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転生勇者(副業)の異世界旅行記《トラヴェローグ》  作者: 青咲凛
第2章 ナザレの夢魔 前編

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49. 盗賊?


 護衛用の馬車は3組に分けられた。


 私が護衛するのは3つあるうちの最後に出発する馬車で、チームは私とマーリン、それからアラストールからはジュンとエリーゼ、そして剛毅雷鳴からは馬の獣人族の少女アイーダが選ばれた。

 ちなみにほかの馬車は時間をずらして先に出発しているし、それぞれトゥバハンまでのルートが異なっている。

 一緒に並んで進んでいたら、馬車を分ける意味がないからだ。


「なんで僕が……っ」


 牛獣人のパック商会員──確か名前はグネウ──の隣で不満そうに手綱を握る彼女を、私は荷台の後方に座りながら眺めた。


 というのも、剛毅雷鳴は私たちFランクパーティよりワンランク高いEランク。

 先輩的なポジションであると同時に、他2つのパーティの指揮監督役として雇われているのだ。


 故に、どれだけ仲が悪かろうが、私たちの監督のために3つの馬車に均等に割り振られるのである。


 アイーダが選ばれたのは純粋に、まだ私と喧嘩していなかったからというだけに過ぎなかった。


 とはいえ、彼女の不服もなんとなくわかる。


 仲間を殴り飛ばして高価な鎧までへしゃげさせたやつのお守なんて普通はやりたくない。


 馬車の空気は、相変わらず悪いままだった。


「……」


 居心地悪そうに、ジュンが私とアイーダの間を右往左往する。

 そんな彼女を少し不憫に思ってか、エリーゼが不意に口を開いた。


「ユーリ殿、1つお話してもよろしいでしょうか?」

「何?」


 正直、こちらとしても気分が完全に落ち着いたわけではないにしろ、この最悪な空気の中だんまりを決め込むのは流石に苦痛だったので──とはいえ、嬉々として反応するのも躊躇われたので──どこかぎこちない調子でぶっきらぼうに口を開いた。


「先ほどの件について、少しだけ」


 エリーゼはそう前置きすると、揺れる馬車の中で視線をこちらへ向けた。


「わたくし、ユーリ殿が(いか)られた理由も、なんとなく理解できますの」

「……」


 思わず、視線が彼女へ向く。

 責めるでもなく、かといって安易に同調するでもない、妙な距離感。

 切れ長の目から覗く濃い紫の瞳が、静かにこちらを見据えていて、私は思わず居住まいをただした。


 なんとなく、懐かしい母の説教をするときの雰囲気に似ていたからかもしれない。


「もちろん、暴力を肯定するつもりはありませんわ。

 ですが……ああいう言葉を、大切な方へ向けられて、平然としていられる方ばかりではありませんもの──」


 そう言って、小さく肩をすくめて


「──特にユーリ殿は、思っていた以上に情が深い方のようですし」

「……褒めてるのか、それは?」

「半分ほどは」

「半分?」

「ちなみにもう半分は呆れですわね。

 精神的にはお嬢様より育っているご様子ですが──」

「──ちょっとエリーゼ?」

「──正直、歳相応な部分もおありの様で、内心ほっとしていますね。

 おっと、これだと100を超えてしまいますわ」


 口元に軽く手を当てて上品なジョークを挟む彼女に、私は思わず力の抜けた声で


「歳相応かぁ……」


 と木箱に身を預けた。


 車輪が跳ねて、マーリンが痛そうに腰をさするのを眺める。


「クッションいるか?」

「いえ、お気になさらず」

「遠慮するな」


 言って、ストレージから適当に家から持ってきたクッションを押し付ける。

 馬車に乗るのなら当然尻が痛くなるだろうと思って持ってきていたのだ。


 マーリンは一瞬ためらうようにして桃地に熊のプリントが入ったそれを一瞥すると、やがて観念したように受け取って下に敷いた。


「──ただ」


 エリーゼが話を続ける。


「──マーリンが貴女を制止した理由も、少しは考えてみてはどうかとも、同時に思うのです」

「理由?」

「これはわたくしの勝手な推察ですが──主人であるあなたが傷つく方が、自分が侮辱されるよりもつらかったのではありませんか?」


 不意に言葉を投げかけられたマーリンが、少し驚いて彼女の顔を凝視した。


「……その通りです。

 自分は、こういう目には慣れていますので、今更何を言われようが気にしません。

 むしろご主人様が傷つく方が何倍も──」

「──だとしてもだよ、マーリン」


 私は、彼の言葉を途中で塞いだ。


「だからと言って、1人の人間を、その人格を無視して侮辱していい理由にはならない」

「……」


 銀髪の下で、蒼い瞳が揺れる。


「とはいえ、自分のために誰かが怒って傷つくのは、案外見ていられないものですわ」


 前方で手綱を握っていたアイーダが、ちらりとこちらを見た。

 しかし何も言わず、また前を向く。


「じゃあどうしろって? あの場面で私が怒らなかったら、誰があいつを制止できた?」


 エリーゼの言葉に、心の中のもやもやが思わずあふれ出しそうになるのをセーブしながら問い返す。

 しかし彼女はそんな私の詰問に対して、ぴしゃりとこう答えた。


「もう少し怒り方を選びなさい、ということですわ」

「怒り方?」

「ええ。例えばわたくしでしたら、まず笑顔で釘を刺しますもの」


 言って、まるで実演するかのように笑みを向けてくるエリーゼ。

 その瞳はまるで笑ってなどおらず、ただ淡々と『笑み』という情報だけが単独で張り付けられていて、不気味ささえ感じさせるようだった。


「こわっ、何その表情どうやったらできんの?」

「ついでに背後に虎か鬼の絵なんかが浮かぶようにすれば効果的ですわよ」

「まさかのここにきてメタすぎる漫画表現」


 確か私にも、今でこそ〈呪詛マスタリ〉スキルに統合されてはいるが、その中に〈幻惑〉という幻を見せるスキルがあったはずだが……それで代用できるだろうか?


 そんな風におののいていると、不意にジュンが噴出して


「わかるわ。エリーゼって怒るときいつもそんな感じなのよ。

 真似しようとしても簡単じゃないのよね……」

「お嬢様は感情が表に出過ぎですので、その辺をまずはコントロールしませんと」

「それができたら苦労は……まぁ、これから頑張るわ」

「さすがです、その意気ですよお嬢様」


 2人のやり取りで、荷台の空気が少し軽くなる。


「ですが、ユーリ殿」

「ん?」


 改めて、という様子でこちらに向き直るエリーゼ。


「誰かのために怒れるというのは、そう決して悪いことではありませんわ。

 今回は怒りの表現が悪かったのです、次──が、あるかどうかは存じませんが、その時はこの笑顔、是非思い出してみてくださいまし」


 彼女はそう言うと、今度は先ほどと打って変わって花が浮かぶような笑みを向けたのだった。


「はい、参考にしまーす」


 少しだけ、彼女と打ち解けた気がした──が、肝心のアイーダはと言えば、まだ少し不服な様子だった。


 ***


 馬車が街道を進み始めてから、どれほど経っただろうか。


 石畳だった道はいつの間にか土へと変わり、左右を囲む木立も深くなってきている。

 木漏れ日が揺れるたび、幌の影が荷台の中をまだらに染めた。


 ──西の森を突っ切るルートだ。


「……静かですわね」


 エリーゼがぽつりと呟く。


「平和でいいじゃない。近くに魔物も野獣もいないってことでしょ?」

「いや、異常事態だ」


 彼女のつぶやきにハッとして、〈気配察知〉の範囲を広げる。

 魔物はいない。

 だが野獣はいる。

 リスとか鳥とか、小動物の気配はあるが──なんというか、何かに恐れて身を潜めている感じだ。


(……そういうこと)


 無意識に、腰の刀に手が伸びる。


「アイーダ」

「……わかってる」


 前を向いたまま、ぶっきらぼうな返事。

 どうやら、この事態がどういう意味なのか察しているらしい。


 さすが、商会から何度も依頼が来るだけのことはあって慣れているようだ。


「人数は分かる?」


 御者席の真後ろまで移動しながら尋ねる。


「魔物かも」

「いや、盗賊だ」


 しばらくして、道をふさぐように木が倒れているのを発見する。


 なんてテンプレートな。


「……参考にしたいな。

 どうしてわかったんだい?」

「魔物なら、動物たちも見慣れてるから警戒なんかしない。

 警戒して身を潜めるなら本来森にない脅威、すなわち盗賊の方だ」

「すごいね、君探偵になれるよ」

「どうも」


 実際は〈洞察〉スキルのアーツ〈名推理〉による思考誘導のおかげなんだけどね。


 倒れている木の前で馬車が止まる。


 同時に、わらわらと左右の森から盗賊が姿を現した。

 手に持っているのは鉈や斧。

 少し離れた木の上に数人、弓を構えている者がいる。


 数は全部で20人で、当たり前のように武器はすべて金属──いけるな。


「こいつぁ上玉が引っ掛かったなぁ!」


 正面の長髪で髭面な男が、両手を広げながら芝居がかった様子で歩み寄る。


「売っ払う前に一発楽しませてもらおうかねぇ?」

「おう、ずりぃぞ大将!」

「俺の分も残しといてくれよ!」


 なんてテンプレなセリフなのだろうか。


「グネウさ──」


 パック商会員の牛獣人から指示を仰ごうとした時だった。


「──アラストールの皆は馬車を。

 制圧は僕が1人でやります」

「わかったわ」

「承知いたしました」


 アイーダがハルバードを掴んで、御者席を飛び降り、馬の頭上を軽々と越えていく。


「1人なんて危険だよ!」

「君に心配される謂れれはない!」

「な!?」


 ぴしゃりと言い放ち、ハルバードを手にリーダーらしい長髪髭面の男へ突っ込んでいく。


「はぁっ!」


 遠心力を利用した、素早い連撃。

 それを、男はひらりひらりと躱していく。


 まるで強風に煽られる旗のように当たらない。


「おいおい、そんなもんかいお嬢ちゃん?」


 決して、アイーダの技量が低いわけではなかった。

 刃の返しはなめらかで滞りはなく、正確に狙いすましたように放たれる急所への斬撃や刺突の連撃は死角を縫うように迫っている。

 並の相手ではまず反応すらできなかっただろう。


 しかし──。


(狙いが正直すぎる……)


 その正確さが仇になっていた。

 最初の軌道から滑らかに放たれる二の太刀の狙いが、まるで隠されていない。

 平たく言えば駆け引きがないのである。


 そんな彼女をもてあそぶように、飄々とアイーダのハルバードを回避するのを観戦するように、周りの山賊たちが騒ぐ──というのは、おそらく陽動。


 馬車を護る私たちの意識が彼らに惹きつけられるのを待って、藪に隠れていた2人が背後から迫る──。


「マーリン!」

投石の魔法シフル・カズフ・アルヒジャーヤ!」


 藪から飛び出した盗賊2人の顔面に、拳大の石塊が直撃した。


「ぐはっ!?」

「ぼへっ!?」


 乾いた破裂音。

 鼻骨が砕け、歯が飛び散る。


 そのまま勢いよく後方へ吹き飛んだ2人は、木の幹に叩きつけられて白目を剥いた。


 アイーダがマーリンの存在を隠してくれていて助かった。

 おかげで相手はこちらの人数を見誤って行動を早まったのだ。


「ちっ、まだいたか」

「余所見するな!」

「おっと」


 鋭い一撃が首もとを掠める。


(だが、2人を倒した以上、こっちも警戒を強める。

 と来れば陽動作戦から切り替えて強行に出るはず)


 その予想通り、次の瞬間木の上に隠れていた盗賊が矢を放ってきた。


 ──弦音。


 しかし、空気を裂く鉄の鏃が宙で停止する。


 アイーダの戦闘能力を加味すると、彼を討伐することは不可能だろう。

 とくれば、私がやるべきことは1つだった。


「おわっ!?」


 宙に停止した矢が180度回転し、盗賊の服と背後の木を縫い付ける。


「グネウさん、全然慌てたりとかしないんですね」

「君の実力を聞いているからね。

 Cランク相当なんだって? 頼りにしてるよ」

「そりゃどうも」


 鉈や斧を持った盗賊が、わらわらと馬車を囲い始める。


 対してジュンやエリーゼはと言えば、武器を構えて牽制するばかりだった。


(攻めあぐねている)


 この陣形、こっちから仕掛ければこちらが不利になるのを分かっての動揺だろう。

 じりじりと滲みよられるのは、精神的な負担も大きい。


「どうする、ご主人様」

「んー、私が何とかしてもいいんだけど……」


 高速思考で時間が引き延ばされた世界で、何とか情報を集めようとあちこちに視線を巡らせる。


 正直な話、拘束するだけなら1秒あれば終わる。

 相手の武器を〈金属操作〉で奪って急所につきつけ、動きを封じればいいのだ。


 しかしそれをやると、アイーダが機嫌を損ねて大変面倒くさい未来になることが見えている。

 これを解決するにはまず彼女自身に、自分では勝てないという現実を理解してもらう必要がある。


 私は視線をアイーダへ向けた。


 彼女はなおも盗賊団の頭目へ猛攻を続けている。

 だが、やはり決定打にならない。


 ハルバードという武器は、本来集団戦で真価を発揮する武器だ。

 間合いの外から一方的に制圧し、味方と連携して敵を押し潰す。

 にもかかわらず、彼女は今、単独で真正面から勝負している。


(真面目なんだろうな)


 だからこそ、型に忠実。

 だからこそ、読みやすい。


 対する盗賊の頭目は、恐ろしく実戦慣れしていた。


 躱し方がうまい。

 ギリギリで避けることで、相手の焦りを誘っている。


「ほらほらどうしたぁ!

 さっきの威勢はァ!?」

「くっ……!」


 アイーダの呼吸が乱れ始める。


 まずいな。

 このままだと完全に相手のペースに飲まれる。


 しかも──。


(周りの盗賊、まだ動かない)


 囲んでいる連中が、妙に落ち着いている。

 普通なら仲間が押され始めた時点で一斉に来てもおかしくない。


 ──つまり。


(こいつら、時間を稼いでるのか?)


 嫌な予感がした。


 〈気配察知〉をさらに広げる。


 森の奥。

 街道の脇。

 木々のさらに向こう。


 ──いた。


 気配、3つ。


「マーリン、壁作れるか?

 前方、倒れてる木の後ろだ」

「できるぞ。でもなんで──」

「時間がない。できるだけ分厚いのを頼む」

「わかった──」


 巨大な、長く引き伸ばした樽のような金属筒。

 両側に車輪を付け、尻の導火線のようなものに、1人が火をつけた──直後だった。


「野郎ども散れぇ!!」

城壁を築く魔法シフル・アルミトラース!!」


 全員が地面に伏せた、次の瞬間だった。

 ──ドン! と太鼓を叩いたような音が響いた。


 盛り上がる土壁。

 しかしそれが完成するよりも早く、日差しを浴びて黒く輝く鉄球が、それを超えてこちらにやってきた。


読んでいただきありがとうございました!

次回もよろしくお願いいたします!


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