第91話「見送りと、それぞれの思惑」
#第91話「見送りと、それぞれの思惑」
レオンを含むヴァルドリック辺境伯家の面々が自領へ帰還する日を迎えた。
ただし来る時とはかなり違う、はるかに大所帯になっていた。
帰りは孤児院の子供たち二十名以上と引率の女性が加わる。
さらに、宮廷魔道具師のエレンも同行する予定だ。ただし彼女は王都から出るのを気づかれるとまずい。そのため途中でこっそり合流する手はずになっている。
そして、もう一つ来る時と決定的に違うことがあった。それは見送りの顔ぶれである。
国王エドワード、王妃カタリーナ、王女ソフィア。
ヴェルムンド公爵家当主ゲオルグと妻エリーゼ、子息カール。
ザクセン公爵家当主フリッツと妻マルガレーテ、子息ハインリヒ。
――壮観だった。王国の中枢が一堂に会している。
ギルベルトとセレナは内心でかなり驚いていた。
辺境伯が領へ戻るだけで、これだけの人物が一堂に会することなど普通はない。見送りに誰も来ないことすら普通で珍しくないのだ。
話を聞けば、公爵家の子息二人が「どうしても見送りたい」と言い出し、それに当主夫妻が付き合った形らしい。もちろん王家はソフィアのたっての希望だ。
(やはりレオンには、人を惹きつける何かがあるのかもしれないな……こんな光景は初めてだ)
ギルベルトは静かに、そして不思議そうに息子を見た。
一方そのレオンは、そんなことなど露ほども気づいていない。
見送りの人が多いけど、それはいつもの光景なのだろうとばかりに、気軽にソフィア、カール、ハイニと子供同士で話していた。
そんな会話の中、馬車の方にいるたくさんの子供達を見て、ハイニが目を細めた。
「なあレオン、あのたくさんの子供たちはなんなんだ? 来る時も一緒だったのか?」
ハイニは帰還の隊列にいる子供たちに気づいたらしい。
ギルベルトは一瞬だけ身構えた。レオンが何か突飛なことを言うと面倒だと思ったのだ。そして横から説明を加えた。
「王都で困窮している孤児院があったんだ。そこで、うちの領で子供たちを引き取ることにした。なにしろうちの領は土地だけは余っているからね」
そして少し間を置いて続けた。
「……まあ、引き取りを強く望んだのはレオンなんだがな」
その言葉に、ハイニが感心したように笑いながら言った。
「へぇ。レオンは偉いな。もうそこまで考えて行動しているのか。これは俺も負けてられないな」
カールも頷く。
「レオンはおとなしい印象だったけど、意外と行動的なんだね。少し驚いたよ。僕も頑張らないとね」
ソフィアも柔らかく口を挟んだ。
「レオンは誰にでも優しいのです」
レオンはたじたじだった。前世から考えてもこれほどまでに陽キャの中で会話することは少ない。更に言えばこんなに周りから一斉に褒められることなど、めったになかったからだ。
そして謙遜するのが精一杯だった。
「いや、そんな大したことでは……たまたま困窮していた孤児院を見つけただけなんだよ。それでかわいそうに思ってね」
だが三人の視線は温かい。特にソフィアの表情が違うようにも見える。
それに気が付く人は少ない。しかしながらカールは観察力が鋭い。その状況で、ふと意味深に笑った。
「レオンとソフィア様は、随分と仲が良いようだね。確かレオンは今回の滞在で初めて会ったんだろう?」
空気が一瞬止まった。そしてカールは更に続けた。
「もしかして……僕たちは既に負けているのかな?」
「そりゃ、やばいな。すでに俺も負けているのか?」とハイニ。
その一言で、レオンとソフィアは同時に赤くなった。
「な、なにを言っているのですか!」
ソフィアは慌てて否定する。
「私は誰とでも仲が良いのですわ! レオンとは気が合うから会話が弾んだだけです」
ソフィアがあまりにも慌てて否定したことでカールは察した。もちろん何も言わないが頭の中でいろいろと考えてはいた。
一方でレオンは慌てるだけで言葉が出ない。こういった時に緊張して何もできない。ボッチ歴の長さはだてではないのだ。
そしてエドワードとカタリーナはその様子を、特にソフィアの様子を静かに見守っていた。
――まあ、この程度ならばぎりぎりで良いだろう。
ただし、まだまだだ。子供にばれるようでは確実に駄目だ。間違いなく更なる教育は必要だろう。少なくとも今のように感情を露骨に出してはいけない。
そうして、それぞれがそれぞれの思惑を胸に秘めていた。
やがて出立の時刻となった。ヴァルドリック辺境伯家の一行はゆっくりと動き出した。
王都の門をくぐる前、レオンは振り返った。
レオンからはソフィアが立っているのが見えた。
一応は笑っている。だが、その目は潤んでいた。もちろんレオンからはそこまでは分からない。
ソフィアも、彼女なりに頑張っている。悲しみを表に出してはいけないと必死になった。
レオンは小さく手を振った。ソフィアも、ほんの少しだけ大きく手を振り返した。
それぞれの心の中で新しい物語が動き始めていた。悲しんでいるだけではいけない。それぞれに新たな決意を持っていた。




