31. 家?
地下水道でのひと悶着は、どうやらすぐに落ち着きを取り戻しつつあるらしい。
というのも、ジュンとの決闘騒ぎの当日の内には、例の地下水道の入り口には神殿直属らしいフルプレートアーマーの神殿騎士が、地下水道の方へと派遣されているのを見かけたのだ。
その中には、あの獣人の少年と赤毛のエルフ耳の姿もあった気がする。
「というわけで、私は今新居の購入を考えてるんだけど」
「何が『というわけで』なんだよ、全然つながりが見えないんだけど?」
その日の晩のことだった。
2人で食卓を囲いながら、ショップ産のクリームシチューを前に、私は不意にそんなことを切り出した。
「今日の報酬の話だよマーリン。
臨時収入として大金が入った今なら、夢のマイホームに手が届くんじゃないかなって思ってさ」
「あー……」
銀髪の下で、マーリンの視線が私の後方、ベッドの方に移動するのがわかって、思わず昨日の夜のことを思い出してしまう。
「……確かに、寝るたびに絞め落とされるのもなぁ」
「あれはほんとにごめんなさい」
寝るたびにって、まだ1回しかしてないじゃないか。という言葉を飲み込んで、私は頭を下げた。
「いやいいけど。
あれは俺が調子乗っただけだし」
言って、マーリンがシチューに口をつける。
昨日も思ったが、食べる姿がどことなく上品な感じがする。
さすが司祭の息子だ。
「うま、なんだこれ」
「クリームシチューだよ」
「ご主人様が作ったのか?」
「まさか」
「じゃあ誰が?」
「……神様、とか?」
「……」
はぐらかすように答える私に、怪訝な視線を向けるマーリン。
はい、わかってます。
そんなこと言って騙されるような年齢じゃないもんね。
私は小さくため息を吐くと、ストレージからスマホを取り出した。
「実際は、この魔道具で取り寄せたんだよ。
どういう仕組みなのかはよくわからないけど」
マーリンが一瞬目を見開く。
「……やっぱりか。
何にもないところから物を出し入れしたりするのに、魔法の知識はからっきしだったもんだから、絶対何かしらの魔道具に頼ってるんだろうなとは思ってたが」
「バレてた?」
「多分、他の奴らにもバレてるぞ、それ」
肩をすくめる彼に、私は誤魔化すように笑みを返してクリームシチューを一口運んだ。
あ、家で食べてたのより断然おいしいかも。
「……それ、どんなことができるんだ?
物を出し入れするだけじゃないだろう?」
「そこまでお見通しとは、さすがだねぇマーリン」
「そういうの良いから」
それから私は、若干目をキラキラと輝かせているように見える彼に、このスマホでできることを説明した。
***
「──で、そのストーリークエストっていうのがいつの間にか達成しててね。
地下水道の依頼とは別にして、報酬でそれなりのお金が入ったんだよ」
「大金貨1枚程度で夢のマイホームとかいうから何事かと思ったが……そういうことだったのか」
この世界の通貨について、大金貨の入手を通じていろいろ分かったことがある。
それは──この世界の通貨の、レートのごちゃごちゃ性についてだ。
まず、通貨には小さい順から以下の種類がある。
銅貨。生活に必要な小物とか、あるいは食品類を買うのに一般的に用いられる硬貨。
60枚で大銅貨にランクアップする。
大銅貨。例えば下着などの衣類や、ちょっとした大きめの生活必需品を買うのに用いられる。
料理とかも大体これで支払うことが多くて、これも一応銅貨と同じく60枚で銀貨にランクアップする。
銀貨。宿一泊分の料金とか、あるいは小さめの家具を買うのに用いられる硬貨。
日本円感覚だとだいたい銀貨で支払うものは数万円くらいしそうな雰囲気がある。
ちゃんとした服を買うのにもこの銀貨を用いることが多いが、古着だと安ければ大銅貨で買えることもある。
こっちは銅貨や大銅貨と違って24枚で大銀貨にランクアップする。
大銀貨。大きめの家具とか安くて小さい魔道具などはこれを使うらしい。
ちゃんとした武器は大銀貨から売られていたが、店の外で投げ売りされている安物なら銀貨で買えることもあった。
こっちは銀貨と違って28枚で金貨になる。
……ここまで見てわかったように、銀貨と大銀貨のレート……っていうの?
これが個人的に何というかとても微妙な、なんでそこで区切ったの? という切り上げ方をされているのである。
ちなみに金貨は13枚で大金貨になり、大金貨は100枚で白金貨になるらしい。
なんで急に桁がでかくなった。
謎過ぎるぞ異世界……。
「大金貨1枚程度でって、普通はどれくらいするものなの?」
「立地にもよるが……俺の記憶が確かなら大金貨3枚くらいはいるんじゃないのか?
俺が昔いたナザレってところは、最低でもそれくらいはした気がする。
まあこっちはだいぶ田舎だし、頑張って探せばないことは無いと思うが──」
「──待って、今ナザレって言った?」
聞き捨てならない単語に、思わず私は彼の言葉を止めた。
「言ったけど……?」
「ナザレって、もしかしてあのナザレ?」
「どのナザレだよ」
呆れたように肩をすくめながら、マーリンはシチューを口に運んだ。
ナザレと言えば、前世一度は中二病を患ったことがある人間なら誰でも知っている村だ。
キリスト教の救世主、イエスが生まれた村の名前が、たしかナザレだったはずなのである。
……まぁ、さすがにここは異世界だし、つながりはないと思うんだけど……。
それでも、何か妙なシンクロニシティが働いているような気がしてならない。
(マーリンは親が夢魔だったから、という理由で奴隷に売られた。
そしてイエスも処女受胎という形で片親が人間ではないという曰くがある……)
まぁ、多分考え過ぎだろうとは思うけど……。
「……いや、知ってる村と同じ名前だったから、思わず興奮しちゃっただけだよ」
「なんだよ、驚かせやがって……」
呆れたようにため息を吐くマーリン。
こんなことは、さすがに彼に直接言えないよね……。
「まぁ、そういうわけだから、明日は新しい家を見繕いに行くよ。
マーリンもついてきてね、頼りにしてるから」
「はいはい、仰せのままに。ご主人様」
それから私たちは食事を終えて、庭の井戸で歯を磨いてから眠りについた。
……もちろん、同じベッドで。
「今日は絞め落とさないでくれて助かるよ」
「だからごめんって」
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