第5話 誘惑に負けた。
(視点戻ります)
とんでもない大作が生み出された。下絵だけで圧倒される。それは革命の場面を描いた様な絵だった。私は必死な形相でピアチェーヴォレの国旗を掲げて山になって重なり合う黒髪ウェーブの褐色な肌の男たちを踏みつけてるのである。
これはあれか? 女王の座をピアチェーヴォレの男達を足蹴にして必死に守ってますって言いたいのか?
画家のロベルトはその絵をうっとりと頰を染めて見つめてる。この画家のときめきポイントがイマイチ解らない。いや、常識人でありたいのなら理解しない方が良いな。
内容は酷いけど、作画が躍動感溢れるタッチで素晴らしい。これなら城に飾っても良いな。そんな感じで感心してたが、もう日が暮れた。今日はもうお開きという事で画家は片付け始めた。無機質なものを見る感じで私をじっと見た。
「……また描きに来ても良い? この絵完成させたい」
「別に構わないわよ。私が仕事していて良いのなら」
明日も宮中伯に仕事盗られるかもしれないしね。まあ、女王だから仕事なんて探せばいくらでもあるのだが。仕事だってやりたくなかったら部下に押し付ければ良いのだ。その部下が信用できない貴族共じゃ無ければの話だが。
画家は「大丈夫。また来る」と頷き下絵のとさっき完成した絵を大事に抱えて芝生広場を後にした。
変わり者の画家、ロベルト・ガッティ。年齢は32歳の独身。人付き合いが苦手な芸術肌のタイプには独身は珍しくない。見た目がモジャっとしてて、落ち着いた印象もありお爺さんに見えた。
モデルとして芝生で寛いでいただけで、気の利いた会話を振られる事もなく淡々と絵を描かれた。沈黙が続いていたが、不思議と落ち着いていられた気がする。ひたすら仕事に励む姿に好感が持てたのだろう。ただし、肝心の絵は持ち帰っていったが。
肌寒くなり、室内に向かうと思わぬ客人に遭遇した。宮中伯フィデリオの妻アウロラだ。美女な彼女は私に悠然と微笑み会釈した。
「御機嫌よう陛下。ロベルトが伺ってた様で、少し様子を見に来ました。なにぶん礼儀に無頓着な画家です。何か粗相はございませんでしたか?」
最後に不安そうに首を傾げられた。庇護欲をそそられるその仕草に女性にもかかわらずドキッとした。
粗相ねえ。タメ語だったけど、普段から周りが敬語だから新鮮な感じで咎める気も起こらなかったわ。絵も持ち帰っちゃったし。私のこと物を見る目だったし。あれ? もしや問題だらけ?
私は「芸術家はみな変わり者だから気にしてないわ」と苦笑いを浮かべた。やはりと何かを察したのか、眉尻を下げてこちらを見つめた。
「失礼ながら陛下。陛下は年頃の女性であります。男性にちやほやされたいと思わないのですか? 言いにくいのですか、その様な話を一切聞かないので心配です」
私もその件に関しては三年前から心配だ。どうやったらちやほやされるのだ? 是非ご教授願いたい。
「アウロラ様の様な方にはモテない私が不思議なのね」
あっしまった。つい皮肉を言っちゃった。
アウロラは真剣な表情をした。
「陛下はその尊き御身故に挑む者が限られて来るのです。一度その肩書きを取っ払ってはいかがでしょう?」
やはり女王だからモテないらしい。それは弟にも言われた。
「取っ払うとは?」
少しその話に興味を抱いた。モテる方法があればモテたいよ。
「簡単な事です。お忍びで城下を歩いてみればいいのです」
「……お忍び」
確かに一理ある。
〜〜〜
ゴーーンッ
アウロラとの約束の時間を告げる低い鐘の音が響く。
え!? もうそんな時間!?
私は侍女に就寝前の支度をしてもらっていた。髪をといでくれる侍女に「もう良いわ。眠たいの」と止めるように指示を出す。侍女は「畏まりました」とお辞儀をして後片付けをする。私は寝室の扉を開けて侍女に「眠る前の紅茶はいらないから。早く寝たいから寝室に入って来ないでね」と言っといた。
パタン
私はベッドの下に隠しといた革のトランクケースを引っ張り出した。ガチャッと開けると、長い黒髪のウィッグと庶民的なワンピースとブーツが入ってた。アウロラから渡された物だ。
わざわざ用意してくれるなんて良い人だわ。女の人って親切な人多いわよね。男からモテない私だけの感覚かもしれないけど。男にモテる人って女から僻まれるって言うし。その点は苦労した事ないのよね。
あっいけない遅刻だ! いけないアウロラが待ってる!
慌てて私は変装して、王族専用の隠し通路を使って城の外へ向かった。蝋燭の火を頼りにジメジメした暗い隠し通路を進んだ。金属の梯子を登り石造りの蓋を押し上げる。
ガコッ
「きゃああああ!?」
「うわああああ!?」
あらっいやだ失礼。まさか夜の墓地に人がいるとは思わなかったわ。
遠くから男の声がした。
「ふっ。レディの前で取り乱して恥ずかしい」
「出たんだよ!? 見てみろ!! 墓が開いたんだよ!!」
驚いた女性の方は一目散に逃げていったらしい。遠くにいた女性は媚びを売る感じで「いや〜ん。お化け怖〜い」と男性の腕に縋り付いた。
「お化けなんて怖くないさ。君に嫌われることの方が何十倍も怖いさ」
「けっ! ならお化けに会って来いよ! 俺は勘弁だからな!」
驚いた男も墓場から去って行った。
お化け? まさか私の事か? 失礼だな。 よいしょっと。このお墓戻しとこう。
ガコッ
「ひっ」
「えっ」
? 怯える声がした?
「……ねえ。あなた達。ここには何しに」
「いやああああ!?」
「うわああああ!?」
一目散に逃げて行った。お化けなんて怖くないんじゃなかったのか? 男のくせに情け無い。……誰がお化けだよ。
絵のイメージは『民衆を導く自由の女神』です。




