19. 忌み子の呪い?
商人の男が馬車に契約書と新しい隷属の首輪を取りに行っている間に、私は少年のことが気になって彼のステータスを鑑定してみることにした。
「〈忌み子の呪い〉……?」
ステータスを開いてすぐ、称号の欄に1つだけ記載されていた意味深な単語が、思わず口をついて出る。
忌み子。
その単語からして、きっと良いものではないだろう。
奴隷商の話を鑑みるに、彼の親が夢魔の子として扱ったことにもおそらく関係がありそうだ。
私は、少し同情するような視線を少年の方に向けると──彼の、濁った蒼い瞳がかっぴらいて、こちらを凝視しているのが見えた。
「おい、あんた今──」
何かを言いかけた時だった。
「──こら!
これからご主人様になる方に向かって無礼だぞ!」
「ってぇ!?」
ちょうど、契約の書類と新しい首輪を持ってきたところだった商人に拳骨を落とされ、少年は呻き声をあげて黙った。
「すまんね、躾が行き届いてなくて。
売れ残りが長すぎて、神殿にいた頃の作法も全部飛んでっちまったらしいんですわ」
「い、いえ、気にしてないので……」
「そうかい?
いや、気にしなきゃダメだよ嬢ちゃん。奴隷に舐められちゃ、冒険者としてもやっていけねぇからな」
「はぁ、気をつけます……」
呆れたように肩をすくめる商人に、私はぎこちない笑みを浮かべながら軽く頭を下げる。
「んじゃあ、契約の話に移ろうか。
これ、こいつの名前を決めてやって、それからここにあんたの名前と血を垂らせば契約成立だ」
腰を下ろし、1枚のスクロールと羽ペン、インク、それから抜き身のナイフを机がわりの木箱に置く商人。
「名前を決める?」
「あぁ、うちで使ってる隷属魔法はそういう仕組みなんだ」
うちで使ってる、ということは、他にもいろんな種類があるのだろうか?
そんな心の内が表情に出ていたのだろう。
商人は少し嫌そうな顔で『術式の中身が気になるって言われても教えんぞ』と低い声で訴えた。
「ほら、さっさと名前を決めてやれ」
促す商人。
私は少し考えると、夢魔の子という謂れと魔法使いの適性から、アーサー王伝説の大魔法使い、マーリンの名前を与えることにした。
***
「申し訳ございません、お客さん。
当浴場では奴隷の利用を制限させていただいてましてねぇ……」
マーリンを購入した私は、汚れた体を清めるべくいつもの浴場へと足を運んでいた。
しかし、そこへ彼を連れて現れると、番台のお兄さんにそんなふうに断られてしまった。
「そうですか……」
ちらり、とマーリンの方を伺い見ると、彼は無表情に私の背後に控えるだけで、特に何の意思も示そうとはしていなかった。
購入の直前はあんなに元気そうだったが……奴隷としての身分を弁えているつもりなのだろう。
(これが、忌み子の呪いか……)
汚れた貫頭着1枚姿の銀髪碧眼の少年を、チラリと横目に見る。
ここにくるまでの間、彼のステータスを調べていた。
マーリンに付与されていた〈忌み子の呪い〉という称号。
その効果は、『好感度に対するマイナス補正』。
様々な場面において理不尽に忌み嫌われるという、まさにどうしようもない呪いである。
普通の人なら、最初は何もしていなければ評価はフラットなのに、マーリンの場合は最初がマイナス。
観察してみれば、少なくともこの地域においては奴隷自体が少々汚いものとして扱われる側面があるようで、日本におけるエタやヒニンに対する扱いを何となく想起させた。
まぁ、教科書で見るよりは幾分マシではあるけれど。
「……浴場は使わせてやれねぇが、裏の井戸なら使わせてやってもいい」
しゅん、と落ち込んだ様子でいると、番台のお兄さんが後頭部をかきながらそう口を開いた。
「嬢ちゃんはうちの常連だからな、その顔に免じて特別に使わせてやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
「金はきっちり払ってもらうがな」
私はパッと顔を輝かせると、彼の指示に従って浴場の裏手へと場所を移した。
「じゃあ、これ石鹸とシャンプーとコンディショナーね。
こっちは体洗う用のタオルで、こっちは最後に体を拭く用のバスタオル。
あとこれは着替え。
終わったらこっちに着替えて、元の服はこっちの袋に入れて」
浴場裏手の庭。
井戸の前にやってきた私は、マーリン用に新しくものを購入して揃えると、彼の手にそれぞれ手渡した。
「石鹸はわかるけど、シャンプー……とかっていうのは?」
渡されたボトルを怪訝に見つめながら、マーリンはこちらに視線を寄越した。
「髪の毛を洗う用の石鹸……ってもしかして使ったことない?」
「……あぁ」
小さく頷くマーリン。
そういえばこれまでも、こういうの使ってる人を見たことがなかった気がする。
(この世界にはまだ存在しないアイテムなのかな)
そういえばショップ画面で購入できる服の中には、ちょっと未来的なデザインのものもあった。
この世界観にはそぐわないアイテムである。
……もしかして、これ売ったりしたらそこそこ稼げたりするのでは?
「じゃあ、最初だけ使い方を教えておいてあげなきゃね」
それから私は、彼に一通り使い方を教えると、自分も体を清めるべく女湯の方へと場所を移すことにした。
……本当は、使い方を教えるという体でショタの裸を堪能したかったが……私はイエスショタノータッチを貫く所存なので、泣く泣く断念することにした。
***
洗濯を終えた服に着替えて浴場から出ると、店の出入り口の近く、人の邪魔にならない隅っこにマーリンの姿を見つけた。
薄汚れていた銀髪は輝きを取り戻し、一層サラサラになっている。
目が少し隠れるほどの前髪からは、しっとりと雫が零れ落ち、新品の白い麻布のシャツの上に数滴の染みを作っている。
その姿は少しの艶めかしさを漂わせる──ように感じる一方で、やはり長い間奴隷として売れ残り続けた影響か、着替えさせた黒いハーフパンツから伸びる細い脚には栄養が足りていないのか、やや骨ばった感じが否めなかった。
その細い体躯に似合わない、無骨な鉄製の首枷。
奴隷商の店主曰く、これを外してしまうと隷属の魔法の効果が維持できないから外さないように、と言われているが……正直見ていて気持ちのいいものじゃなかった。
(なんとかして、首輪じゃない方法に変えたいんだけどな……)
まあ、外し方もわからないんだけど。
「マーリン」
声をかけると、前髪の隙間から青い瞳がこちらを向いた。
「ご主人様」
「ユーリでいいよ」
「そういうわけには」
目を伏せるマーリン。
どうやら、奴隷と主人という関係の中でなれなれしくするということに対して、周囲の目を気にしているらしい。
私はなるほど、と少し考えて『じゃあ』と代案を出した。
「じゃあ、ご主人様は恥ずかしいから、お姉ちゃんって呼んで」
「……あんた、どう見ても俺と同じくらいだろ」
げぇ、という顔をしながらそう抗議するマーリン。
おいおい、さっきまで気にしていた周囲からの視線はどうした?
「こう見えても私、24歳なんですけど? 大人なんですけど?」
「嘘だな。そんなちっさい大人なんか見たことねぇ」
「ぐぬぬ」
なんだ?
こいつ思ってたより生意気だな。
おとなしくてかわいい子供だと思ってたけど……まぁ、それはそれで悪くないか。
「だからさ、ここはご主人様で妥協してくれないか?」
「……まあいいでしょう」
郷に入っては郷に従え、だ。
多少恥ずかしくても、これくらいは呼ばれ慣れておかないと。
私は軽く息を吐くと、マーリンを連れて宿へ向かうことにした。
マーリンのぶんの部屋もとらなきゃだし、早くしないと部屋が埋まっちゃうからね。
──そう、思っていたんだけど。
「すまないが、奴隷を置く部屋はうちにはないよ」
いつもの宿のおかみさんは、マーリンの方を一瞥すると、やや語気を荒げてそんな風に返した。
……どうしよ。
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