25. 別行動?
天井から滴り落ちる水滴の音を聞きながら真っ暗な地下水道を進んでいくと、不意にトンネルの終わりが姿を現した。
夜光石のカンテラが出口を淡く縁取る向こうには、だだっ広い真っ暗な空間があるばかりで、もし〈暗視〉なんてスキルがなければ到底その奥に広がる貯水槽の姿など見ることはできなかっただろう。
「……」
ハンドサインで、後方から続くマーリンを制止する。
「何かある」
「何かって?」
「なんだろう、黒い……球体?」
マップで場所を確認すると、ちょうどジュンが姿を消した位置にそれはあった。
「全然見えねぇ」
「目がいいからね」
「そういうレベルじゃないと思うんだが……」
〈遠視〉のスキルを併用して、球体の様子を観察する。
直径が大人の男性1人分くらいはありそうな黒い球体。
それが、薄い水溜まりが点在するばかりの貯水槽の中央で、小さく上下に揺れながらふわふわ浮いているのである。
「まぁ、何はともあれ、十中八九罠だろうな」
「ジュンが消息を絶ったのも、ちょうどあの位置だからね」
とりあえず、鑑定してみるか。
マーリンの予想に首肯しながら、鑑定画面を開いて──眉を顰めた。
「反転結界……?」
「鏡写しにした亜空間を作り出す結界だな」
呟いた言葉に、マーリンが注釈を入れる。
「もしかして、そこにジュンがとらわれてる?」
「可能性は高いな」
言って、マーリンがカンテラを持ち上げて球体に近づいていく。
「光を吸収してるのか……ということは、この丸いのはさしずめ入り口としての機能だけみたいだな。
これを発生させている装置が近くにあると思うんだが……」
カンテラのつまみを開き、貯水槽一帯を照らし出す。
しかし、目に見えてそれらしいものは特に見当たらなかった。
「もし中に誰かいたままの状態でその装置を壊したらどうなるの?」
「目的とか術式にもよるから正直分からんな。
悪けりゃ、中身ごとあの世行きだ」
「なら、ここからは二手に分かれた方が良さそうだね」
まだ、これを設置した犯人の目的がわからない以上、私がこの中に入った瞬間、その装置とやらを壊される可能性を否定できない。
であれば一方が外に残って装置を探して守っておいた方が安全だ。
その一言でマーリンも察したのだろう。
私がストレージからポーション瓶を手渡すと、彼は腰のポーチに仕舞いこんだ。
「じゃあ、俺が中に入って助けてくるよ」
「いや、マーリンは外で待ってて」
剣を抜き、球体の前に対面する。
「いやいや、こういうのは俺みたいな奴隷の仕事だろうが。
ご主人様こそ、安全な外で見張ってるのが普通だろう?」
「子供に危険な真似はさせられない」
「子供って、あんたと俺じゃ身分が──」
肩を掴んで引き戻そうとするマーリンの手を掴んで、私は彼の蒼い瞳に視線を合わせた。
「……ちっ、お人よしが」
数秒の沈黙を経て折れたのか、マーリンはやがて吐き捨てるようにつぶやくと、盛大なため息をついて身を引いた。
「それに、別に無策で突っ込もうとしてるわけじゃないんだ。
そこは分かってくれ」
「……あぁ、わかったよご主人様」
すねたような表情でそっぽを向くマーリンに、ニコリと笑みを返す。
──この結界の中に身を投じることに、完全に恐怖がないかと聞かれれば答えは否だ。
私には〈恐怖耐性〉のスキルがあるからそういう恐怖感が麻痺していることは否めないが、実際、戻ってこれない可能性があるということについては少しは怖い。
だが、これに関しては秘策がある。
もし仮に結界に閉じ込められたとしても、脱出できる秘策が。
……まぁ、そんなことを言ったとしても、彼は信じないかもしれないけど。
いや、ひょっとすると説明が面倒なだけなのかも。
(要は解釈の問題、なんだよな)
球面に触れると、水面のように波紋が広がった。
中の様子は──だめだ、まったく気配が伝わってこない。
私は意を決して息を大きく吸い込むと、ぎゅっと目をつむって結界の中に足を踏み入れた。
***
ユーリが球体の中へ姿を消したのを見届けると、マーリンはどうしたものかと頭を抱えた。
「お人よしめ」
思わず漏れた言葉に、自分で少しだけ違和感を覚える。
──いや。
あれは、ただの善意じゃない。
「……子ども扱いしやがって」
小さく吐き捨てて、マーリンは目を伏せた。
ただの善意じゃない、と感じたのには理由があった。
ユーリの最後のあの言葉。
策がないわけではないと言った言葉が、どうにも空元気で言っているわけじゃないらしい点である。
あの女はちゃんと計算したうえで、俺が行くよりも自分が行った方が勝算があると判断したのである。
……いや、多分それは後付けだ。
あの自称大人のレディは、常々俺のことを子ども扱いしてきていた。
大人は子供を守るものだと言って聞かない。
今回のことも、きっとその延長線だったのだろう。
その思考の上で、最適解を叩きだしたに過ぎなかったのだ。
そういう傲慢なところが、なんというか腹が立つ。
これじゃあ、対等な人間としてというよりも完全に子供とその保護者の関係じゃないか。
「……まぁ、考えたって仕方ないか」
マーリンは長いため息とともにストレスを吐き出すと、さてと反転結界の発生装置を探し出すことに決めた。
意識を目に集中させ、魔力の流れを可視化させる。
この宙に浮かぶ球体は、結界の出入り口としては不自然だ。
普通は扉とか水面とか、境界線になりそうなものが結界の出入り口として機能するからだ。
しかしそれが独立して浮遊しているということは、おそらく本体から出入り口としての機能だけが遊離して空間を漂っているのだろう。
なら、これを出入り口として成立させるために、触媒──すなわち結界の発生装置との間に魔力のパスが繋がっているはずなのである。
「見えた。これだな?」
浮遊する黒い球体から伸びる、一本の黒いコード。
マーリンは魔力を帯びた目でそれを辿ると、それはまっすぐと真下に伸びていることが分かった。
「下の階層……いやここからさらに下に行く階段なんてあったか?」
ユーリの話ではこの地下水道は全部で4階層。
そしてここは地下4階。
地下水道自体がほとんど一本道で、ここに来る間までにさらに下に向かうルートなんて見当たらなかった。
「まぁ、床くらいならぶち抜けば何とかなるか」
マーリンがその身に宿している術式は、神殿に祀られている5柱の神々の中でも大地と創世を司る土の神チールーン。
土によって万物を生み出し、光を満たすことで世界の基盤を生み出したとするその創世神話の第一章を術式の基盤にしている。
故に、これまでの投石や閃光の魔法はその術式の解釈を一部抜粋及び再解釈したことによって、簡易的に発動していたものに過ぎなかった。
──つまり、彼にとって物質の操作、こと生成と変形は得意分野だったのである。
「穴を穿つ魔法」
術式を練り、魔力に乗せる。
右肩に刻まれたシジルが青白く発光し、黒い球体の下の石畳がめくれ上がり、人1人分通るのに十分な穴が穿たれた。
「ビンゴ」
真っ暗に空いた空間に、カンテラの黄色い光が差し込まれる。
するとそこには、そこそこ広めの坑道が通っていた。
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