36. 策士?
──牧場跡地の昼下がり。
そろそろ夏至に差し掛かる夏のそこは、日陰の下といえど暑苦しいことに変わりはなかった。
この首に嵌められた隷属の首輪が本物の金属なら、マーリンの首はきっと焼肉になっていたに違いない。
(この首輪はあくまで形相体……。
本体は奴隷契約の時に交わされた契約書だから熱で焼けたりする心配はない……とはいえ)
首周りに何かあるというのは、それだけで余計に暑さを感じさせるのに充分だ、とマーリンはため息を吐いた。
「……そろそろ昼時か」
ユーリが森に飛び出して行ってずいぶん経つ。
建物に見合わないガラス製の窓から見える庭の小さな木立の影が、今や随分と短くなっているのをリビングのソファから眺め、マーリンはぐっと伸びをした。
たしか、食費は置いていくと言っていた。
いつもは出来合いの食事を出していたが、この気温ではさすがに傷んでしまうと思ってのことだろう。
つまり今日に限っては、1人で買ってこなければならないのである。
正直、信頼してくれていることはうれしい。
普通は金を盗んで逃げると考えるものだ。
しかし彼女はそうは思わなかった。
相変わらず自分のことを人として扱ってくれているのだと思うと、自然と頬が緩む。
机の上に置かれた大銀貨1枚を見て、昼食の買い物には少し金額が高いのでは、と眉を一瞬顰めたが当の本人はもういない。
せっかくだし、お礼もかねてこれでいい物でも買って来よう。
「いつ帰ってくるかわかんねぇしな……」
出来合いの物を買ってきて、傷んでしまってはことだ。
なるべく痛まないものを買ってきて、家で調理するのがいいだろう。
そういうわけで家を出て街まで向かおうとした時だった。
扉の脇に、何か見慣れないものが置かれているのに気が付いた。
「これは……乗り物か?」
前後合わせて3つの車輪が取り付けられた見たことのない乗り物。
馬車の骨組みか、と一瞬考えたが、構造を見るに鐙が回転することで歯車が回転し、鎖で後輪を回す仕組みらしいことが窺えた。
馬が要らない馬車──。
「なるほど、これがユーリが言っていた金策か!」
マーリンは籠に入っていた置手紙を見てにやりと笑みを浮かべると、それに跨って街を目指した。
***
街に着くと、マーリンは否応なく多くの視線を引き付けた。
最初は守衛。
ユーリの奴隷であることを知っていた彼らは、最初、マーリンが主人のものを奪って逃走した奴隷だと考えた。
「違います、自分はただお使いできただけで、決してそのようなことは」
「口答えする気か?」
「証拠はあるのか?」
鋭い目つきで槍を突きつける守衛。
こんな目を向けられるのは、数日ぶりくらいだろうか。
「全く、嬢ちゃんも厄介なもん引き取るよなぁ」
「夢魔の子なんてよぉ」
素直に、彼女からの置手紙を見せて何とか事なきを得ようとするマーリンだったが、どうやら夢魔の子というのがそんなに気に食わないらしい。
渡した手紙も、どうせ偽造だろうとまともに取り合ってくれないみたいだ、と内心肩をすくめる。
「ちなみに、その使いってのはどんな内容だ?」
手紙をひったくった方の守衛が、こちらを見下ろしながら面倒そうに尋ねる。
「昼食を買ってくるように、と申しつけられました」
「昼食?
まさか、あそこの家買ったのか、あの嬢ちゃん!?」
「あの広い土地だよな、確か前にウェヌスのおっさんが住んでた……」
「牧場として運営してたから税が安かったが、今あそこただの広い庭付きだろ?」
「ガントの奴に騙されたのか?」
「前から気に食わねえと思っちゃいたが──」
マーリンの存在を忘れたかのように、井戸端会議に花を咲かせ始める守衛。
その片方が、不意に彼の方を見下ろして、問い詰めた。
「お前の話を仮に信じるとして、だ。
嬢ちゃん、税の方はどうするって言ってたんだ?」
顔を覗き込むようにして問いかけるのに、マーリンは直感した。
この回答によって、自分が本当に脱走してきたわけではないと見極めようとしているのだと。
「話はまだ聞かされていませんが、おそらくこの車を使って何か企んでいるのだと思います」
言って、自分が乗ってきた三輪車に目配せした。
「どういうことだ?」
身を乗り出して、もう片方の守衛が尋ねた。
「その置手紙の内容です。
『この車に乗って買い物をしてこい』──これは私の解釈ですが、一種の宣伝として活用するための命令なのだと思います。ここから推察されるご主人様の金策は、すなわちこの車の販売かと」
商売のタネになるようなことを言ってもいいのかと悩んだが、この三輪車はユーリがあのスマホから呼び出したものだ。
構造は単純だが、しかしそう簡単にまねできる代物ではないし、量産の面でも彼女より優れたコストパフォーマンスを用意できるとは思えない。
(それに、ユーリのことだ。多分この呪いのせいで守衛に止められることくらいは想定の範囲内だろう。
つまり彼らが最初に公告を受ける顧客ということになる)
当のユーリ本人は、実は全くそこまで深くは考えていなかった。
しかしなまじマーリンの自頭の良さが災いしてか、あるいは幸いしてか、これまでの彼女のちゃっかりさを過信していた彼は、やや興奮気味に彼女の金策を話した。
「なるほど……」
彼の、若干早口になりかけた説明に舌鼓を打つ守衛。
「馬が要らないとなれば維持費が大幅に削減できるし、荷台も馬車より少ないから行商人との競合も防げる……」
「庶民向けに一家に一台、ってところだろうな」
顔を見合わせる2人。
それからにやりと笑みを浮かべると、彼らはユーリからの手紙を返して道を開いた。
「嬢ちゃんの顔に免じて、ここを通ることを許そう」
「スムーズに帰りたくば、次の鐘までにここを通ることだな」
マーリンは、北門から見える時計塔を見上げた。
次の鐘までは、たっぷり1時間あるようだ。
三輪車があれば、商店街まで行って帰ってくるには充分。
マーリンは笑みを浮かべると、2人に礼を言ってその場を後にした。
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