第9話 大切な思い出。
(視点戻ります)
ルーナ国の王子にまさか衛兵として忍び込まれるとは思わなかった。我が国の警備はザルだな。後で警備体制を見直さないといけない。
直ぐに追い出そうとは思わなかった。ヘンリーと再び会えた事の喜びの方が優ったようだ。
アンナは過去に想いを馳せた。
あれはまだ社交界デビューして間もない頃であった。ルーナ国の王族を招いた舞踏会で私は相変わらず壁の花としてダンスに興じる人々を眺めていた。弟のジーノと踊ったがそれからは誰からも誘われなく踊る事はしなかった。私がダンスに誘うと明らかに拒否はしないが、貴族の男は狼狽える。無理矢理躍らせるのは何か違う。
つまらなくなり私は庭へと出て星を眺めていた。女性のはしゃいだ声が窓越しから聞こえてきて無性に悲しくなった。
誰か私をこの国から連れ出してほしい。王女という身分を取っ払って只の年頃の娘のように生きていきたい。
誰かの足音が聞こえて私は顔を伏せた。きっと酷い顔をしてる。夜とはいえ窓から中の光が漏れてくるこの場所では顔が見えてしまう。その誰かの足音が通り過ぎるのを待ったが、残念ながら私のすぐ後ろで止まった。
私のことを笑いに来たのか?
そんな人は今までいなかったが、ネガティブな思考になった私は被害妄想が止まらなかった。
「そこの方。アンナ様を見ませんでしたか? 俺今日初めてピアチェーヴォレに来たから顔が分からないんです」
初めてピアチェーヴォレに来た? という事はルーナ国の王族か。さっき全員と挨拶を済ました筈だが、そういえばヘンリー王子が遅れて来るって言っていたな。
素直に私が女王ですと言う気になれなかった。狼狽えられたらどうしよう。避けられたらどうしよう。せめて1人の中でも何者でもない自分でいたかった。
「殿下はここにいません」
俯き背を向けながら私は嘘をついた。王子が去って行くのを静かに待った。
「そっかぁ。残念です」
残念? むしろほっとしたのでは?
「殿下に会いたかったのですか?」
そんな人がいる筈ない。女性ならまだしも男性で私に会いたい人などいるのだろうか?
驚くことに王子は「うん。会いたいです」と迷いなく答えた。
「ピアチェーヴォレの王妃様がくれぐれも惚れない様にって念を押してきたんです。何でも、この国のかけがえのない宝だからだそうです」
宝? 初めて聞いた。
いつも私に厳しい母がそんな事を言うとは信じられなかった。
いつの間にか王子は私の隣にいた。ちらっと見ると、優しく目を細めて私を見ていた。
男性にそんな表情で見られるのは初めてで胸がドキッとした。苦しい。これは何だ? 私は死ぬのか?
正体不明の動悸に戸惑った。距離をとろうと背を向けたが、手を握られた。ビクッと条件反射で払いのけてしまった。
何故、手握った!?
「あっ。ごめんね。貴女の名前を聞きたいです」
あっ。そういう事ね。びっくりした。まあ、言わないけどね。
私は「私はそこら辺の只の一般市民です」と言って逃げた。
後を追われる事はなかったけど、あんな去り方はなかったのではと今でも後悔してる。
はあ。もう私がアンナだとバレたよなぁ。嘘つきだって怒られるかな。
ちらっと後ろを振り向くと以前と変わらぬ優しい表情で私に笑いかけていた。胸が苦しい。私はやはり死ぬのか?
城の内部にある王立図書館に着き、私たちは誰もいないスペースで向き合った。
えーと。この前は騙してすいませんか? それとも、何で衛兵の格好をしてるか問うべきか?
なんて話しかけようか迷ってると、真っ赤な顔したヘンリーが早口に喋り始めた。
「は、初めまして! 俺はこんな格好をしてますが、実はルーナ国の王子をやってますヘンリー・ファン・ハビスブルクです! 本日は女王陛下にお願いしたき議がありまして不躾ながら城に侵入しました!」
ほお。元気な声でたいへんよろしい。但し、ここは図書室ですのでお静かに。素直な事でたいへんよろしい。けど、元気な声で侵入したとか言わないでほしい。少しは反省して下さい。
そして、一番大切な事だが、初めましてじゃないから!
「……ヘンリー様。色々と言いたい事はありますが、まずは私たちは初めましてじゃありません。以前に舞踏会でお会いしました」
ヘンリーは「へ!?」と本気で驚いてる。
うーん。私ってそんなに変わった? ……変わったかも。
私は眼鏡を外して髪を下ろした。
ヘンリーは目を見開いて凄く驚いていた。
「あ、貴女はあの時の!?」
気付いたようで何よりです。眼鏡と髪型で別人に見えたらしい。
私は対外用の笑顔を浮かべた。鬼だからと言って笑顔を浮かべないわけではないのよ。
「お久しぶりですね。あの時は嘘をついて申し訳ございませんでした」
ここは先に謝ったもん勝ちよ! 怒られるのは他の人もそうだと思うけど私も嫌だから。




