32. 牧場?
翌朝。
朝の身支度を終えた私たちは、いつもなら冒険者ギルドに向かうところを、街の不動産屋に訪れていた。
「家屋の購入でございますか」
不動産屋の応接室。
木製のローテーブルを挟んで革張りのソファに向かい合って座りながら、片眼鏡をかけた中年の男性が小難しそうな顔で口を開いた。
「失礼ですが、予算は?」
「大金貨3枚です」
「おや、意外と稼いでおられるんですね。
まだお若いのに」
少し驚いたように目を見開く不動産屋。
その視線が、一瞬だけ私を外れて背後に控えるマーリンの方へと移る。
「なるほど」
「何がです?」
「いえ、お気になさらず」
妙な雰囲気を感じて──多分足元を見られてるな──軽く〈威圧〉してみるが、淡々と受け流されてしまった。
(商人でも威圧に耐性がある人っているんだ……)
いや、考えてみれば商談の場でこそ、直接的な暴力が一発アウトになる場では、商人にとって威圧とそれに対する耐性は基本装備であってしかるべきものなのかもしれない。
「お住まいになられる家屋に、何かご希望はございますか?」
「そうですね、トイレと井戸が付いていると嬉しいです」
来る前にマーリンと相談して決めた内容を口にする。
トイレと井戸が付いている。
家にトイレがあるというのは、現代日本人の感覚では至極当たり前なのだが、どうやらこの世界においてはそうでもないらしいのである。
普通にカルチャーショックだよね。
「近くに公衆のものがある物件、というのも含みますか?」
「いえ、そういうのは除外で」
「かしこまりました。
他に何かご希望はございますか? 例えば立地とか」
手元の紙に何やらさらさらと書き込みながら、設問をつづけた。
手の動きから察するに、多分チェックボックスだろう。
「そうですね、立地はできれば冒険者ギルドに近い方がうれしいです。
あ、それとは別なんですけど、家の中を多少改造しても問題ないものがいいですね」
立地は、特に気にしてはいない。
ギルドが多少遠かろうが、朝早くいって依頼だけ受けて帰ってきて、二度寝してから仕事に向かったっていいのである。
特に、今後は積極的に受けようと考えている討伐系の依頼に関しては。
まあ、だとしてもできれば近い方がいいのは確かではあるが。
「さようでございますか。
……それで、家を改造というのは、どの程度のものをお考えで?」
「そうですね。室内に浴室を作るとかは考えてます」
「浴室ですか……そうなりますと、確かに賃貸よりも購入してオーナー権限を持っていた方がよろしいでしょうね」
片眼鏡をつけなおし、近くの棚から木製のファイルを引っ張り出してくる。
ちなみに、このあたりのことも既にマーリンと相談済みだ。
浴室──と言っても、現代日本のような自動湯沸かし装置は作れない。
あくまで井戸から組んできたお水をバスタブにためて、魔法で温かくする程度である。
しかしそう言ったパターンのお風呂だったとしても、作るのに際してはただ単に部屋にバスタブを置くだけで完成とはならない。
お湯を張るのだから当然床が濡れる。
そのまま放置するとカビが生えて腐って倒壊してしまう危険性もあるのだ。
それを防ぐために何が必要かと言えば、床を砂岩か、あるいは石床に変えるとか、天井や壁に漆を塗ったりして防水加工を施すとか、そういうことが必要になってくるのである。
そういうのは、確かに賃貸ではできない行為だろう。
「条件に合う家屋は……そうですね、少し高くなりますが、大金貨3枚と金貨20枚のこちらなどはお勧めでございますよ」
そう言って差し出されたのは、裏庭付きの2階建だった。
部屋の間取りは5LDK。
一部屋当たりの広さはそこまでではないが庭が南向きで洗濯物が良く乾きそうではある。
──が、よく見ると部屋がかなり広い。
縮尺が正確なら一部屋20畳くらいはあるんじゃないのか?
そんなに広くなくてもいいだろう。
(これは、多分敷地面積のせいもあって値段が上がってるだけだろうな)
ちらりとマーリンの方へ視線を向けると、彼はゆっくりと首を横に振った。
「たしかに良さげではありますが、部屋が少し広すぎます」
「どのくらいのお部屋をお望みで?」
「今お見せいただいたものの半分程度で充分です」
「それでしたら、ちょうどよいものがございますよ」
言って、今度は別の羊皮紙を持ち出してきた。
部屋数は一緒。
だが確かに先程と比べて部屋は狭い。
「大金貨2枚と金貨17枚。井戸トイレ庭付き、2階建の5LDKです。
部屋の方は多少狭くはなりますが、1階は総じて石床ですので、浴室の設置も簡単に済ませられるかと。ただ……」
口ごもりながら、庭の方を指さす不動産屋。
「ただ、周囲にも似たようなお宅が隣接している住宅街ですので、お庭の日当たりはあまりよろしくないかと」
「他は?」
「そうですね、似たようなものでございますが、庭の日当たりがいいものに限定いたしますと3LDKの1階建てが、郊外に1軒だけございます。
こちらはお部屋の数こそ少ないですが、もともと牧場だったこともあり、今後馬などを留めておくには場所に困らないかもしれませんね」
「牧場か……」
街の外れから少し離れた場所。
敷地はかなり広く、建物自体は平屋造り。
部屋数は少ないが、その代わり裏手にはかなり大きな空き地が広がっているらしい。
(……悪くないな)
むしろ、かなりいい。
庭付きの家も魅力的だったが、こうして比較してみると、今後のことを考えれば自由に使える土地が広いというのはかなり大きい気がした。
それに──。
近くに控える少年、マーリンの方へ意識を向ける。
彼にとっても、自由でのびのびと、何でもできる自分だけの居場所を与えてやることだってできるしね。
与えてやる、なんて言うとちょっと上から目線すぎるか。
でも……それでも。
前の世界では、私に自分の居場所だと思える場所がどこにもなかった。
部屋に閉じこもって、ただ好きなゲームをするためだけに起きて、寝て、たまにコンビニに出かけるだけの空虚な毎日。
もしあの頃の私に、何でもできそうな広い土地があったら、一体何をしただろうか。
誰にも遠慮することのない、自分だけの、自由な場所を得られたなら──。
彼には……マーリンには、私と同じような思いをしてほしくなかった。
「マーリンはどう思う?」
「いいんじゃないか?
ご主人様が将来何をやりたいと考えても、ある程度のことは自由にできる。
……まぁ、草刈りとかは大変だろうがな」
「いや、それに関してなら1つアイデアがあるんだ」
「アイデアって?」
「馬を飼って、そこに放牧する」
「……」
唖然、とした顔でこちらを見返すマーリンに、私は何か変なことを言っただろうかと小首をかしげた。
「……ちなみに、今この牧場の草ってどうなってます?」
「うちが奴隷を雇って管理させてますので、生い茂っている、などということは無いはずですよ」
「……まぁ、なら何とかセーフか」
肩をすくめる彼に、私はニコリと笑みを返す。
するとマーリンはそんな私に呆れたようにため息をついて『よかったな、ご主人様よ』とぼやいた。
「ちなみに、こちらのお値段は?」
「大金貨2枚ちょうどでございます」
不動産屋が、にこやかに答える。
「元々は牧場経営をされていたご家族の持ち物だったのですが、ご子息が街で商売を始められた関係で、土地ごと手放されまして」
「ちなみに何か曰く付きだったりは?」
「いえ、そのようなことはございません」
さらりと答えるのでなんとなく気になり、物件を対象にマップ画面を組み合わせて鑑定してみる。
うん、こっちでも特に異常はないみたいだ。
管理もきちんと行き届いているようで、屋根に穴が開いていることもないし、壁が崩れていることも、厩舎が悲惨なことになっている感じもない。
「だってさ」
「へいへい、よかったですね」
立地が、街から少し離れている、というのも個人的にはポイントが高いかもしれない。
というのも、夜中にうるさくしても近所迷惑にならないし私の場合ショップ画面からいろんなものを購入したりするから、その件で周りから怪しまれるリスクも減らせるのがいい。
それに──井戸の位置がいい。水場が家に近いし、排水用の溝もある。
お風呂を作るのにはぴったりじゃないのか?
私は改めて羊皮紙の牧場を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。
「……見に行ってみようか」
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