15. 迷い猫?
依頼を受注した私は、視界に映る案内用エフェクトを頼りに依頼主ミネルバの家に向かっていた。
例のスマホによるクエスト画面の機能の一つだ。
サブクエスト画面に追加された『迷子の猫探し』という項目をタップすると、どうも親切なことにクエスト遂行の案内が表示されたのである。
ちょうど、ゲームでクエストやる時みたいな感じで、目的地までの道案内と次に何をすればいいのかの指示が。
「ここか……」
光る導線を辿って街をくねくねと歩き回ると、現れたのは2階建ての庭付き一軒家だった。
家の前には木製のベンチと赤レンガの花壇があって、甘い香りのする白い花が咲いている。
私は褪せた桃色の扉に取り付けられた真鍮製のノッカーを軽く叩くと、家主の登場を待った。
「はい、どなたで?」
現れたのは背の高い女性だった。
見た感じ40代くらいだろうか?
おばあさんだと聞いていたんだけど……きっと依頼主の子供か、あるいは介護者だろう。
私はそう結論付けると、ギルドから預かってきた書類を差し出して用件を伝えた。
「えっと、冒険者ギルドから迷子の猫探しの依頼を受けてきました、ユーリです。
こちらはミネルバさんのお宅でしょうか?」
「ああ、やっと来てくれたのね。
私がミネルバよ。さ、詳しい話をするから上がってちょうだい」
……随分と、若作りなんだなぁ。
なんて言葉が一瞬頭に浮かんだが、そんなことは言えるはずもない。
すぐに〈驚愕耐性〉が働いて冷静さを取り戻した私は、ニコリと下手な作り笑いを浮かべて彼女の家に上がった。
「さ、そこに座って。
今お茶を出すから」
「あ、お、おおかまいなくっ!」
「そうかい? でも私喉乾いててね。
ついでだから出させてちょうだい」
「……では、えっと、お言葉に甘えて」
ダイニングキッチンの木製の椅子に腰を下ろして、ミネルバがお茶を入れるのを横目に部屋の内装を観察する。
テーブルには色鮮やかな刺繍が施された麻布のテーブルマット。
ウォールナットの濃い茶色に合わせるように、白や水色といったコントラストの強い幾何学的な模様が、まるで魚でも泳いでいるかのように描かれている。
気が付いてみれば、部屋のそこかしこに縫物がたくさんあった。
座面にはクッション。
背もたれにはカバー。
部屋の入り口には暖簾がかかり、ソファーには編みかけのキルトが置かれている。
きっと私が来る直前まであそこで編み物でもしていたのだろう。
「私は裁縫の先生でね。
縫うのも編むのも、いろんな子供たちに教えるのが仕事なのさ」
カチャン、と音を立ててトレイが置かれるのに、私の意識はミネルバへと戻った。
「す、すみませんじろじろと見ちゃって」
「いいのよ、女って生き物は、みんなこういうのが好きなもんさ。
裁縫と料理と掃除が上手い女はモテるって相場は決まっとるからね。
あんたもいい男捕まえたけりゃ、うちに習いにくればいい」
笑ってマグカップを目の前に置く彼女に、私は『考えておきます』と苦笑いを返した。
いえ、私はあんまり好きじゃないです。
どちらかというと苦手です。
なんて、口が裂けても言えやしない。
マグカップからは、フルーティないい香りが漂っていた。
リンゴのような甘い香りで、覗きこんでみると濃い赤っぽい液体が湯気とともに波打っている。
「これは?」
「森林檎茶だよ。知らないのかい?」
「と、遠くから来たもので……」
「そうかい。
どこにでもあるもんだと思っとったが……」
一口すすると、やはりリンゴのような香りがしておいしい。
リンゴジュースよりは甘くなくて、むしろ若干苦みがあるけど、私結構これ好きかも。
私が森林檎茶をすするのを見て、ミネルバも一口すすり、お茶請けに出したクッキーを一齧りする。
一口が小さい。
私なら一口で口に入る量なのに……きっと、長くお茶を楽しみたいのだろう。
ミネルバが視線で『食べな』というのに軽く会釈を返して、私も小さく齧った。
バタークッキーだった。
ほのかに蜂蜜の甘味と、細かなナッツの風味がしてとてもおいしい。
「冒険者なのに、上品なことだね。
私の知る冒険者といやぁ、豪快で品がなくて、力だけが正義みたいなもんだったが……あんたくらい礼儀をもって接そうとしてくれるんなら、任せてやってもいいだろう」
「あ、ありがとうございます」
「ちょっとびくびくしすぎだとは思うがね」
やっぱり、と心の中で呟く。
依頼を説明するだけならお茶なんて出す必要はなかった。むしろ家の中に招き入れるのは女性1人ではリスクが伴う。何か狙いがあるのだろうと薄々思っていたが、やっぱり面接を兼ねていたのか。
「依頼の内容は、書類にも書いてあるように迷子の猫探しだ。
あの子は元冒険者だった旦那の形見でね、いなくなると困るのさ」
小さなため息をついて、窓辺に転がるぬいぐるみを見やる。
青い魚のぬいぐるみで、かなり汚れてぼろぼろになっている。
きっと件の猫お気に入りのおもちゃだったのだろう。
「居なくなった日のことを聞いてもいいですか?」
「ああ。といっても、普段と変わったところなんかなかったがね。
いつもあの毛玉は──ジルバは、昼まで寝て、起きたと思えば散歩に出かけ、夕飯前にはひょっこり帰ってくるのが習慣でね。
だがあの日は帰ってこなかった。今日で3日目になる。賢いから迷子なんてことは無いと思うんだけどねぇ……。今頃腹を空かせてやいないか、私は心配だよ」
クッキーを齧り、森林檎茶を含む。
態度こそ凛としてはいるが、全身からどこかさみしそうな雰囲気が伝わってくる。
──3日。
この広い家に家族がいなくなって、ずっと1人で帰りを待っている。
その姿が、なんとなく私がいなくなった実家のことを彷彿とさせて胸が苦しくなった。
これが、ホームシックというものなのだろうか?
「ミネルバさん。その、ジルバさんの特徴を教えてもらえませんか?」
「ああ、構わないよ」
彼女はそう言うと席を立って──しばらくして、一体の人形を手に戻ってきた。
「暇だったからね、あの子の抜け毛で作ったんだ。
参考になればいいが」
それは、手のひらサイズの真っ白な毛の長い猫だった。
左右で青と黄色と色が異なる、いわゆるオッドアイ。
鼻先はかわいらしいピンクで、小さな黒ぶち模様がついている。
「か、かなり精巧ですね……」
「これくらい大したもんじゃないさ。たくさんあるから持っていきな。似た顔の猫はたくさんいるだろうから、探すのに役立つだろう」
「ありがとうございます」
それから、私はミネルバから迷い猫ジルバが好きそうな場所を教えてもらうと、人形をストレージに入れて家を後にした。
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