52. 間接的な?
「申し訳ないんだけどね、お客さん。
奴隷のためだけに部屋を貸すことは、うちじゃやってねぇんだ」
冒険者ギルドに依頼達成の報告を終えた後だった。
今日はもういろいろあって疲れたので、これから宿でゆっくりしようと2部屋を借りようとすると、案の定、そんな返答が女将さんから帰ってきた。
「あー、じゃあ攻めてベッドが2つある部屋をお願いできませんか?」
「ベッドねぇ……」
背が高く、丸々と太った女将さんの目がチラリとマーリンの黒髪を見る。
「それなら、別に構いやしないよ」
「ありがとうございます!」
「その代わり高くつくからね!」
ふぅ、と胸をなでおろす。
〈幻惑〉が上手く効いたのか、はたまたそんなことは別に関係なかったのかは判然とはしないが、どうやらうまくいったみたいだ。
(剛毅雷鳴の犬コロの言葉で思ったけど、どうやらマーリンの呪いって見た目がどうも鍵っぽいんだよなぁ)
彼を買った奴隷商がしていた、夢魔の子の噂の流布。
きっと、マーリンの外見と一緒に広まったから2年もの間買い手がつかなかったのだろう。
ということは、この呪いは噂を経由して発動している可能性がある。
ならば、マーリンの目立つ銀髪を黒く染めてしまえば効力を弱められるのではないかと踏んだのだ。
「ナイスアイデアだっただろ?」
「まぁ、確かに魔法は魔力だけでなく術式があってはじめて機能するものだからな……。
術式……つまり効果が起こる理屈さえ外れてしまえば効力は弱まる……。
まさかこの呪いも同じだとは思わなかったけど」
肩をすくめるマーリン。
私はそんな彼に、してやったりと笑みを浮かべて、部屋の扉を開いた。
──開いた窓から涼しい風が入り込んできて、私たちは思わず足を止める。
トゥバハン滞在中に使う宿部屋は、思っていたよりも広かった。
離して置かれた2台のベッド。
値段にしては清潔なマットレスに、ベッド下には鍵付き収納がついている。
代わりにクローゼットはついていなかった。
広く見えたのはたぶんこれのせいだろうな。
使わないからいいんだけど。
「さ、ご飯にしようか。
そんでもって食べながらダンジョンの話をしようぜ、参謀」
「そうだな。
と言っても、俺達が持ってる情報なんてたかが知れてるけどな」
ストレージから机と椅子を取り出し、デイスから貰ったお金でショップから今日の昼食を買うことにする。
お、やっぱり新しい街に来るとラインナップも変わるんだなぁ。
「マーリン、今日は何にする?」
ショップウィンドウをマーリンにも見えるように設定を変更してメニューを共有する。
トゥバハンではどうやら近くに広い麦畑があるせいか、種類豊富なハンバーガーセットがピックアップされていた。
「これは、サンドウィッチと何が違うんだ?」
「具材かな?
構造的には同じなんだけど、こっちはもっとジャンキーというか」
「ジャンキー……ってのは、身体に悪そうなイメージのことだっけ?
中身は肉と野菜とチーズと……って、これのどこがジャンキーなんだ?」
「……雰囲気?」
「なんだそれ」
マーリンが適当に選んだチーズバーガーセットを注文すると、机の上に紙袋とポテト、それからよく冷えた炭酸飲料が現れる。
「おお……」
彼が感心したように目を丸くした。
ちなみに私は照り焼きチキンが好みで毎回注文するのだが──ここに照り焼きの選択肢はなかった。
なんでや、一番メジャーやろ照り焼きチキン……。
仕方ない、ここはBLTにするかぁ……。
「この神器、本当に便利だよな……。
できないことがもはや思い浮かばねぇっていうか……」
「これで商売とかして無双する小説とか読んだことあるよ」
「金策の案としては愚策だな。
王侯貴族にでも捕まってみろ、絶対面倒なことになるぞ」
「小説でも大概そうなってた。
最後には何というか、国と揉めて、愛と友情のパワーで勝ってたけど」
「ショップ機能使って勝てよ」
紙袋からバーガーを取り出しながら苦笑する。
「そのショップ機能が、愛と友情を育むのさ」
「なんだそりゃ」
言って、チーズバーガーに齧りつく。
「……うま。
っていうかなんだこれ味が濃いな……。
ご主人様の出す料理はどれもしっかり味がついてるけど、こっちは何というか、方向性が違うというか……」
しばらく考えるように咀嚼して、ポテトにも手を伸ばす。
塩がたっぷりついた、細長いスティック状のジャガイモ。
最近では塩分が控えめになって以前より質が落ちたが、ショップで買ったこいつにはしっかり過ぎるほどまとわりついていた。
「……なるほど、ジャンキーって言ってた意味が分かったぜ」
「わかってくれたか」
「ああ、野菜以前に、塩と油の暴力がすさまじい。
こうなってくると挟んである葉の物が申し訳程度に思えてくる」
言って、しゅわしゅわと泡を立てるコーラに口をつける。
「……それで飲み物でさっぱりさせに来るから、また食が進むってわけか」
「まさに、食の永久機関や~、って感じでしょ?」
「なんで急に西方訛りなんだよ、げふ」
炭酸にむせたマーリンが咳き込みながら睨んでくる。
私はそんな彼を見て吹き出しつつ、BLTバーガーの包み紙を開いた。
焼いたベーコンの香ばしい匂い。
しゃきしゃきした葉物野菜。
輪切りの赤い果実と、軽く炙られたパン。
1口齧れば、ジャンキーさの中に隠れている健康的なシャキシャキとした食感が口の中を幸せで満たした。
照り焼きがない悲しさには代えがたいが、たまにはこういうのもいい。
「ん、それ美味そうだな」
「BLTはいいぞ。1口食べてみる?」
興味津々といった様子で身を乗り出してくるマーリンに、私はいたずらっぽい笑みを浮かべて差し出した。
すると、彼は少し戸惑ったように赤面して──時間を稼ぐように疑問を口にした。
「びーえるてぃー?」
「ベーコン、レタス、トマトの略」
「略? それを言うならベーレトじゃないのか?」
「あー、翻訳の関係でアルファベットが通じてないのか……」
言って、近くの紙袋に、新しくショップから購入したペンでさらさらと書きだす。
……あれ?
じゃあ冒険者ランクに使われてるアルファベットはどういう翻訳になってるんだ?
こっちが通じなくてあっちが通じてるのはどういう理屈が……基準がよくわからんな……。
「うちの故郷の文字でね、確かスペルはこれであってた気がするんだけど……この頭文字をとってるんだよ。
この文字の名前がBLTなの」
「北方の古代象形文字に似てるな。ほら、この字なんてベオークにそっくりだ」
「で、食べるかどうかは決まったのかい、少年?」
BLTの味見から、あからさまに話題を反らそうとするマーリンに、私はバーガーを押し付けた。
少年らしくも、どうやら間接キスになるのをビビっているらしい。
まぁ? 私は大人なので、別に全然気にしないけどね?
「ぐ……」
「ふふん」
私は純情な男心をもてあそぶようににやにやと──していると、彼は意を決して、差し出されたそれに大きくかぶりついた。
「……こっちは、まだ、健康的だな」
もぐもぐと咀嚼しながら感想を述べる彼を見て、私は勝ち誇ったように胸を張る。
「だろう?
大人の食べ物だからな」
「意味わかんねぇよそれ」
呆れたように返される。
ふふん、と鼻を鳴らして、私は改めて2口目を食べようと──
食べようと──?
「…………」
腕が、顎が硬直したように、私は動きを止めた。
男の子らしい、大きな齧り跡。
パンの端に残った、わずかな歯形。
そこに付着する、マーリンのわずかな唾液。
「どうした、ご主人様ぁ?」
事態の理由を察したのか、にやにやと煽るような声で促してくるマーリン。
だめだ、舐められている。
このままでは私の大人パワーを疑われてしまう……!
「べ、別に何でもないけど?」
「なら、早く食べなよ」
「ぐぬぬ……」
歯形、唾液、視線。
頭の中で情報が完結しないまま、ぐるぐると回りだす。
私は大人。
私は大人。
だからこんなのはどうってことないんだ!
──がぶり。
完結しない情報の渦に、無理やり噛みついて終わらせる──が、それはより深く、その情報の海に飛び込む愚策だった。
「わぁ、耳真っ赤」
「うるふぁい……」
かぶりついたまま、囁くように煽る彼に、私は低く唸った。
くそ、くそ、くそ!
お前もさっきまで同じように照れてたじゃないか!
そう思ってマーリンの方を睨んでやろうと顔を持ち上げた時だった。
「……」
彼の耳も、まるで私の体温が移ったみたいに赤く染まっていた。
「……お前も照れてんじゃねぇか!」
「う、うるせぇ!」
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