53. 触媒?
「さて、ダンジョンについて話そうか」
食事が一段落した時だった。
私はゴミをストレージ内のトラッシュボックスに移動させると、代わりに今回のEランク昇格試験依頼の書類を引っ張り出してきた。
今回、Dランクへの飛び級が取りやめになった補填として出されたその試験の攻略対象は、ここ、トゥバハンからさらに半日ほど西へ向かったところにあるスカロ山巣窟と名付けられたダンジョンだった。
「たしか、Eクラスダンジョンだって言ってたな。
氾濫しても、周囲の村に特に影響がない規模の浅いダンジョンだっけ?」
「そう言ってたね」
魔物──及びその一種であるダンジョンにも、冒険者と同じようにFからA、Sの七つのクラスが割り振られている。
Fは子供でも攻略できる出来立てほやほや。
Eは子供には難しいが、氾濫しても特に周囲の村に影響が出ないレベル。
Dは村が壊滅する規模で、Cは街が壊滅する規模。
Bクラスになると1つの領地が存続の危機に陥るレベルの危険域に達し、Aクラスのダンジョンだともはや国難レベル。
Sクラスのダンジョンはアイザックの話によれば歴史上、超古代に1件だけ氾濫の記録が残っているみたいだが、その記録では世界が滅亡しかけたのだとか。
ちなみにその記録っていうのが何かと言うと、極東の大国アッシェンラにある世界最古の宗教施設の壁画らしい。
そう考えてみると、今回攻略するスカロ山巣窟は、特に気張っていくほどのレベルではなさそうだ。
「スカロ山巣窟に出没する魔物は、事前情報によればドンギョとスライムがメインらしい。
つまり、常に奇襲に気を付けていれば特に問題はないようだけど、マーリンは何か他に気を付けた方がいいこととかってあると思うか?」
ドンギョは土の中を泳ぐ魚型の魔物と聞いている。
襲い掛かる寸前まで地面の中に潜伏し、奇襲を仕掛けてくるちょっと厄介な魔物である──が、私なら足元に〈障壁〉を張っていれば済む話なので、特に警戒する必要はなさそうだ。
「そうだな、ご主人様ならその辺は特に問題はないだろう。
あるとしたら、俺の方だな。ドンギョには俺の魔法が効かない」
「そうなの?」
「ああ、俺はせいぜい、土をこねくり回すか光を出す程度の魔法しか使えないからな。
他のは触媒がないから無理だ」
言って、肩をすくめる。
「触媒?」
「術式を作るための材料だよ。
例えば俺の魔法は創世記の一節をシジルにして、肩に彫ってるんだ」
言って、襟を伸ばして左肩を露出させる。
「魔法陣の刺青?」
「魔法陣……とは、厳密には違うんだが、まあ似たようなもんだな」
たしかに、よく見てみると魔法陣というには装飾的だ。
小さな円同士が直線で結ばれていたり、ギザギザの線が走っていたり、円の外周によくわからない単語が刻まれていたりしている。
(ヒエログリフみたいだな……)
〈異世界人〉の称号をもってしても翻訳できないということは、多分文字に見えて文字ではないということなのだろうが……なんというか、中二心をくすぐるデザインだ。
「……あんまりじろじろ見ないでくれ」
「ああ、ごちそうさま」
「え?」
「あ、ちがう。ごめん。ちょっと間違えただけ」
あっぶね、あまりのセクシーさに思わず本心が露出しかけたわ。
襟を戻すマーリンを見ながら、垂れてきた涎を袖で拭う。
「どんな魔法でもそうなんだが、基本的に魔法は魔力と術式によって成立する。
一方で術式は頭の中のイメージだけじゃなくて、触媒の有無とか解釈に左右されるんだ。
地下水道での反転結界の時もそうだっただろ?」
「あぁ、言われてみれば」
思い出してみると、あの時もマーリンは触媒がどうとかって言ってた気がする。
あの時は魔法を発動させてる装置的な意味で解釈してたけど、そっか、なるほど。
「……ん? じゃあ私の〈金属操作〉とかは何なの?
特に触媒とか使ってないけど、魔力は消費してるよ?」
「それはたぶん、神器が触媒になってるんじゃないか?」
「神器……このスマホが?」
言って、ストレージから取り出してみる。
「仕組みはわからんが、多分そいつが術式を覚えてるんだ。
だから触媒本体がなくても、それに記録されてる術式なら魔力消費だけで魔法が使えるようになる」
仮説だけど、と締めくくり、マーリンは何か複雑そうな顔をして見せた。
「つまり、こいつは術式のレコーダーも兼ねてるってことなのか」
「レコーダー?」
「音を保存して、あとで聞けるようにする道具って言えばいいのかな。
会話とかをそのまま記録しておけるんだよ」
「……どうやって?」
身を乗り出すマーリン。
こいつ、この手の話題にも興味あるのか、かわいい奴だな。
「音がどうやって人の耳に届くのか知ってる?」
「風の精霊が、音魂を運んでくんだろ?」
「うちの故郷での理解だと、音は物質の振動なんだ。
音を発するものは例外なく振動しているから、その震え方を再現してやれば音を保存することも、取り出すこともできる」
「そういう理屈か……」
言って、マーリンは机の端を指先でコツコツと叩いた。
「つまりこの音も、実際は机が振動しているだけってことか?」
「正確には、その振動が空気に伝わって、さらに君の外耳、中耳、内耳を通って鼓膜を揺らして、それが耳の内部の神経に伝わって、電気に変換されて、脳が解釈してるって感じだな」
「ふむ……」
私の説明で何かひらめいたのか、彼は深く考え込むようにして背中を椅子に預けた。
「慣れてくると、簡単な魔法なら触媒がなくても扱える人がいるんだ。
これまでは触媒の中にいる精霊が術者を気に入ったからだと思われてきたんだが……もしかして、術式自体も波みたいなものだったのか?
その神器は、その波みたいなものを記録、保存して再使用できるようにしている……?」
「もしかすると、マーリンも再現できちゃったりして?」
「仮説が正しければな」
思考が一段落したのか、ぐっと伸びをして
「練習に時間はかかると思うけど」
と付け加えた。
「じゃあ練習してみようぜ、マーリン。
ちょうど試し撃ちにぴったりな場所もあるわけだしさ」
「ダンジョンか。確かにそこなら練習にもってこいだな」
ニヤリと笑みを浮かべる2人。
「ちなみに、触媒ってどんなのが必要なの?」
「魔法によるな。
俺の土魔法は創世記の1節をシジルにすることで触媒にしているが、魔石を触媒にして魔物を召喚したり、動物の骨を触媒にしてスケルトンを召喚したりとかもある。
毛皮を使って動物に変身したりとかもできなくはないな」
「へえ、これさえあれば何でもできる! みたいなのはないわけか」
「ああ、より効力を上げたければ時間とか場所とかも触媒に使ったりするしな」
「思ったより複雑なんだね」
「前にも言ったろ、魔法は人の認識を使うんだよ」
魔力は人の精神に大きく左右される。
術式はその精神が向く方向を指し示す羅針盤みたいなもので、その先にあるものを解釈が生み出している……だったか。
そういう理屈で考えると、どうやらこの実験も一朝一夕ではいかなさそうだ。
「マーリンはどんな魔法が使えたらいいなとかあるの?」
「そうだな……今まで、この土の魔法しか使ってこなかったからな……」
考えたこともなかった、みたいな顔でうなり始めるマーリン。
どうやら、こっちもすぐに決められる問題でもないみたいだ。
「それならさ、こういうのはどうだ?」
私は椅子に座ったまま、指先でテーブルをとんとん叩いた。
「せっかく新しい街に来たんだし、明日ダンジョン行く前に、触媒探しついでに街を見て回ろう!」
「街を?」
マーリンがきょとんとする。
「そ。魔法の触媒って、要するに何をどう解釈するかなんだろ?
だったら、いろんな物を見て回った方が発想も広がるんじゃないか?」
私はそう言いながら、窓の外へ視線を向けた。
正午を超えて日は傾き始めているが、まだ寝る準備をするには早すぎる時間帯。
外には活気があふれていて、まだまだ商人たちも働き盛りの──むしろ、昼時を超えて活発な頃合いだ。
これならきっと、いいアイデアが浮かんでくるかもしれない。
「魔法関連のものだけじゃなくてもさ、いろんなものを見ればその分発想もいろんなところに広げられるだろ?
あと単純に、私もこの街ちゃんと見てみたいし」
「……つまり買い物か」
「ついでに観光もね」
何かを考えるように、顎先に指を当てるマーリン。
心なしか、少し耳が赤いように見えるが……たかが買い物に何を照れているんだ、こいつは?
「……そうだな。
もしかしたら、とんでもない掘り出し物が見つかるかもしれないしな」
「よし、そうときたらお着替えしようかマーリン!
街に出るのに、冒険者用の装備じゃ堅苦しいだろ?」
「お、おう。でもいいのか、お金とか──」
「無問題無問題!
即金でいいならいい稼ぎ方知ってるからね!」
私はそう言うと、マーリンに似合いそうな衣装を意気揚々と調べ始めた。
「どれがいいかなぁ」
ショップ画面を見ながら、マーリンに似合いそうな服をリストアップしていく。
個人的にファッションというものには疎い方だが、感覚としては黒と白で組み合わせると無難だということだけは知識としてあった。
おまけに彼は髪がきれいな銀色をしている。
となればそれを活かさない手はない。
というわけで購入したマーリンのファッションがこちら。
やや長い銀髪は黒いヘアゴムによってハーフアップに束ねられ、目にかかる銀髪は前髪を分けることによって清潔感をアップ。
服は白の半そでのTシャツに上から薄手の黒いジャケットを着せる。
パンツは黒のスキニーなジーンズ。
ちょっと動きにくそうにしていたが、慣れれば問題ないだろう。
ジーンズは最初はちょっと硬いからな、よくわかるよ。
そして最後に靴。
こちらは身長を少し高く見せるために靴底が厚いスニーカーにした。
メンズで売っていなかったが、彼の脚のサイズが思いのほか小さかったのでレディースの靴でも履くことができたのは僥倖だった。
うん、個人的に滅茶苦茶かっこよくなったのではなかろうか。
「……落ち着かねぇ」
ワックスとスプレーで固められた前髪に手をやりながら、ぼそりと呟くマーリン。
「似合ってると思うけどなぁ。
かっこいいよ?」
「そういうご主人様はジャージかよ?」
「私のはこれから買うんですぅ」
むっとするマーリンに、私は唇を尖らせた。
といっても、自分に似合う服なんて思いつかない。
大学生だったころだって碌にお洒落もしてこなかったのだから。
あの頃着てたものと言ったら、パーカーとジーパンだけだったからなぁ。
せっかく観光に行くならもう少し何かお洒落したい。
こういう時は、素直にマネキン買いだな。
というわけで一旦マーリンには部屋の外で待機してもらい、購入したものに着替えてみる。
それにしても、レディースの服ってなんでこんなに無駄に高いんだろう……。
「できたよ」
着替え終わり、外の彼に入室を促す──と、すぐに彼は難しそうな顔をした。
部屋に入ってきたマーリンの視線が、私の頭の先からつま先までをゆっくりと往復する。
白を基調としたブラウスに、落ち着いた色合いのロングスカート。
髪も少し整えて、大人っぽい印象になるよう意識したつもりだった。
しかし、彼の反応は微妙だった。
褒めるでもなく、笑うでもなく。
何かがおかしいと気付いているのに、それをどう言語化するべきか悩んでいるような顔。
その視線に、だんだん居心地が悪くなってくる。
「……」
「……なんだよ?」
「……正直な感想を言っていいか?」
「……どうぞ」
その言葉で、私ははっきりと彼がネガティブな印象を抱いていることを察してむっとした。
なんだ、低身長童顔女子は少しも大人っぽい雰囲気の服は似合わないって言いたいのか!?
しかし、そんな私の予想はどうやら彼の抱いていた印象とは少し違ったようで、続く彼の言葉を聞いて、私は目を丸くした。
「ご主人様は……多分もっとかっこいいスタイルの方が似合っていると思うぞ」
「……へ?」
思わず、妙な声が漏れた。
「普段のご主人様は、女らしいっていうよりもむしろ男らしいっていうか……だからかわいい系で統一するよりももっと男らしい服装の方が生えると思うんだよ」
「……なぁ、お前それディスってるだろ?」
眉を顰め、彼に詰め寄った。
畜生、靴のせいでますますこっちが小さく見えるじゃねえか!
「いや、違う違う!
話は最後まで聞いてくれよ!?」
「おうおう、ならば拝聴しようじゃねぇか」
私はマーリンを椅子に座らせると、こちらは逆に机の上に腰かけて彼を見下ろした。
「なんて言えばいいんだろうな……。
今のままだと、大人っぽく見せようとしてる子供みたいっていうか……」
「は?」
「服だけ先に大人になってて、中身が追いついてない感じというか」
「喧嘩売ってんのか?」
「だから聞けって。たぶんメイクとかしたらもっと変になる」
「なんで!?」
そこは普通メイクしたらより良くなるって方向にもっていくものじゃないの!?
しかし、そんな私の疑念は、続く彼の言葉によってぐぅの音も出なくなるほどに納得させられてしまった。
「『大人になりたい子供が頑張りました』感が強くなるから」
「そうきたかぁ……」
中学で初めて化粧した同級生を覚えている。
別に下手なわけではなかった。
だが、あのちぐはぐとした違和感はぬぐいきれるものではなく、なんというか素材を活かせていない勿体なさを察せられて、少し不憫に思ったものだ。
……つまり今の私は、まさにそれと同じ状態ということなのだろう。
「……わかった。
別の服にするよ」
「それがいい」
まぁ、それはそれとしてちょっと腹立つけどな、こいつの物の言い方は!
というわけで私は結局今着ていた服は諦めて、代わりにもっとかっこいい系の服を検索して着替えることにした。
「……やっぱりご主人様はいつものジャージがしっくりくるな」
「ジャージじゃねぇし! スカジャンだし!」
読んでいただきありがとうございました!
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是非読みに来てください!




