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転生勇者(♀)の異世界旅行記《トラヴェローグ》  作者: 青咲凛
第2章 ナザレの夢魔

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42. 勇者?


 目が覚めると、もうすっかり日が傾き始めているのが空の色で分かった。

 茜に色づいた雲が松や椎の木々たちの、ぽっかり空いた青天井を流れていくのをしばらく眺めて、ここがアウラダ遺構窟の入り口だと察する。


「死んでない……」


 耳の奥に聞こえる脈拍。

 隊をなして横断する雁の黒い影を見上げながら、私はため息を吐いた。


「生きてる……」


 死ななくてよかった。

 そんな感情が、今になって湧き上がってくる。


 あの時は、本気でもう殺せと思った。

 あの大蛇には何をどうしても勝てないと悟ったし、逃げ切れる自信すらもはやなかったから、生きることをあきらめてすらいた。


 でも、こうして生かされて、おまけに何らかの手段で入り口まで送り届けてくれたのだろうことを思うと、今回の自分がどれほど傲慢だったかをふつふつと思い知らされた。


 慢心しているつもりはなかった。

 けれど力に溺れて傲慢にはなっていたらしい。


 今回は何の気まぐれか助かったみたいだが、次回も同じようにはいかないだろう。


 私が死んだら、マーリンの面倒をだれが見るんだ。


 これからは軽率な行動は控えなければ。


「……帰るか」


 必要な石材もモルタルの材料も集まらなかったが、もう日が暮れ始めている。

 でも木材だけなら集まったし、ログハウス的な?

 あるいは2階だけ趣を変えて、ちょっと和風建築っぽく仕上げてもいいかもしれない。


 漆喰の塗り壁はどうやって作ればいいかはわからないけど、その辺はまあ、何とかなるでしょう。


 大穴の開いた石畳のふちから身を起こす──と、その時、ふと下半身に直接触れる石畳の感触が気になって自分を見下ろした私は、その有様に思わず閉口した。


「……その前に服だな」


 ***


 お気に入りのジャージをダンジョンに残してきてしまった私は、仕方なく迷彩柄のややスキニーな戦闘服に身を包みなおして家に帰ってきた。


 ああ、愛しの我が家。

 誰にも気兼ねしなくていい生活空間がこの世界に確かにあるという安心感は、もはや何物にも代えがたい幸福感を与えてくれる。


 戸口の横に、今朝マーリンに貸した三輪車がきちんと()められているのを確認すると、私は扉を開けて中に入った。


 ──土間に、靴が3人分。


「ただいまー」


 誰か来ているのか?

 まさか、マーリンの友達だろうか?

 我が子の成長は早いなぁ、生んでないけど。


 なんてことを思いながら、ひょっこりと人の気配のするリビングへと顔をのぞかせてみると、そこには黒髪の獣人と赤毛のエルフが腰を下ろしていた。


「やぁ、遅かったねお姉さん」

「ずいぶん待たせやがってご苦労なこったな。

 お前んところの奴隷は客に茶も出せねぇのか?」


 柔らかな笑みを浮かべるのと対照的に、棘のある物言いをする、少し偉そうなこの口調。


 間違いない、リューとカシュ―だ。


「カシュ―、人様の家に押しかけておいて、その言い草はないんじゃないかな?」

「チッ」


 たしなめられて舌打ちを返すのを横に、私はマーリンへと視線を移した。


「ご主人様」

「ん、ただいま。ちょっと手を洗ってくるから待っててもらえる?」

「承知いたしました」


 マーリンにいつもの生意気さが足りない。

 やはり人前では努めて奴隷らしくしようとしているのだろうか。


 そんな必要ないのに。


 廊下を抜けて、裏口の井戸水で手を洗いながら考える。


 今後、もしかすると私が不在の間に来客があることも増えるかもしれない。

 そういうことに備えて、冷蔵庫とか備蓄食料とか、一応用意しておいた方がいいかも。


 冷蔵庫……は、買ったところで電気が通ってなきゃ使えなさそうだけど。


(そういえば、スマホって充電しなくても使えてるよね?)


 ふと、思い出したようにストレージから取り出してみる。

 充電は満タン。

 1%たりとも減っている気配がしない。


 異世界に来たことで仕様が変わったのだろうか?

 例えば、電力の代わりに魔力で動くとか。


「ちょっと鑑定してみ──」

「──それがお姉さんの神器かな?」


 背後から聞こえた声に一瞬驚きそうになったが、〈驚愕耐性〉が働いて精神が抑制される。


「神器?」

「気配消して近づいたのに驚かなかったね。もしかして気づいてた?

 まあどっちでもいいんだけど……」


 にこにこと笑みを浮かべるばかりのリューに、私は怪訝に眉を顰めた。


「いや、一応先に謝っておこうと思ってね。

 アポもなかったし、うちのカシュ―が失礼なこと言っちゃうし。

 でも、こっちにも予定というか都合もあるから、今日のうちに済ませておきたくて」

「それと神器とやらに、どんな関係が?」

「お姉さんも勇者かもしれないということを、ちょっと伝えておきたくてね」


 ……なんだろう、この微妙に会話が嚙み合ってないような感じは。


 でも、まぁ言わんとしていることは理解できる。

 要するにこれはあれだ。


 彼の目的は、私が勇者かもしれないから確かめに来たということ。

 おそらくだけど、街に行っている間にマーリンに出会って、ついてきたんだな。

 そして今私のスマホのことを指さして『神器』と呼んで、それで確信が持てたと言った。

 つまり、勇者はみんな何かしら神器と呼べるものを持っていて、それを持っているかどうかを彼は確認したかった。


「私が?」


 おそらく、彼は頭の回転が速い。

 だから彼の回答はすべて、私が話した言葉そのものに対する返答というよりも、どうしてその質問をしたのかという理由を推測して先回りした答えを話している。

 だから一見、話が噛み合っていないように感じるのだろう。


 だから、その一言だけで通じるはずだ。

 私がもし勇者だというなら、それをわざわざ伝えに来た目的は何なのか、という問いが。


「それについては、お姉さんの奴隷も交えて話すよ」


 確かめるように尋ねた言葉に、リューはニコリと笑みを浮かべて踵を返した。


 ***


 リューとカシュ―が帰ったのを玄関まで見送って、私は大きくため息を吐いた。


「面倒なことになったな……」


 彼らが今日私たちに言いに来たことは以下の3つ。


 1つ目は、他の勇者を探し出して、魔王討伐に協力するように説得すること。

 2つ目は、なぜ魔王の討伐を考えているかということ。

 そして最後の3つ目が、勇者の見分け方について。


 要約すると、大体そんな感じのことを言うだけ言って彼らは帰っていったのだ。


『魔王の復活は、もはや止めることができない。

 今回の調査で確信できたことだけど、おそらく魔族はそろそろ強硬手段に出るだろう。

 今まで通り、水面下での暗躍は続くだろうが、それよりも表での活動が多くなるはずだ』


 というのが、彼の言説である。


「どうするんだ、ご主人様よ?」

「……わかんない」


 肩をすくめるマーリンに、私は頭を抱えながらその場にしゃがみ込んだ。


 正直、私はこっちの世界でのんびり自由気ままに過ごせれば文句はなかったんだ。


 もう既に欲しかったマイホームもあるし、一緒に生活してくれる相棒もいる。

 あとはこれをどう維持しながらスローライフを送ろうか、なんて考えていた矢先だった。


 正直他の勇者を探す当てなんかないし、魔王討伐への協力ったって何をするのかもわからない。


 詳細については後日神官がうちに来て説明してくれるっていうけど、正直こっちの事情とかも考えてほしいものだ。


「わかんないから、とりあえずお風呂にする」

「それがいいかもな。

 詳しい話は神官が来てから考えればいいし」


 どうやらマーリンも賛成の様だ。


 今日は本当にいろいろあった。

 いろいろありすぎて精神的に疲れたから、こうやって肯定してくれる子がいてくれると、なんというか心が落ち着く。


 私はゆっくりと立ち上がると、お風呂用に用意していた空室へと足を延ばした。


 死にかけて帰ってきたその日に、勇者だの魔王だの世界の命運だの持ち込まれた挙句、最後に待っていた現実が、風呂がない、というのもなかなか酷い話だった。


 いや、むしろ平和でいいのかもしれない。


 世界がどうのこうのとかいうよくわからないスケールの大きな話より、今の私にとって切実なのは、全身についた土と汗をどうにかしたいというただこの1点だった。


「あ、そういえばまだちゃんとお風呂作ってなかったな」


 浴室予定の部屋を前にして、思わず失笑する。


「もう今日は井戸水被るだけでいいだろ、疲れてるんだろ?」

「やだ、湯船に浸かりたい」

「湯舟って、浴槽ないだろうち」

「買えばいい。

 それに、いいかい、マーリン。

 人間っていうのは、疲れた時ほど湯船に浸かった方がいいんだよ」

「なんで?」

「その方が癒される」

「疲れてる時ほど楽しろよ、そんでとっとと寝た方が絶対いいと思うぞ」

「マーリンも、1度試せばわかるさ、風呂の魔力というものがね」

「……そんなにか」


 疑わしげに細められたマーリンの目に、私はふっと笑った。


 つい数時間前まで、巨大な蛇に内臓をぶちまけられながら死線をさまよっていたというのに、今こうして風呂の良さを力説している自分が少しおかしい。


 でも、だからこそ思う。


「もちのろん」


 ああ、やっぱり帰ってきてよかった。

 死ななくてよかった。


 そんな当たり前みたいな感情が、胸の奥でじんわりと広がっていくのを、私は静かに噛み締めた。


読んでいただきありがとうございました!

次回もよろしくお願いいたします!


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