37. 迷宮?
天井に大穴1つ──。
抜けた石畳の瓦礫に腰を打たないように、何とか〈二段跳び〉で回避した私は、思いもよらなかったトラップにしばらく呆然と立ちすくんでいた。
おそらく、先のゴーレム戦の衝撃で崩れたのだろうことは、察するに難くない。
ただそれ以前に、あの石畳の下にこんな空間があったなんて思いもよらなかったのである。
「ここは……」
マップを開いて、場所を確認すると、そこには『ダンジョン:アウラダ遺構窟』との表示があった。
ダンジョンだって?
怪訝な顔で、私はその文字列を睨んだ。
ダンジョン。
これまで立ち入ったそれらしいところと言えば例の地下水道だが、あそこのマップにはダンジョンなんて書いていなかった。
でもあそこは、普通に今も稼働している公共施設なわけで。
気になってダンジョンという語彙にカーソルを合わせて鑑定してみる。
「えーと、ダンジョンというのは一種の魔物であり……え、ここ魔物の体内なの!?」
驚きのあまり、広い空洞の中を高い声が反響する。
説明によると、ダンジョンとは洞窟や廃墟など、地形そのものが魔物化したものらしい。
長い年月をかけて魔力を蓄えた地形や建築物などが変異してダンジョンになるため、地下空洞などに生まれやすいらしい。
「ダンジョン内の設定とかも、とりあえずゲームとほぼ一緒らしいな。
魔物がたくさん出てきて、宝箱的なものもあって、罠もある……。
そして最奥にはダンジョンコアがあり、これを護るためのガーディアンもいる、と」
ただし宝箱と言っても、想像するような箱に入っているわけではなく、魔物が倒した人の装備を巣穴に持ち帰って保管しているというだけみたいだが。
これは……なかなかどうしてそそるではないだろうか?
「ガーディアンはコアを破壊しない限り、時間を置けば復活するっぽいし、周回すればレベリングにも使えそうだな」
いいところを見つけた。
また今度マーリンも誘って遊びに来よう。
今回は安全のため、私が先につまみ食い、もとい先行探索をさせてもらうけどね!
私はふふん、と鼻を鳴らすと、とりあえず周囲の瓦礫と使った松の木、それとゴーレムのコアを回収すると、最奥に向かって足を進めることにした。
***
暗闇の奥から、角の生えた野犬が1匹駆け抜けてくる。
赤い毛皮に赤い瞳。
唾液に濡れた牙が、ダンジョンの壁を覆うほのかな苔の燐光が照らし出す。
「バウバウ!」
宙に浮いた手斧が、野犬を襲う。
野犬は斧をその牙で受け止めるが、私はその野犬の頭ごと斧を旋回させて石畳に叩きつけた。
「グルル……!」
しかし野犬は手斧を離さなかった。
それどころか、その強靭な顎を使って嚙み砕こうとすらしている。
「顎の力すげぇ」
何度も壁に叩きつけるが、どうやら大したダメージになっていないらしい。
手斧を離さないのは、話した瞬間に頭が真っ二つにされるのを恐れているからか。
頭が真っ二つになるのを恐れている、というのも変な話だ。
魔物は魔石からの魔力供給があれば無限に再生できる。
だから魔石さえ傷つけられなければ、頭をかち割られようが関係がないはずで、まるで普通の動物みたいな反応をするのはよく考えてみれば奇妙だ。
(人間の動物に対するイメージをくみ取っているのか、それとも部位によって修復する魔力量に違いがあるのか……)
私はストレージからもう一本の手斧を引っ張り出すと、試しにその脳天をかち割ってみることに決めた。
「──ッ!?」
野犬が飛来する斧に気づいて、咥えた斧を巧みに使ってパリィする。
しかしただ弾かれたくらいでは止まらない。
再度突撃させて、今度こそぞの頭蓋骨を叩き割った──ら、野犬は煙になって魔石を落とした。
「あぁ、単純にそこに魔石があっただけか」
割れた暗い紫色の石を拾い上げて、肩をすくめる。
数回前に戦った野犬は大体心臓の位置に魔石があったから、今回もどうせ心臓だろうと思っていたが、どうやら個体差があるらしい。
「覚えておくか」
私は魔石をストレージに放り込むと、改めてダンジョン探索を再開した。
アウラダ遺構窟。
このダンジョンはその名前の通り、遺跡のような雰囲気を醸し出している。
天井や床、壁は石造り。
なんの遺構かはわからないが、迷路のように入り組んでいることから察するにただの神殿の中身というわけでもなさそうだ。
なんとなく、ミノタウロスの神話を彷彿とさせる。
曰く、クレタ島の王位を兄弟と争っていたミノスは、神ポセイドンからのお墨付きとして何か神聖な生き物が欲しい、貰ったら必ず生贄としてポセイドンに返すから、という契約を交わした。
この契約により、ポセイドンはミノスに白い牡牛をプレゼントするが、その美しさのあまり生贄にするのはもったいないと自分のものにしてしまう。
契約を反故にされたポセイドンは怒って、ミノス王の妻パシパエに、その白い牡牛に対して異常な恋心を抱かせるという呪いをかけた。
その結果生まれたのがかの有名なミノタウロス、アステリオスだった。
ミノス王はアステリオスの処分に困った。
王家の血を引いているし、その存在が知られるのは王家の醜聞にもなる。
そして何より、神罰で生まれたアステリオスは殺せたとしても神ポセイドンの怒りを受け、更に何か悪いことが起こるのではないかと恐れたのもある。
困ったミノス王はアテナイ出身の名工、ダイダロスにアステリオスを隠しておく迷宮を作らせた。
以降、当時軍事的に強国だったクレタ王国は都市アテナイからの生贄を、彼の餌として食わせるようになった。
そうやってできた迷宮が、かの有名なラビリンスなのだが──このアウラダ遺構窟の迷路然とした造りが、まるで何かを封じ込めておくためのもののように思えて仕方がない。
いくつもの通路。
いくつもの曲がり角。
その割に部屋と呼べるものが全く見当たらない。
マップで検索をかけてみても、通路の量に比べて異常なまでに少ない。
少なくとも、人間が居住したり、何らかの施設として用いるために建造されたものではないのだろう、ということは明らかだった。
そんな風にいくつかの魔物と戦闘を繰り広げ──といっても正直1人でも相手にできるような雑魚ばかりだったが──しばらくすると、ようやく最初の部屋にたどり着いた。
「これは……壁画かな」
ドーナツ状の広い回廊とも呼べそうな部屋。
高い天井には中2階を形作る回廊があるが、魔物の気配はない。
中央の巨大な太い柱──というか壁と呼ぶべきか。
天井から侵入したいくつもの太い木の根に絡みつかれたそこには、淡く光る苔と、古いエジプトの壁画を思わせるレリーフが刻まれている。
「ところどころ欠けてるし、こういうレリーフは読み方とかあんまり詳しくないんだけど……」
実家が金持ちだったから、教養として絵画の見方くらいは心得ているつもりだった。
文化が違うから、読み取った情報が正確かはわからないが、少なくとも私には何かの戦争のワンシーンの切り抜きのように思える。
片方は太陽を背にして戦う巨人たちと、その配下らしい人間の戦士たち。
もう片方は月を背にして戦う2つの頭を持つ巨人と、その配下らしい獣たち。
昼と夜の拮抗を現しているのか、あるいはファンタジーな読みをするのであれば神々対魔王か。
「とりあえず重要そうな情報っぽいし、写真撮っとくか」
スマホを取り出し、柱のレリーフを撮影する──と、柱の裏側に何やらヒエログリフのような文字が彫られていることに気づいた。
「これは……読めるな」
見たことのない文字。
知らないはずの言語。
これまで、この世界の文字も同じように知らない文字だったのに頭の中で自動翻訳されていたおかげかスムーズに読めていたが……どうやら、この世界の文字なら、時代が古かろうがどこの地域だろうが関係ないらしい。
チートすぎる。
私が翻訳家になったら大金を稼げる自信があるぞ。
「星空のダグダは、光輝く杯を以て天地を分け隔てた。
地にはワイン色の海が広がり、菫色の雲が季節の精を生み落とした。
虹色の彼らはやがて凝り、五大神を作った。
白い大地をチールーンが耕し、光の征く手を導き、凝った大地がコハキアを生んだ。
コハキアは黒い水で碧い木々を生やし、やがて鮮やかに色づかせては赤い炎が世界を白く染めた。
星光は繁栄をもたらし、プシュケルニワを賑わせたが、同時に星影はそれを拒むように這いずった。
白い土の下に隠れ、忌まわしき星空にリタガ・ウルダが掲げられた……固有名詞多いな」
……うん。
読めはする。読めはするが、どうにも直訳っぽい感じはある。
多分だけど、ワイン色の海とか菫色の雲とか黒い水っていうのは、何かの比喩表現か、あるいは熟語とかなのだろう。
その意味まで汲み取ることはできないが、とりあえず読むことはできるみたいだ。
内容は……少し難解ではあるけれど。
「芸術的価値だけを見ても、かなりのものだよなぁ、これ……」
刻まれた詩文を写真に収めながら、ぽつりとつぶやく。
レリーフはそこまで細かい物じゃないが、表現がいい。
バロックのようなダイナミックさこそないが、その静的な演出が逆に荘厳さを醸し出している。
何も知らない一般人が見れば、きっとお宝だとか言って、この柱ごと崩して持ち去ったりしてしまうだろうくらいには。
「この場所は、誰にも知られないようにしないとな……」
帰りにでも、道中切り開いた森の木々を復活させて、この場所を隠しておこう。
読んでいただきありがとうございました!
次回もよろしくお願いいたします!




