26. 幽霊?
反転結界の中は、先ほどまでいた貯水槽の様子とほとんど変わりがなかった。
真っ暗な広い部屋。
床には薄い水溜まりが点在し、大きな石造りの柱が列をなして天井を支えている──そんな、部屋の中心に、見覚えのある金髪の少女と2人のメイドが倒れていた。
間違いない。
多分あれがジュンだ。
念のために鑑定画面を開いてみると、確かにその通りだった。
「状態異常は……悪夢?」
あの場所で魔力の反応が途絶えていたのは20時間ほど前。
あれから今までの間、ずっとここに倒れていたのだろうかと疑問に思って確かめてみると、彼女のステータスにそのような表示が記載されていたことに気づいた。
「20時間もずっと寝てたの?」
いや、そんなことはあるまい。
きっとこの状態異常は、わざわざ睡眠ではなく悪夢と書かれているのを鑑みるに、何かしらの攻撃を受けている最中なのだと解釈したほうがいいだろう。
とはいえ……。
「HPもMPもSPも、どれも全然減ってないんだよな……」
念のためにメイドの方も確認して同じような状態なのを確かめ、私は眉間に皺を寄せた。
命に別状がないのはいい。
だが目が覚めない。
状態異常の悪夢とは何なのかを鑑定で調べても、悪い夢を見ているとしか出てこない。
原因がわからない。
どうしたものか。
とりあえず外に連れて帰ればいいのか?
──などと、そんな風に考えていた時だった。
「──ッ!?」
不意に、背後から殺気を感じて、私は思わずその場を飛びのいた。
──石畳を穿つ金属音。
身を翻して先ほどまでいた場所に視線を向けるが、しかしそこには何もなかった。
石畳にすら、何の痕跡も残ってはいない。
(なんだ?)
念のため、腰から剣を抜いて〈気配察知〉のスキルで敵の居場所を探る──が、うまく気配を消されているせいで見つけられない。
スキルのレベルが低いせいで、相手側の〈気配隠蔽〉を突破できないのだろう。
(仕方ない、本当は〈剣術〉と〈自動回復〉に割り振るつもりだったんだけど──)
念のためと残しておいた、レベルアップ時に獲得したスキルポイント4点を急いですべて〈気配察知〉に割り振る。
『スキル〈気配察知〉のレベルが5に上がりました』
『気配察知スキル関連アーツ〈霊感〉を獲得しました』
視界左下に通知が流れた直後だった。
世界が一気に、クリアになったような感覚を覚えた。
まるで、目を閉じていても部屋全体の生き物の位置がわかるような、そんな感覚である。
「──そこだッ!」
私のすぐ後ろ。
今まさに持っていた鎌を振り上げようとするその直前の気配を察知した私は、振り返りざまにストレージから引っ張り出した手斧を投げつけた。
「ギュワァァァァ!?」
『気配察知スキル関連アーツ〈先の先〉を獲得しました』
『体術スキル関連アーツ〈投擲〉を獲得しました』
『剣術スキル関連アーツ〈聖柄の太刀〉を獲得しました』
悲鳴を上げて、身を仰け反らせる何か。
山羊の頭骨のような仮面。
ぼろぼろの黒いマント。
人間の骸骨のような上半身で、その手には大きな真っ黒い鎖付きの大鎌を携えていて、肋骨の中には心臓のように脈打つ赤い魔石が浮いていた。
「なるほど、原因はお前か」
山羊の頭骨の中から鋭い視線を送る、死神のような姿の魔物。
鑑定してみると、どうやらゲシュペンストという名前らしい。
マーリンが言ってたやつだな……。
しかもレベル25……。
5倍も差があるのか……。
ショートソードを構えなおし、ゲシュペンストに鋭い視線を向ける。
『スキル〈威圧〉を獲得しました』
『身体操作系スキルの獲得率が100%に達しました。
スキルを統合し、新たにスキル〈身体操作マスタリ〉を編成しました』
……なんか今変なことが起こったけど確認する余裕がないから後にするか。
ゲシュペンストが鎖を握り締める。
今ここで暴れてはジュンたちを巻き込んでしまう。
まずは、ここからあいつを引き離すのが先決だな。
「せやぁ!」
ゲシュペンストが鎖分銅を打ち出すのと同時に地面を蹴る。
加速した思考が世界をゆっくりと進めるのに従って分銅の軌道を見切り、剣で打ち返した。
「ギュワワ!」
反動を使って大鎌を振りかざすゲシュペンスト。
長い柄を巧みに使ってリーチを伸ばしながらの楕円軌道を受け流し、その反動を使って振りかぶりながら懐に潜り込んだ。
「そりゃっ!」
両腕が開いてがら空きになった懐に跳び蹴りを見舞う。
〈木神の加護〉による〈効力増強〉と直線攻撃の威力に+100%ボーナスが乗る〈笑桜勁〉、加えて落下しながらの攻撃威力に+100%のボーナスが乗る〈沈墜勁〉を加えた一撃は、しかし思ったよりも相手を退けさせるのには役立たなかった。
「さすがにレベル差5倍の壁はきつかったか……!」
数歩分だけ後ずさった程度のゲシュペンストに、私は苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべる。
高速化された思考の中で何とかして勝ち筋を探すべくゲシュペンストを観察しながら、鎖分銅と大鎌の連撃をいなしていく。
〈金属操作〉を試してみるが、相手の筋力値が高すぎるせいか効果がほとんどない。
常に空中に浮いているというのも厄介だ、足払いで体勢を崩したりできない。
3人から遠ざけさせるためにできることと言ったら、攻撃を捌きながらジュンたちから離れることくらいだ。
「くそっ、一撃が重い……ッ!」
受け流すだけで精いっぱいだ。
分銅は辛うじて操作を受け付けるみたいだが、操ろうとするとすぐに対応してきてスキルの効果が切れる。
あと弱点が他にあるとすれば──あの心臓っぽい魔石くらいか。
「ふッ!」
投げた手斧を手元に引き戻しながらバックアタックを狙う。
ゲシュペンストは大鎌の長い柄を背後に回してパリィ。
その一瞬、奴の注意が背後にそれた隙を私は逃さない。
「せやぁ!」
肋骨の隙間を縫うような刺突。
あらゆるスキルを駆使して威力を底上げし、その赤く脈打つ心臓を貫──
「しま──っ!?」
山羊の頭骨の下で、見えない口が笑みを浮かべた気配がした。
──誘われた。
そう直感的に確信したころには、既に私の剣はその肋骨の間隙に差し込まれていた。
お辞儀のように体を傾けるゲシュペンスト。
相対的に肋骨の隙間は薄くなり、それが鋏のように機能して、私の剣を絡めとる──。
「ぐっ!?」
このままでは剣ごと地面に叩きつけられてしまう。
私はとっさにショートソードから手を離して大きく距離を取った。
「ギュワワァァァァァ!!」
笑うように吼え叫ぶゲシュペンスト。
剣は──彼の肋骨の中で半分に折られ、石畳の上に投げ捨てられていた。
***
貯水槽の下に現れた坑道を見て、マーリンは笑みを浮かべていた。
坑道の壁はそれまでの地下水道とは打って変わって土丸出しで、太い角材で壁と天井を支えているだけの簡素な造りになっている。
「ビンゴ」
おそらく、この坑道を掘った犯人が、反転結界を設置したということで間違いないだろう。
マーリンは夜光石のカンテラを手にしながらそこに降り立った。
「崩落が怖いが、進むしかないんだよな……」
ため息を吐き、肩をすくめる。
坑道には風が通っていた。
観察してみれば天井には鉛製の配管が通っていて、それが換気ダクトの役割を背負っているらしい。
酸欠の心配はなさそうだったが、正直こんなところを歩くのは嫌だった。
それからマーリンは、結界から伸びた魔力のパスを頼りに坑道を突き進んだ。
「ここか」
まったく何もない一本道をしばらく進むと、坑道の先に1枚の木製の扉が道をふさいでいるのが見えてくる。
「人は……ん?」
カンテラの灯りを絞り、気づかれないように足音を殺しながら進んで、隙間から中の様子を伺いみる。
扉があるということはおそらく見張り番でもいるのだろう。
警戒しながらそっと覗きこむと、そこには確かに人の姿があった。
──ただし、首から血を流している死体だったが。
(臭いからして、まだそんなに時間は経ってなさそうだな……)
人は死ぬと、腐った果物のような甘ったるい腐敗臭を出す。
しかし今はそれがない。
それどころか傷口から流れる血液はまだ新しく乾いているそぶりすらなかった。
おそらく、ほんの1時間以内に襲撃を受けている。
(おいおい、冗談だろ!?)
つまりここには今、反転結界を仕掛けた犯人グループの他に、それと対立している別の存在がいるということになる。
もしそいつらが反転結界の発動装置を破壊なんてしてしまったら──。
背筋に悪寒が走った。
ユーリは閉じ込められても策があるとは言っていたが、それが100%有効である保証はない。
もしユーリが死んでしまったら、奴隷の自分はどうなる?
「くそ、だから俺が行くって言ったのに……ッ!」
小声で悪態をつくがそんな暇はない。
マーリンは扉を開けると、急いで中の様子を確認して──。
「──何者だ」
背後から、首筋に冷たく鋭いものが押し当てられ、マーリンは足を止めた。
「……ある冒険者様にお仕えしている、ただの奴隷にございます」
まずいまずいまずいまずい……!
マーリンの心臓が早鐘のように打つ。
ここでミスをすればユーリどころか自分も死ぬ。
とはいえすべてを馬鹿正直に答えたとしても用無しになれば最悪2人とも死ぬ。
とりあえず今の状況と照らし合わせて使える手札と相手の行動パターンを予測しなければ!
「冒険者? 魔族ではなく?」
「魔族……というのは?」
──魔族。
その言葉に聞き覚えはあった。
神殿にいたころから何度も本に現れた、神々の敵、魔王リタガ・ウルダの下僕たち。
体内に魔石を宿す動物を魔物と呼ぶのなら、人型をした魔物の中で極めて人に近い見た目をしている存在。
魔王の手先にして直属の諜報員。
だがそれはあくまでおとぎ話の存在である。
そんなものを真面目に聞いてくるということは、この人──。
「やめなよカシュ―。
その子、怖がってるじゃない」
そんな時だった。
不意に暗闇の奥から、大きな丸い鏡を持って1人の少年が姿を現した。
少し長めの黒髪。
ふわふわの犬のような大きな耳と尻尾をもった獣人である。
「おい、その名前で呼ぶなよ!
こんなところで身バレしたら──」
「──んー、でも大丈夫だと思うよ?
その子からは星影の臭いがしないから」
近づきながら、くんくんと鼻をひくつかせる獣人の少年。
(星影……?)
「それに、この匂い……嗅いだことのある匂いだ。
それも結構最近」
「あ? なんだ知り合いかよ?」
「の、知り合いかもね」
困惑するマーリンをよそに、何やら1人で納得した風に頷く獣人。
そして──
「ね、情報交換しない?」
──ニコリと笑みを浮かべながら、そんな提案を持ちかけたのだった。
現在の悠里のステータス
+++
■ステータス■
名前:鑑 悠里 Lv.5
性別:女
種族:異世界人 Lv.1
職業:ノービス Lv.1
称号:〈異世界人〉Lv.1
〈臆病者〉Lv.2
〈何にも束縛されない〉Lv.1
〈無謀な挑戦者〉Lv.1
〈導師見習い〉Lv.1
〈追跡者〉Lv.1
〈暗がりに潜む者〉Lv.1
HP:50/50
MP:50/50
SP:80/80
筋力:22
活力:6
速度:6
知能:6
感覚:12
残りステータスポイント:0
■スキル■
◇武術系◇
〈剣術〉Lv.4
└〈偃月殺法〉Lv.1
〈聖柄の太刀〉Lv.1
〈体術〉Lv.1
└〈空気投げ〉Lv.1
〈投擲〉Lv.1
◇魔術系◇
〈呪詛〉Lv.1
└〈隷属の首輪〉Lv.1
〈契約の呪詛〉Lv.1
〈制限の呪詛〉Lv.1
〈洗脳〉Lv.1
〈幻惑〉Lv.1
〈認識阻害〉Lv.3
〈夢の檻〉Lv.1
〈金縛り〉Lv.1
〈蝕む痣〉Lv.1
〈服従の呪詛〉Lv.1
〈魔法〉Lv.1
└〈術式理解I〉Lv.1
◇身体操作系◇
〈身体操作マスタリ〉Lv.1
◇防御・回復系◇
〈自動回復〉Lv.2
〈食い縛り〉Lv.1
◇耐性系◇
〈驚愕耐性〉Lv.1
〈痛覚耐性〉Lv.1
〈負傷耐性〉Lv.2
〈転倒耐性〉Lv.1
〈気絶耐性〉Lv.2
〈トラウマ耐性〉Lv.1
〈脱水症耐性〉Lv.1
〈熱中症耐性〉Lv.1
〈精神攻撃耐性〉Lv.1
〈拘束耐性〉Lv.1
〈呪詛耐性〉Lv.4
〈隷属無効〉Lv.1
〈恐怖耐性〉Lv.3
〈不意打ち耐性〉Lv.1
〈閃光耐性〉Lv.2
〈麻痺耐性〉Lv.1
◇隠遁系◇
〈忍足〉Lv.2
〈気配隠蔽〉Lv.2
◇感知系◇
〈洞察〉Lv.2
└〈名推理〉Lv.1
〈気配察知〉Lv.5
└〈霊感〉Lv.1
〈先の先〉Lv.1
〈魔力感知〉Lv.1
〈遠見〉Lv.1
〈暗視〉Lv.1
◇生活系◇
〈交渉〉Lv.1
〈高速思考〉Lv.1
◇ギフト系◇
〈水神の加護〉Lv.1
└〈水中呼吸〉Lv.1
〈水上歩行〉Lv.1
〈水袋勁〉Lv.1
〈木神の加護〉Lv.1
└〈成長促進〉Lv.1
〈効力増強〉Lv.1
〈笑桜勁〉Lv.1
〈火神の加護〉Lv.1
└〈二段跳び〉Lv.1
〈燃焼無効〉Lv.1
〈火鳥勁〉Lv.1
〈土神の加護〉Lv.1
└〈障壁〉Lv.1
〈土圧無効〉Lv.1
〈捻央勁〉Lv.1
〈金神の加護〉Lv.1
└〈金属操作〉Lv.2
〈即死耐性〉Lv.1
〈拡金勁〉Lv.1
〈五行神の加護〉Lv.1
└〈気功法〉Lv.1
└〈遠当て〉Lv.1
〈沈墜勁〉Lv.1
〈纏絲勁〉Lv.1
〈十字勁〉Lv.1
残りスキルポイント:0
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読んでいただきありがとうございました!
次回もよろしくお願いいたします!




