55. 大道芸?
石畳の道沿いには、夕方になるにつれて屋台が増え始めていた。
串焼き。
平たいパン。
果実酒。
香草を混ぜた肉団子。
どれもいい匂いがする。
「これ、何の肉?」
「ウルブルだよ、かっこいいお嬢さん」
屋台の串焼肉を2つ買って、一方をマーリンに渡しながら店主に尋ねる。
「ウルブル?」
「農業用の牛だよ。年老いて働けなくなったやつを肉にしてるのさ。
ま、肉質は固いがうちのソースに漬けこみゃ、柔らかくてうまーい串焼きに早変わりだがね」
言って、顎でしゃくって一口食べてみるように促される。
ほんのり、パインのような匂いのする赤茶色のソースがかかったそれは、確かに食べてみると程よい歯ごたえを残して柔らかく噛み切れた。
「ん!? おいしい!」
フルーティな酸味と魚醤に似た懐かしい塩味が口いっぱいに広がるのを、目を輝かせてマーリンに訴える。
正直、中世世界の料理だからって味の質をなめていた。
そんな私の態度に、彼は少し苦笑を浮かべながら、彼も1口齧って
「……確かに、柔らかさの加減がいいな」
「こいつは私が開発したソースでな、近々店を開かないかって商談が来てるんだよ」
「すごいですね」
「ああ、だから店ができたらまた寄ってくれ!」
「ええ、またいつか」
そんな感じで、マーリンと並んでいくつかの屋台を梯子していく。
味の強い物の後はパンを食べたり、パンを食べながら今度は別の店で飲み物を買ったり。
気付けば、すっかり日も傾いていた。
ガス灯の灯りに照らされた通りは、昼間とはまた違う賑わいを見せている。
商人たちの呼び込みの声。
酒場から漏れてくる笑い声。
焼いた肉や香草の匂い。
どこか祭りのような空気に、私は自然と頬が緩んだ。
「こういうの、いいよなぁ」
果実を絞った甘酸っぱい飲み物を片手に呟くと、マーリンの方から怪訝そうに眉を顰める気配がした。
「なんていうかさ。
目的もなく街をぶらぶらする感じ。落ち着くっていうか」
日本にいたころは、人の目が怖くて外を出歩くなんてほとんどしたことがなかった。
いつも下ばかり向いて、誰とも目を合わさないようにして、ひたすらまっすぐ家に帰る毎日。
ただ自分の部屋に閉じこもって、娯楽の世界に身を浸して、ただ無為に寿命が来るのを待つだけの、退屈な日常。
そんな私が、まさかこんな風に空の下を歩いて楽しむなんてことができるようになるなんて、こっちに来る前の私には到底想像すらできなかっただろう。
「たしかに、最近忙しかったからな」
「それなぁ」
毎日生きるのに必死みたいなところあったからな。
1日何もしないでぼうっとすることなんて、こっちに来てからはあり得なかった。
これからは、意図的にこういうタイミングを作るのもありかもしれない。
完全週休2日制をこの世界に導入するのだ!
そんな風にしみじみとした感慨を抱きながら笑いあっていた時だった。
「あれ?」
通りの先、少し広くなったところに人垣ができているのを見つけた。
繁盛している露店──にしては、時折上がる歓声に理由が付かない。
とするとあれは──
「大道芸か」
マーリンが呟くのを聞いて、私は軽く、人垣の奥を覗き込もうとジャンプしてみた。
するとそこには、なにやらピエロ風の格好をした人が、不安定な足場の上で3つの箱をお手玉している姿があった。
「わ、懐かしい!
こっちにもあったんだあれ……」
「何が?」
着地した私に、マーリンが首を傾げる。
「ルー〇ックキューブだよ!
知らない? こう、くるくる回して6面色揃えるやつ!」
「いや、知らないな……」
手振りでルービ〇クキューブを再現して見せるが、どうやら彼には心当たりがないらしい。
きっと、こっちではまだ一般的ではないのだろう。
あるいは名前が違うのか。
(あれは人名由来だから、世界が違うと名前も違って当然か……)
私は肩をすくめると、とりあえず彼にも見てもらおうとその手を掴んだ。
「じゃあ、1回見に行ってみよう。
どこで売ってるのかも聞きたいし!」
人垣をかき分けて前へ出る。
大道芸人は横に倒した円筒の上に置いた板に立っていて、手の中で色とりどりの立方体をくるくると回していた。
赤、青、黄色、白──。
ばらばらだった色が、指先の動きに合わせて少しずつ整っていく。
「ほら見ろ、あれあれ。
あのピエロがジャグリングしてるやつ!」
私が指差すと、マーリンも興味深そうに目を細めた。
「確かに器用だが……ただのジャグリングじゃないか」
「いや、そっちじゃなくて投げてるやつの方」
「あのモザイクが何……ん?」
徐々に、バラバラだった3つのキューブの色がそろっていく。
その様子に、彼は釘付けになっていた。
「いったいどういう仕組みで……あ、そういうことか!」
やがて、3つとも6面全ての色を揃え切ったピエロは、立っていた場所からずるりと滑り落ちて笑いを呼ぶと、大げさな動きで礼をした。
観客たちから拍手が沸き起こる。
ピエロは満足そうに胸を張ると、横に置いてあった箱をぽんぽんと叩いた。
「見てくれた皆さん、ありがとう!
帰り際に興味があったらぜひ1つどうだい?
練習用の魔方箱なら、今ならなんとたったの銅貨3枚だよ!
お買い得だよぉ!」
「お前が売ってるのかよ!?」
思わず声が出た。
大道芸の道具だから自作かと思っていた。
しかし考えてみれば、宣伝を兼ねた実演販売というのはよくある話である。
「銅貨3枚か……」
観客が我先にと買いに走るのを見て、私はマーリンへと視線を向けた。
「欲しくなっちゃった?」
「いや、俺の魔法の運用について考えてたんだ。
あの変形機構は参考になる」
「じゃあ2つ買って来よう
私も久しぶりに遊びたい気分だし!」
変形機構……。
マーリンは一体、どんな魔法を開発しようと企んでいるのだろうか?
私は少しワクワクしながら、ピエロが売っていたルービッ〇キューブ、もとい魔方箱を購入した。
***
「うぅん……」
近くの共同浴場で水浴びをして宿に帰ってきたころから、マーリンはなんだか神妙な顔で魔方箱とにらめっこを繰り返していた。
「結構難しいだろ、それ?」
「ああ、思ってたより難しいな。
何より動的な立体空間把握能力と、並列的な記憶力が必要になってくるところが特に」
「私はすぐに解けたけどな」
「な!?」
言って、6面揃えたダイスを彼の枕元へ投げ込んでやると、マーリンは驚いたように目を見開いた。
「ど、どうやって!?」
「裏技があるんだよ、裏技が。
これさえ知ってればどれだけぐちゃってても全面揃えられる」
以前、テレビでやっていたのを偶然覚えていたのだ。
いやぁ、バラエティ番組は見ておくものだね!
そんな風に自慢気にしていると、マーリンは少し悔しそうな顔をして手元の魔方箱をぐるりと回した。
「裏技っていうか、それは解法を覚えてるだけだろ」
「解法を知ってることも実力のうちですぅ~」
「くそ……」
ぶつぶつ言いながら、彼は再び箱を回し始める。
かちり。
かちり。
静かな部屋に、小気味いい音だけが響く。
私はベッドに寝転がりながら、その様子をぼんやり眺めていた。
「そんなに面白いか?」
「面白いというか……」
マーリンは魔方箱から目を離さない。
「この変形構造が、俺の術式と相性が良さそうなんだ。
解釈の方向性っていうか、なんていうか」
「解釈の方向性?」
オウム返しに尋ねると、彼は『あぁ』と頷いて魔方箱を置いた。
「俺の術式は、土神チールーンが世界を創造していく過程を触媒にしている。
この世界の想像に対する解釈の部分で、この魔方箱は非常に相性がいい」
「ほぅ?」
ちょっとよくわからないが、とりあえず聞いてみるだけ聞いてみるか。
「俺は、この世界は地面があって、空があって、地下があるっていうイメージしかなかったんだ。
地面はどこまで言っても平らに続いていて、その周りを海が囲んでいる。
太陽と月はその周りをぐるぐる回っていて、日の当たるところが昼になっていて、そうでないところが夜なんだと」
言われて、想像したのは地球平面説だった。
中世世界らしい発想だ。
私も小学生の頃はこの地球が丸いだなんて思いもしなかったし、いや、そもそも平面だとも思ってすらいなかったかもしれない。
自分のいるところ、その周辺がすべてで、他は何となく空想の世界のような、ぼんやりした架空の何かだと思っていた。
「だけど、それはもしかしたら違うかもしれない。
もし仮に、天体だけでなくて地上もこんな風に回転していたら?
いや、その回転が物理的である必要はないんだ。
ただその、時間というのも、この回転軸のように機能するんじゃないのか、っていう発想が今生まれたわけで……ごめん、まだ整理してる途中だから、うまくは言えないんだけど」
「いや、言いたいことは分かったよ。
つまり君が言いたいのは、時間という概念にも空間と同じような性質が含まれている可能性について示唆しているんだね?
その魔方箱の軸みたいに時間の軸が回転することで、朝昼晩が訪れるみたいな」
「そう、そんな感じ!
今のでよくわかったな……」
感心したように呟くマーリンに、私は自慢げに鼻を鳴らした。
「マーリンが考えてるそれは、四次元時空ってやつだよ」
「四次元時空……?」
首を傾げる彼に、私はストレージから取り出した紙にペンで立体座標を描いて見せる。
「これが立体空間。
この軸は高さ、この軸は幅、この軸は奥行きね。
普段私たちが見ているのはこの世界。
四次元時空っていうのは、これに時間軸tを足したもの……なんだけど、紙の上だと書きづらいから……」
言って、鉛筆をストレージから引っ張り出して髪を突き破った。
「こんな風に表現してみようか」
「お、おぅ……大胆だな……」
呆れたように呟く彼に、私は『でもこれが一番わかりやすいでしょ?』と返した。
「私たちは普段、この紙の中で生活しているから、この時間というものについては、この紙がこう──」
鉛筆に沿って紙をスライドさせる。
「──移動したところの、この部分の変化量しか見ることができないんだ。
まあ、他の説だと、実はこの紙も無数に時間軸上に串刺しになってて、私たちの意識はこの紙の上を1枚2枚と移動しているだけ──みたいなのもあるんだけどね。
まぁ、相対的には同じことだから、あんまり深く考える必要はないんだけど」
「なるほど……」
「ちなみにある条件下になると、この時間軸が空間軸と入れ替わる現象が発生するよ」
「……は?」
「ブラックホールっていう超強い重力の星のシュバルツシルト平面だったかな。
私はそれが何で起こるかまでは知らないけど。
あ、物理の世界だと、さらにこの時間軸に垂直に走ってる軸がまだいくつもあるっぽくてね、計算上たしかあと7本くらいあるんだったかな」
「待て待て待て、何を言ってるのかさっぱりわからないんだが!?」
「超弦理論は早かったか……」
マーリンは結構天才気質だから、これくらいすんなり理解してしまえると思ってたが……どうやら彼の脳みそが理解を拒んでいるらしい。
マーリンは目をぐるぐると回しながら、とりあえずベッドの上に身を投げた。
「……いや、でも糸口は見えた気がする」
「というと?」
「……俺、触媒がなくても魔法を使う方法を思いついたかもしれない」
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