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転生勇者(副業)の異世界旅行記《トラヴェローグ》  作者: 青咲凛
第2章 ナザレの夢魔 前編

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48. 自他の区別?


 結局、追いかけっこの勝敗は、ジュンの体力切れという形で幕を閉じた。


 ぜいぜいと肩で息をしながら、顔を真っ赤にしてこちらを睨むジュン。

 そんな彼女を横目に、出発の準備は淡々と進められていく。


 護衛予定の馬車は3台。

 森林檎(メラ)を模したパック商会のロゴマークが刺繍された幌馬車から漂う甘酸っぱい果実の香りに、私は改めて感慨深い気持ちを口にした。


「それにしても、思っていたより結構運ぶんですね」

「当たり前でぃす」


 デイスが大きな前歯をのぞかせながら答えた。


「この辺りはまだ平和でぃすが、数時間も進めば魔物も盗賊もばっこばっこでぃす。

 1台の馬車だけでぃすと、積み荷ぜぇんぶ、奴らの腹ん中さよならバイバイでぃすからね」

「なるほど、リスク分散ってことですか」


 要人警護とかでよく見るやつ……とは少し違うが、似たような対策をしているのだろう。

 どれか1つが盗賊にやられても、別の馬車がトゥバハンに着けば損失の割合は少なく済むし、3つ全部着けばそれはそれで儲けもの、ということだ。


「じゃあ、馬車の護衛は3チームに分かれるんですか?」

「そうでぃす。

 ユーリさんとこのパーティは思ったより数が少なかったでぃすが……担当のギルドの人から、実力はCランク相当だとお聞きしておりますでぃす。

 騎士団からの信頼もあるとのことでぃしたので、そこの白いのはさておき、星葡萄(グレフィン)の種一粒くらいは期待してるでぃすよ?」


 言って、ぽん、と背中を叩くデイスに苦笑いを浮かべる。


 たしかに、ギルドで実力を見せたのは私しかいない。

 マーリン単独の実力って、そういえばまだどんなものか私もわからないし、彼が私だけに期待を向けるのも無理はないだろう。


(なんかの種一粒くらいって、よくわからん指標ではあるけど)


 そんな風に話をしていると、不意に低い笑い声が辺りに響いた。


「ガハハッ! 今回は随分と可愛らしい護衛がいるじゃねぇか!」


 振り向けば、3人組の獣人冒険者がこちらへ歩いてくるところだった。


 全員がハルバードを背負っていて、金属製の鎧を身に纏っている。


(暑くないのか、あれ?)


 先頭を歩くのは、灰色の狼耳を持つ男。

 細身で背が高く、しかし鎧から覗く首や内籠手には盛り上がった筋肉と浮き上がった血管が覗いている。


 後ろに続くのは彼よりもさらに背が高い熊の獣人。

 筋骨隆々と言った表現がふさわしく、赤茶色の顎髭が顔の輪郭を覆っていた。

 青龍刀とか持たせたら絶対似合いそうだが、敢えてハルバードということは、パワータイプに見えて案外それなりに手先が器用なのかもしれない。


 その隣にいるのは、中でも一番背の低い馬の獣人──の、少女だった。

 歳はジュンより少し上、高校生か、あるいは大学生くらいといったところだろうか。

 熊の人と同じく赤茶色の髪で、しかし彼とは違って細く引き締まった体をしている。


「あぁ、剛毅雷鳴の皆さん!

 おはようございましでぃす!」


 デイスがぺこりと頭を下げる。


「おう、デイスさん!

 今回も指名ありがとうな!」

「いえいえ、いつもパーティの指揮管理能力の高さ、頼りにしてますでぃすよ!」

星葡萄(グレフィン)の種何粒くらいだ?」

「一房くらいには!」

「そうかそうか、そりゃいいことを聞けた!

 これでうちらの士気も爆上がりってもんよ! ……と、言いてぇところだがよ」


 剛毅雷鳴の狼獣人が、鋭い視線をこちら──正確にはマーリンの方へ向ける。


「なんだぁ、あの気色のわりぃ髪色の坊ちゃんはよぉ?

 誰の奴隷だ? あ?」


 狼がデイスを突き飛ばし、マーリンの方へとずかずか歩み寄っていく──のを、私が間に入って止める。


「あれお前のか?」

「だったら何?」

「てめぇふざけてるんだったらいい加減にしろよ、冗談にもならねぇ」


 殺気を孕ませた眼光で睨みつけてくる狼。


 彼は一体、何を言っているのだろうか?


「言ってる意味がよくわからないな」

「魔物を護衛につけるなんて正気じゃねぇっつってんだよ」


 次の瞬間だった。

 狼の体が、宙を舞った。


 宙を舞ったのを見た後で、私は自分が何をしたのかを覚った。


 鳩尾への鋭いショートアッパー。

 螺旋を加えた重い一撃が、自分よりも頭2つは高い獣人の男を錐揉みさせながら殴り飛ばしたのである。


「ご主人様!」

「ちょっとユーリ!?」


 慌てて駆け寄ってくるマーリンとジュン。

 一方で飛んでいった男の方には、メイドたちや彼のパーティメンバーが集まっていて、よく見れば彼の鎧はへしゃげ、口から血を吐いていた。


「あー……ごめんやりすぎた」


 目を泳がせ、必死に次の言葉を探す──が、頭に浮かぶのは、最初に意味わからん言いがかりをつけてきたのは相手の方で、あの狼もとい犬コロが一番悪いという怒りと嫌悪がないまぜになった感情ばかりだった。


「てめぇ、何しやがる!」


 犬コロが顔を顰めさせながら起き上がるそばで、熊の獣人が吼えた。


「そうよ、たかが魔物扱いされたくらいで何を──」


 空気最悪。

 デイスは顔を真っ青にしながら、あたふたとあっちこっちと視線を巡らせていて、馬車に繋がれた馬の方も空気を読んで家事っと固まっていた。


「──たかが?」


 ジュンの、おそらく私の気を鎮めようとして発された言葉に、胸がざわついた。


「あ、いや、たかがは違ったわね……えぇ、謝罪するわ」


 なんだろう、すごくもやもやする。

 なんでこんな思いを今ここでしなきゃいけないんだ。


「落ち着け、ご主人様。

 べつにあんたが怒るようなことじゃないだろ?

 それに俺は気にしてない」


 マーリンが、諭すように問いかけた。

 私はその言葉にぬぐいきれないもやもやを覚えて、改めて彼の瞳を見た。


 その顔には、確かに何の感情の揺らぎもなく、ただ淡々と、事実を言われただけのように何の感慨も無かった。


「すみません、うちのご主人様が短気で」

「全くだこの野郎、どうしてくれんだマジでよぉ……」


 こめかみに青筋を浮かべながらこちらを睨みつける犬。


 なんだろう、この気持ち悪さは。


 マーリンの理屈は分かる。

 自分が気にしていないのに、他人である私が勝手に怒ってこれから一緒に仕事をしようという相手を傷つけた。

 彼の中ではおそらく、今一番悪いのは私なのだろう。


 でも私は──。


 頭の中を、名状しがたい感情がぐるぐるとめぐる。

 まるで未定義の情報が完結しないまま、脳の処理を圧迫しているみたいな──不快感。


「鎧の弁償はアラストールがするわ。

 ポーションも付ける」

「当たり前だクソアマぁ」


 横で、淡々とジュンがメイドたちに指示を出して事態の収拾に動く。


 それを、ただ茫然と眺めることしかできなかった私の耳に、誰が言ったのか。


「魔物との間子を魔物扱いして何キレてんだよ、意味わかんねぇ」


 ──そんな言葉が届いて、私ははっとした。


(そうか、これがマーリンにつけられてた〈忌み子の呪い〉か……)


 マーリン本人に対する初期好感度がマイナスになる呪い。

 これまではずっと私のそばにいたから、私に配慮してみんな彼のことを悪く言わなかったのだ。

 だから、これまで私は、その呪いの本性に気が付かなかった。


 思い返してみれば、これまでも何度か、彼単体に対する理不尽はいくつかあったように思う。

 でも私はそれを、奴隷だからとかあるいは別のことを理由にして言ってきているのだろうと勝手に解釈していたのである。


 それを加味すると彼の先ほどの言動は、まさにその一端がはっきりと明確に表れただけに過ぎなかったのかもしれない。


 ……まぁ、だからといってうちの大事な相棒を侮辱したこいつらを許すつもりはないけど。


「落ち着いたか、ご主人様?」

「あぁ……うん……」


 尚も背中をさする彼の顔を覗き込む。

 その顔に張り付いた困惑の表情のせいで、余計に腹が立ってくる気がして、私はすぐに視線を逸らした。


「マーリン」

「なんだ?」


 尋ね返す彼に、やはりこれはきちんと目を合わせねばなるまいと決心して、その銀髪の隙間に見える蒼い瞳に、自分の瞳を重ねた。


「お前は、自分を蔑ろにするなよ」

「それってどういう──」


 尋ね返そうとするマーリンから離れて、私はデイスの方へと歩み寄った。


 大人なら、後始末を他人にばかり押し付けていてはいけない。

 私の接近に気づいて、デイスがびくりと肩を持ち上げた。


「な、なんでぃす?」

「出発の前にトラブルを招いてすみませんでした、デイスさん」

「いや、あれは私もちょびっとは同情するでぃすよ?

 仲間を悪く言われて怒らない道理はないでぃすから」

「そう言ってくれると心が軽くなります」

「いえいえ……あっしも気をつけんとこれ死ぬわ……」


 デイスが苦笑いしながら、最後に何かぶつぶつつぶやいていたが、今の私には聞き取れなかった──ということにした。


 マーリンを悪く言わないでいてくれるなら、今はそれで充分だったからだ。


 こうして、空気最悪な顔合わせを終えた私たちは、3つのグループに分かれてトゥバハンを目指すことになった。


読んでいただきありがとうございました!

次回もよろしくお願いいたします!


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