51. 大人?
途中で観測班の男も捕虜に加えようと思ったが、こちらは拘束が少し緩かったせいか、あるいは単純に体が柔らかかったせいか、森の中からはすでに姿を消していた。
〈気配察知〉の範囲からはもう既に外れているようだ。
これ以上は追いかけられないな。
(敵に情報を持ち帰られてしまったか……)
彼らの目的が不明な現状ではかなりリスクが高いミスだが、仕方ない。
というわけで2人の捕虜を引き連れて帰ってくると、馬車の周りは死体だらけになっていた。
「ユーリ殿」
帰ってきた私を最初に見つけて声をかけてきたのはエリーゼだった。
「みんな無事?」
「はい、おかげさまで……そちらは?」
「捕虜だよ、これから尋問しようと思って。
そっちは……失敗したみたいだね」
「はい、完全にしてやられましたわ。まさか毒を持っていたとは」
ゲロのような酸っぱい匂いをさせながらドロドロと溶けていく死体を、悔しそうに見やるエリーゼ。
それを見てなのか、ジュンは少し気分が悪そうな顔で馬車にもたれかかっていて、アイーダはグネウと何か話をしている様子だった。
多分、今後の対応について相談しているのだろう。
マーリンは──
「ご主人様……」
顔を曇らせた様子のマーリンが、馬車の裏から歩いてきた。
「お疲れ様、怪我はなかった?」
「はい。しかし、2人しか捕虜にできませんでした。
他は全て溶けてしまって」
いつもの覇気がない。
それどころか少し怯えているようにすら見える。
彼だってまだ子供なのだ。
初めての死体に気が動転しているのだろう。
本当なら私もそんな感じになる……はずだったんだけど、こっちはスキルのせいでそういうのは抑制されてるからな……。
「上出来だ、よくやったよ」
私は落ち込む彼の頭をくしゃくしゃと撫でると、マーリンに捕虜を預けてアイーダとグネウのもとへ向かった。
「グネウさん、アイーダ」
「ユーリさん! この度は本当に助かりました!」
「どうも」
大きな手で握手を求める彼に手を差し出しながら、横目でアイーダの様子をうかがう。
アイーダは──少し、不貞腐れている様子だった。
「アイーダ、怪我は?」
「おかげさまで」
ぶっきらぼうな返事に、苦笑いが漏れる。
多分、彼女は今とても複雑なのだろう。
ここは、あまり関わらずにそっとしておいて、時間が解決するのを待つしかあるまい。
「ならよかった。
それで、今後の対応について聞きたいんですけど、捕虜はどうしますか?
私の予想ですけど、多分これただの盗賊じゃないと思うんですよ。
個人的な意見としてはトゥバハンの衛兵に事情の説明と一緒に引き渡したほうがいい気がするんですが、どうしますか?」
「そうですなぁ……それがいいかもしれませんな」
グネウはしばらく考え、賛同の意を示した。
「始まりの街に引き返す、というのも一瞬考えましたが、距離的にもトゥバハンの方がまだ近い。
なので、このままトゥバハンに直行します」
「死体の処理は?」
「放置でいいよ」
アイーダが口を開く。
「どうせすぐにスライムが湧くし、この程度ならスケルトンになったところで大した脅威じゃない」
「証拠品はどうなる?」
「それらしいのは身に着けてなかったよ」
言って、肩をすくめる。
今回の襲撃を見るに、ここを襲った先遣隊20人はたぶん捨て駒になる予定ではあったのだろう。
なんたってあの大きさの榴弾だ。
あのタイミングで散り散りに逃げたってまず助かる見込みはないだろうし。
私はアイーダの説明に納得すると、馬車を先に進めるべく進路をふさぐ木を処理しに向かった。
***
それからトゥバハンまでは、特に何も起こることなく進んだ。
捕虜への尋問は、結局気絶したまま復活しなかったので全く進まなかったが、まぁ、これに関しては衛兵や騎士団の仕事だし、そっちに丸投げしても大丈夫だろう。
というわけで衛兵に捕虜と応酬した兵器、それから自決に使っていた毒薬を渡し、軽い事情聴取を受けて今回の依頼は幕を閉じた。
「無事馬車を3つとも届けられて万々歳でぃすよ。
これは、報酬と別のお昼ご飯代でぃす。
もしかしたらまた依頼するかもでぃすが、そのときはまたよろしくでぃす!」
3台の馬車が合流し、デイスたちと再会を果たした私は、彼から受け取った銀貨数枚を手に彼らと別れた。
剛毅雷鳴はといえば、例の狼の獣人と熊の獣人が遠くからじろじろと睨むので別れの挨拶はできなかったが、まぁ、わざわざ嫌いな奴と話をしなければいけない理由もなかった。
「さて、宿を取りに行こう」
ジュンたちとも軽く挨拶を交わして、マーリンと2人きりになった時だった。
「……ご主人様」
「何、改まって?」
呼び止める声に振り返ってみると、どこか悔しそうな、あるいは何か恐れているような顔で銀髪の隙間からこちらを窺う少年の姿があった。
「……今回の件、俺……あんまり、役に立ってなかったと思うんだ」
「……それで?」
雰囲気から察して、たぶんここで私がそれを否定しても意味がないだろうな、と話の続きを促す。
「でも、次はもっと頑張るからさ……。
ほら、今度のダンジョン攻略とかでも、バンバン役に立つから、だから……その……いや、いい。
やっぱ今の聞かなかったことにしてくれ」
そう言って、マーリンは視線を逸らした。
昼盛りのトゥバハン。
石造りの街路を行き交う人々の喧騒の中で、彼だけが妙に静かに見える。
私はしばらく、その横顔を眺めていた。
「マーリン」
呼びかけると、彼の肩がわずかに揺れた。
「私は、お前が役に立たなかったなんて思ったことは一度もないぞ。
むしろ役に立ちすぎて、手放したくないくらいだ」
「……でも」
「でもじゃない」
遮るように言う。
「確かに、今回の戦闘で土壁作るのが遅れたのは認めざるを得ないと思うし、結果的には無くても困らなかったとは思う。
でもな、マーリンよ。私はそれが無駄だったとは思わなかったぞ」
「それは……」
前髪の下で、蒼い視線が地面の上を彷徨った。
私への反論を考えているというよりも、何方かと言えば彼のことだからあの時点での壁の有効性についても模索しているのかもしれない。
だが、それは今はどちらでもいい。
今はただ、彼に道を示してやることだけが私の仕事だと思ったからだ。
「私の優秀な参謀であるお前ならわかるはずだ」
「俺が……参謀?」
「そ。私が閃いたアイデアを、マーリンが考えて形にする。
金策の時と同じだ。
それは、私とお前がパーティ組んで戦ってる時も変わらない。
お前には、お前にしかできないことがあって、それを全力でやればいいんだよ」
「俺にしか……できないこと、か……」
マーリンの目に輝きが戻り、背筋が伸びる。
彼は、しばらく何も言わなかった。
昼下がりの陽射しが、石畳に白く反射している。
行商人たちの荷車の軋む音。
遠くで呼び込みをする店主の声。
屋台から漂う焼いた肉の匂い。
そんな喧騒の中で、彼だけが妙に静かだった。
「……ご主人様って、たまにずるいよな」
──笑顔。
今まで生意気に自分を保っていた彼が、己の弱いところをさらして受け入れられたことに対する安堵から生まれる、その、まるで降参したみたいなすがすがしい笑顔に、一瞬、私は自分の心臓の鼓動が止まったかのような幻覚を覚えた。
「……な、何が?」
「そうやって、俺が一番欲しい言葉を平気で言うところがさ。
言っちゃ悪いけど、ご主人様って実は結構人たらしなんじゃねぇの?」
「……はじめて言われたんだけど」
小学生のころの記憶はあまりないが、それなりに友達はいた……ように思う。
あの頃は、悪く言えば無遠慮の塊だったから。
でも中学に上がってからは一気に人見知りになった。
それまでどうやって人と関わっていたかがわからなくなって、友達も一気に減ったように思う。
高校生になってからは顕著だった。
もはや誰とも話さず、自分の世界に閉じこもった。
今思えば、きっと人と関わるのが怖かったんだと思う。
相手が考えていることが読める──という、妄想。
そこに自己否定が加わることによって生じる、存在しない悪意にいちいちビビり散らかしていたのだ。
こっちの世界に来てからそうならなくなったのは、多分、彼のおかげなんだろうな、きっと。
「嘘だ」
「まあ、マーリンがそう思うならそうなのかもね。
私は大人だから」
彼が、私に芯をくれたように。
私もまた、彼に芯を与えられたらいいな……。
「なんだそれ、ずりぃ」
「あはは、そう思うならそうなのかもね、お前ん中ではな!」
「わかった、じゃあ俺はこれからご主人様のことずっと子供だって思ってやるよ!」
「あ、それはだめ!」
「なんでだよ、俺が思ってたらそうなんじゃないのかよ!?」
「それとこれとは話が違いますぅ~、無効ですぅ~」
「うーわ、ガキくさ!
ますます子供じゃん!」
「なんだと!? 私は大人だぞ!」
「そう思うんならそうなんだろ、ご主人様の中ではな!」
「うがぁぁぁあああ!!!!」
「あはははは!!」
……やっぱり、まずはこの生意気を強制するところからにしようか?
読んでいただきありがとうございました!
次回もよろしくお願いいたします!




