能性として挙げられている理由が三者三様で1人は泥棒、1人は製作者、もう1人は贈り物と一定しない。
個人的には、1人が作ってもう1人が持ち込んで、最後に誰か濡れ衣が着せられているようにも見えなくはないし……。
そしてそれを決定的にするのに必要なのが星影の存在で、その星影は勇者にしか感知できない……。
となると、やはりここは当初の依頼通り、3人の中から魔族を見つけ出して討伐するしかないのだろう。
そう思うとやはり気がかりなのは──。
「……」
ちらり、とマーリンを盗み見る。
彼は何か考えるように、じっと黙ったままだった。
「3人とも魔族じゃない可能性は?」
「ありうるだろうな。だが、そうなると捜査は白紙だ。
星影の蔓延は止めたが、魔族が生きている限りまた被害が出るのは止められないだろう」
ということは、これの問題は魔族がいることそのものというよりも、星影という存在自体に対して胴アプローチするかを考えた方がいいわけか。
服部が言っているのは要するに、星影を製品にたとえるなら工場に相当する部分である魔族をどうするかということだから──
「……じゃあ、魔族が何をしても、星影がでなければ問題ないってことですよね?
なら、多分作れると思いますよ。
たとえ誰が魔族かわからなくても、問題のない作戦」
読んでいただきありがとうございました!
次回もよろしくお願いいたします!




