57. 助けは必要?
扉の向こうは広い空洞だった。
高い天井。
周囲を囲う石筍。
天井から滴り落ちる水滴は、中央のくぼんだ地面に流れ込んで黒い大きな水溜まりを形成している。
──その中に、大きな気配が1つ。
「来る」
マーリンが杖を構えるのと同時、その水面から何か突起のようなものが突き出してきた。
「──ッ!?」
咄嗟に、マーリンが杖を振り上げる。
地面の岩盤が盛り上がり、分厚いの石壁が鈍色の鉄壁に変化しながら形成される。
──衝撃。
まるで鞭を打ったかのような破裂音が響いて、鉄壁に穴が開く。
「まじか!?」
その正体は、高速高圧で射出された水鉄砲だった。
幸いにもマーリンの鉄壁によって角度を反らされたおかげで当たらずには済んだが、それでも数センチずれていればマーリンの耳を落としていたに違いなかった。
「助けは必要?」
腰の刀に手をかけながら尋ねる私に、マーリンは軽く首を横に振る。
「大丈夫だ、問題ない」
呼吸を落ち着けて、何か考えるように杖を握りなおす。
「あの水鉄砲からは魔力を感じなかった。
つまり、あの水溜まりから引き出せば遠距離攻撃の手段を1つ減らせる──」
自分に言い聞かせるように呟いて、マーリンが鉄壁から身を躍らせた。
──直後、水鉄砲がマーリンの足元すれすれを射抜く。
「──ッ!?」
弾けた石の破片がローブを汚すがダメージにはなっていない。
思わずよろけそうになる体を無理やりに操って、部屋を回り込むようにしていきながらマーリンは黒い水溜まりへと駆け込んだ。
3発目──水鉄砲がマーリンを追いかける。
「このっ!」
マーリンが杖を振る。
水鉄砲の進路をさえぎるように鉄壁が乱立する。
反射した水鉄砲が石筍を破壊し、鉄壁を切断していく。
部屋に土煙が立ち込め、視界が見えなくなる──。
轟音とともに立ち込めた土煙。
ボス側は目らしきものを水上に出さずにマーリンを狙っていたことから、おそらく敵は視認で狙ってはいない。
今不利になっているのはマーリンだけな気がするが、大丈夫か?
しかし、その心配は必要なかったようだ。
マーリン目掛けて、4回目の水鉄砲が放たれることはもうなかったからだ。
「ギュアアアアアアア!?」
水たまりが、いつの間にか草木の蔓に成り代わって、それが水たまりに潜んでいたものを地上に持ち上げていたからである。
「捕まえた!」
持ち上げられたのは、巨大な蟹だった。
赤黒い甲羅。
馬車ほどもある巨躯。
その爪は馬の胴体ほどもありそうだ。
そしてそんな蟹の中でも最も特徴的なのは、右側の鋏がまるで槍のような形に変形している点だった。
(あそこから水を出していたのか)
鋏ではある。
しかし鋭く長く伸びたそれは、挟むものというよりも鋭く突き刺すように設計されている。
「このまま締め上げる!」
マーリンが杖に力を籠める。
巨大蟹に巻き付いた木の蔓がさらに締め上げていくが、蟹もそれに甘んじるつもりはないらしい。
鋭く長い槍のような鋏を開くと、蟹は器用に体を捩じって、自身を持ち上げていた蔓を切り離した。
──ズン、と重い地鳴りが部屋を揺らす。
「そんな簡単には勝たせてくれないか」
舌打ちし、杖を構えなおす──と、同時にその巨大蟹は左の鋏を盾のようにして、マーリンの方へと突進してきた。
「ッ!」
杖を振る。
土壁がせりあがり、金属に変わる。
しかし蟹の突進は予想より早く、完全な鉄壁が完成する前に壁を押し崩された。
「やっぱり、まだ属性変化の効率が悪いか……っ!」
盾にした鋏で崩れた土壁の向こう側から、器用に体を捻って突き出される槍型の鋏を、咄嗟に地面を盛り上がらせて出した柱で受け流す。
しかし、柱が鉄に変わる前に蟹はその拘束を破壊して、今度は逆の鋏でマーリンの腹を殴り飛ばした。
「ぐはっ!?」
「マーリン!」
宙を舞い、地面に数度体を跳ねさせてようやく止まる。
吹き飛ばされた方が石筍じゃなくてよかった。
もしそうなら今頃串刺しになっていたに違いなかったからだ。
「無事か!? 今加勢に──」
「──来ないでくれ!」
静かになった広間に、マーリンの叫び声が反響した。
「……こいつは俺の獲物だ。
たとえご主人様でも譲ってはやれねぇ」
額のどこかを切ったのだろう。
頭から血を流しながら立ち上がるマーリンのその目は、長い前髪に隠れていたとしても、そこに宿る闘志が死んでいないことだけははっきりと伝わってきた。
──不意に、アイザックの言葉がよみがえる。
(戦士は諦めた瞬間が命日──)
引き際を見極めることも重要ではある。
しかし今はどうだろうか。
彼は今、ここに1人で立っているわけではない。
本当に危険なら私が介入するし、ともすれば今はまだ動ける彼は、まだ限界というには程遠いのではないだろうか。
「わかった」
私は今すぐ飛び出したい気持ちをぐっとこらえると、マーリンの意思を尊重した。
私が引き下がったのを見て、マーリンは小さく息を吐く。
対する巨大蟹は、そんなやり取りなど興味もないと言わんばかりに鋏を鳴らして再び突進の準備に入った。
(問題はタイミングか……)
属性変化はまだ慣れていないせいもあって咄嗟の変化にはついてこれないのだろうことは、さっきの攻防を見て理解した。
だから次も同じようなタイミングで土壁を出せば、さっきの二の舞になることは私から見ても明らか。
マーリンは、一体それをどう攻略するつもりなのだろうか。
蟹が、再びマーリンに向かって突進した。
左の鋏を盾にした突進。
彼はそれを先程と同様、土壁で防いだ──りは、しなかった。
「ここだ!」
「ギュア!?」
マーリンが杖を振り上げる。
すると、それはマーリンの目の前──ではなく、その足元からせりあがってきた。
「鋏の角度からして頭上の敵には形無しだろ!」
崩れる土壁。
宙を舞うマーリン。
崩れた破片が空中で赤く燃え上がる──
「爆ぜろ!」
無数の緋弾が、マーリンの指揮と共に降り注ぐ。
幾重にいも重なった爆音が蟹を地面に叩きつけて、その足元に小さなクレーターを作った。
「ぐっ……!?」
着地に失敗したマーリンが地面を転がってうめき声を上げる。
追撃に備えて杖の先を蟹に向け、地面から岩の槍を突き出させた──が、どうやらその必要はなかったみたいだ。
「ギュァァ……」
力なく呻く巨大蟹。
次の瞬間、それは紫色の煙となって姿を消した。
どうやら、思った以上にさっきの爆撃の威力が高かったみたいだ。
「……勝った」
ぐらり、と体の力が抜けるのを、私は急いで駆け寄って支えた。
どうやら緊張が解けて一気に疲れが出たらしい。
まぁ、一撃とはいえトラックにはねられたくらいの衝撃はありそうだったからなぁ。
仕方あるまい。
「よくやったな、マーリン」
「はは、勝てたとしてもこんなんじゃ恰好つかねぇけどな……」
軽く鑑定してみると、HPが5割ほど削られていた。
もともとの耐久力が低かったせいもあるのだろうが、もう一回あの突進を食らっていたら多分マーリンは立っていられなかっただろう。
私はストレージからポーションを取り出して飲ませると、怪我が癒えていくのを見届けて彼から離れた。
「それじゃ、ダンジョンコアいただいて、始まりの街まで帰るか」
「そうだな」
マーリンはそう答えると、少しふらつく足取りでボス部屋の奥へ向かっていく。
その背中を眺めながら、私はなんとなく自分の手を見下ろした。
さっきまで、何度も刀に手をかけていた。
危なくなったら助けよう。
無茶をしたら止めよう。
そんなことばかり考えていた気がする。
(……過保護だったかな)
思わず苦笑が漏れた。
確かに危ない場面はいくつかあった。
でも、結果的には彼は1人で何とかして見せた。
……私は、もしかすると心の底では、あまり彼を信頼していなかったのかもしれない。
彼を弱いものだと、子供だから守るべき存在だと気張りすぎていた。
でも、彼は思ったよりも1人で立てたのだ。
それなら、私は彼にいつまでも保護者面するのはよくないかもしれない。
もっと、対等な友人として接するようにしなければ。
私は、石筍の奥で紫色の巨大な結晶を剥ぎとってきたのを受け取ると、横に並んでダンジョンを後にした。
読んでいただきありがとうございました!
次回の更新は明日の朝6時です!
是非読みに来てください!




