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転生勇者(副業)の異世界旅行記《トラヴェローグ》  作者: 青咲凛
第2章 ナザレの夢魔 前編

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45. 勝敗?


 冒険者ギルド裏手の訓練場。

 初めて彼と模擬戦をした時と同じ昼日中に、アイザックは一振りの長剣を構えて向かい合っていた。


(装備が前と違うな)


 以前使っていたのはショートソード1本。

 しかし今回は使い慣れたものらしい、やけに気配がなじんだロングソードを装備している。

 腰にショートソードが2本待機しているのは万が一のサブウェポンというところだろう。


 本気で相手をするというのは、どうやら嘘ではないらしい。


 私は刀を鞘から抜いて腰溜めに構えると、今回もセコンドに名乗り出てくれた受付嬢エイミーの開始の声を待った。


 決闘のルールは、ジュンの時と同じバーリトゥード──殺しさえしなければ何でもありのルール。

 とどめは寸止めということさえ守っていれば、たとえ腕を落としたとしても文句は言えない、当事者の本気度が試される試合になっている。


 私の場合は腕を落としたとしても復活できるから別に構わないが、彼の場合は話が違うだろう。

 今後のことを思うと腕を斬り落とすというのは躊躇したくなるが──それで剣が鈍ってしまっては、彼から過小評価を受けることは間違いなかった。


 ──それだけはできない。


 深く息を吸い、重心を落とす。

 できるだけ、余計なことは考えない。

 今は目の前の彼を、私の全力で以て認めさせる──ただそれだけでいい。

 それ以外は何も考えない──。


「いざ尋常に──」


 エイミーの声が、やけに大きく聞こえた。


 互いの脚が撓んで、地面に小さなクレーターを生む──


「──開始!」


 直後、私の目の前にロングソードの先端が届いた──が、斬り裂いたのは幻影だった。


 深く潜りこんだ私の黒い刀身の峰がアイザックの腹を強打せんと迫る──しかし彼は宙に飛んでそれを回避。

 私の背後を取ると、その背中に重い後ろ蹴りを打ち込んだ──が、態勢を崩した。。

 彼の腰に刷いていたショートソードが、私の〈金属操作〉で引っ張られたのだ。


「ぬんっ!」

「せやぁ!」


 縦に振り下ろした唐竹割りを、崩れた姿勢のまま片手の長剣で受けるアイザック。


 ──鍔迫り合い。


 〈金属操作〉で彼の長剣を操作して押し返そうとするがビクともしない。


「念力の類か?

 残念だったな、その手の攻撃は俺には通じん!」

「ぐっ!?」


 巻き上げられる刀。

 隙をさらす脇腹。

 素早い長剣の逆袈裟。


(刀身で受けるのは間に合わない──!?)


 左手を外しながら刀を引き寄せ、柄を使って防ぐ──と、彼の剣はまるで実体を失ったかのように通り抜けて逆側から迫った。


(影抜き──!?)


 体を開きながら刀で打ち払う──が、彼の連撃はとどまるところを知らない。

 その嵐のような猛攻を、何とかみ切りつつすべてをパリィしていく。


(剣速自体は大したことないが──嫌なところを突いてくるな……っ!)


 初めに受けた姿勢からは極めて弾くのが困難な角度。

 それでいて最適解となるこちらの動きが限定されていて、まるで誘導させられているような気分になる。


 次に相手が動く場所は、顔を見ればわかった。

 〈先の先〉のおかげで攻撃のタイミングもばっちりわかる。

 なのに相手の思う通りに動かざるを得ない──まるで詰め将棋だな。


 それに、相手の剣の主導権を奪えないというのも妙にきつい。

 自分が今までにいったいどれほど〈金属操作〉に頼ってきたかを思い知らされる。


(これが、Aランクの技……ッ!)


 どこをどうやっても斬られることが決まっている、まるで誘導されるような剣戟。

 これを打ち破る手段があるとすれば──もはや1つしか思い浮かばなかった。


「血迷ったか!?」


 彼の刺突が、私の右胸を捉える。

 本来ならば受け流して入り身し、反撃するのがアイザックの用意した最善手。

 それをあえて外して自ら突っ込んできた私に、彼はぎょっと目を見開いたのだ。


「かふっ」

(だと思うだろ?)


 横隔膜を貫かれたせいで、うまく声が出なかった。

 しかし、今の私にはそんなことはどうでもよかった。


 ニヤリ、と口端が吊り上がる。


 彼が動揺して気が抜けた、その一瞬。

 その一瞬の隙を使って、私は身を捻りながらロングソードを奪い取り、死角となる彼の眼帯をした右目側の下方から刀を突き上げたのだ。


「ぬっ!?」


 反射的に、ショートソードを抜いて弾くアイザック。

 重心が上がっていたせいか、一歩たたらを踏んだのを私は見逃さない。


 私は勢いのまま身を捻るように頭を落とすと、その反力を利用してシーソーのように死角から蹴り上げた。


「待て、死ぬぞユーリ!?」


 蹴りの当たらない、ギリギリの距離をセーブして回避するアイザック。

 しかし考えるはずもない。

 まさか自分の長剣の切っ先が、私の体内を貫通して足裏から射出されるなんて。


「なっ!?」


 アイザックの眼帯の紐が切り裂かれ、額から血が垂れる。


(躱された!?)


 この展開は絶対に予想できないと思ったのに──そう驚きかけて、すぐに納得する。

 再生前提で動く魔物を相手にしていれば、こういう不意打ちにも慣れているのだろう。


 なら、遠慮はいらない。


 私は体内を貫通した長剣をそのまま射出し、頭上へ待機させる。

 そして蹴り上げの反動で姿勢を戻しながら、追撃の袈裟斬りを浴びせた。


 ──火花。


 甲高い衝突音が、訓練場の空気を震わせた。


 袈裟斬りを受け流したアイザックは、そのまま剣を滑らせるように私の手元へ──もとい、体幹へ圧力をかけてくる。


(崩し──!)


 その瞳の奥に見える、彼の狙いを覚って私は慌てた。

 斬っても再生するなら、絞め落とせばいいと判断して柔術に戦略を変えたのである。


 まずい、捕まったらなすすべがない!


 私はとっさに刀から手を放してその場を離脱しようとした──が、何故か柄から手が離れなかった。

 いや、離そうと思えば離せた。

 だが離した瞬間、私の首が()ぶことを本能的に察してしまった。


 故に──離せない。


「ぐはっ!?」


 首根っこを掴まれ、そのまま地面に組み伏せられる。


「いいか小娘。仕留めるっつうのは斬るだけが本分じゃねぇんだ」


 土の感触を頬に味わいながら、腕を固めるアイザックを見上げる。


「武器と敵の相性、すなわち打、突、斬。

 こいつを見極め、それでも無理なら最後は()め上げる……覚えておいて損はねぇ」

「ッ、ぁ……!」


 関節が軋む。


 ただ腕を極められているだけじゃない。

 関節技というよりもむしろ、体幹そのもの──背骨を抑えられている感覚だ。

 力での抵抗はもとより、関節を緩めることすらかなわない拘束。

 〈拘束耐性〉から流れ込んでくるあらゆる脱出の技術が、すべて無力化されている。


(まずい、完全に取られてる……!)


 〈障壁〉で無理やり押し返すか?

 いや、それより早く彼の短剣が私の首を刎ねに来るだろう。


 〈金属操作〉で頭上の長剣を落とす?

 ……ダメだ。


 それだと単純な剣術勝負に変わらない。

 技量で上回られている以上勝ち目は薄いし、最悪剣が相手の手に渡る。

 これは悪手だ。


 他に手はないか?

 勝てなくていい、この状況を打開する、ただそれだけでいいから何か──。


「まだ目が死んでないな。

 それはいい目だ。

 戦士は諦めた瞬間が命日だからな。だが──」


 ──直後。

 私の頬を、ショートソードの刃が掠めた。


「……っ」


 遅れて、鼻先から血が滴り落ちる。


「──引き際を知らなければ同じだ」


 重いため息が上からのしかかるようだった。


 〈高速思考〉で引き延ばしていたはずの時間が、いつの間にかタイムアウトしている。

 そのことに気づけなかったのだ。


「引き際……」


 いくら時間を引き延ばしても、終わりが来なくなるわけじゃない。

 見極めて、状況に応じて対応を変えなければならないのだと、今更ながらのように痛感する。


「君は視野が広い。頭も回る。読みも鋭い」


 アイザックは淡々と告げる。


「だが考えすぎだ。

 前も教えただろう、戦いは反射でやれ」


 前に模擬戦をしたときに教わった言葉を思い出す。

 そうだ、確かに彼はあの時こう言っていた。


 戦いは、頭で考える前に体が動くようにならなくては話にならない──と。


「……」


 彼の言葉に、思わず閉口する。

 スウバーンとの戦いのときも、私は結局考えてばかりいた。

 考えた考えた考えて、その結果見透かされて死にかけたのだ。


 私は今、あの時と同じ過ちをしている。


「考えるなったって、そんなのどうやって──」

「考えるんじゃない、感じるんだ」


(……ジャッ〇ー・チェン?)


 彼の言葉が、思わず有名なセリフと重なって、一瞬頭の中が真っ白になる。


「なんだその顔は?」

「いや、なんか妙に聞き覚えのあること言うなぁ、って……」

「は?」


 怪訝そうに眉を寄せるアイザック。


 しまった、この世界じゃ通じるわけがない。


 でも、その一瞬の気の抜けたやり取りのおかげで、逆に頭の熱が少し冷えた。


(感じろ、ねぇ……)


 アイザックが拘束を緩めるのを感じ取って、私は長く息を吐きながらその場に立ち上がった。


 正直、その言葉の意味を正確には理解できない。

 感覚で戦えと言われたって、私はまだそんな境地に達していない。


 圧倒的に経験が足りていないのだ。


 とはいえ──。


 スウバーンとの戦いで、私は確かに考える前に動いた瞬間が何度かあった……ような気がする。


 崩れ落ちる石柱を斬った時。

 尻尾を飛び越えて蛇の背を走った時。

 あの時は、理屈じゃなかった。


 そうしなければ死ぬ。

 だから動いた。


 ただそれだけだった。


「まぁ、こればかりはお前みたいな学習の化け物でも、急にできることじゃないがな」


 言って、空中に浮いたままだったロングソードを下ろすように、ジェスチャーで頼みかける。


「化け物って……」

「化け物以外になんて呼べばいいんだ?

 なんだよ、あの剣の受け方。傷ももう治ってるし、まるで魔物みたいじゃないか」


 肩をすくめる彼に、私は眉を顰めた。


(もうこの剣返してやらなくてもいいかな?)


 そんな心の言葉が態度に出ていたのか、アイザックは『……すまん』と小さく謝った。


「並外れた回復魔法だって誉めたかったんだ。

 見たことないぞ、あんなに早いのは」

「ありがとうございます……」


 魔法じゃなくてスキルなんだけど……まあ、似たようなものか。


 私は素直に彼に剣を返しながら、軽く頭を下げる。


「……まぁ、さっきは急にできるようになるものでもないとは言ったがな、ユーリ。

 実をいえば、半分はもうできてんだよ」

「……というと?」


 怪訝に眉根を寄せると、アイザックはロングソードを肩に担ぎながら答えた。


「積み上げた経験を反射に落とし込む。

 達人の技ってのは、その繰り返しで出来上がる」

「つまり慣れろってことですね、身も蓋もない……」


 それは、結局このまま経験値を稼ぐしか、彼に勝つ道はないってことじゃないか。


 がっくりと肩をすくめる私の肩を、アイザックは力強く叩いた。


「まぁ、お前ならすぐだろう。

 戦ってみて、Dクラスの魔物を虐殺したってのも認められるくらいにはなれたんだからな」

「信じてくれる、ってことですか?」


 その言葉を聞いて、私はバッと彼の顔を見上げた。


「ああ、信じる。

 お前が見つけたそのダンジョンの話もな」


読んでいただきありがとうございました!

次回もよろしくお願いいたします!


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