第71話「エレンの紹介」
#第71話「エレンの紹介」
父に孤児院の子供たちの引き取りをお願いし土下座をやめたレオンは、ようやくギルベルトの近くにいる見知らぬ若い女性の存在に気が付いた。
「父さん、その人は誰ですか?」
そうだった。レオンの土下座騒動で一時忘れられていたが、本来の目的は宮廷魔道具師エレンをレオンに紹介することだ。
もちろん、オルドの後輩という設定のもとで、だ。
エレンの宮廷魔道具師という職業、そして国で一人しかいない特級魔道具師という肩書きについては秘密である。
そこでオルドの方を向いて目で促した。オルドはギルベルトの意思を正確に読み取りエレンの紹介を始めた。
「坊ちゃん、この女性は私が魔道具生産現場で働いていた時の後輩、エレンですわ。今は魔道具関連の研究をしておりましてな。魔石研究のため、ヴァルドリック領へ同行することになっております。そのご挨拶のために来たのですが……まさか坊ちゃんが土下座とは、びっくりしましたぞ」
「そうなんだ! エレンさん、レオンと言います。よろしくお願いします」と元気に言うとレオンは軽く礼をした。
レオンの目がきらきらと輝いていた。魔道具に詳しい人物が領に来る――それだけで大歓迎だ。今のレオンはとにかく魔道具関連の知識に飢えている状況であるのだ。
一方でエレンは秘密の設定を続ける必要がある。そのレオンの純粋な目にほんの少し罪悪感を覚えつつ、丁寧に一礼した。
「どうも、エレンです。魔道具生産現場でオルドさんの後輩でした。今度、研究でヴァルドリック領へ行くことになりましたので、よろしくお願いします」
「こちらこそ! 魔道具に詳しい人が来てくれるなんて凄く嬉しいです!」
(なんていい子なの……)
エレンは心の中で飛び跳ねた。魔道具に詳しいだけでなく礼儀正しい。非の打ちどころのない最上級の子だ。
しかしエレンは表情一つ変えない。さすが若くして国のトップに立つ魔道具師。頭の回転も速く、演技も今のところは完璧だ。
「私も、レオン君が魔道具に興味を持っていると聞いています。いろいろお話できれば嬉しいですね」
その会話の様子にギルベルト、セレナ、オルドは内心ほっとした。国王の前で表面化していた魔道具オタクの本性が出て暴走しないかと警戒していたからだ。
今のエレンは問題なし。極めて冷静に対応、演じ切っている。
その後、軽い魔道具談義が始まった。レオンがいくつかの質問をエレンに投げかけた。
「魔道具の研究って、どんなことをしているのですか?」
「基本的に特定の研究に固定されずに、魔道具全般ですね。例えば、古い文献を漁って、現代でも使えそうな魔道具の再現や改良を研究してきました。使えそうで使えないことも多いですが、それも楽しみの一つです」
「へえ、凄い! じゃあ、今ある魔道具の中にもエレンさんが見つけたものがあるかもしれないですね」
「ふふ、その辺りは守秘義務もありますので簡単にはお話できませんが……機会があればお話しできればと思います」
本当は守秘義務などない。あまり魔道具関連で詳しい話をするとボロが出そうだからセーブしているだけだ。まずはレオンと信頼関係を作って秘密を共有する仲間になることが最優先。
それさえできれば全てオープンにして話することができる。
本当は今からでも完全にオープンにして全開で話したいエレンであったがなんとかぎりぎり耐えていたのだった。
「なるほど……分かりました! 他にはどんな研究を?」とレオンが再び質問をした。
「最近は魔石の研究も始めています。インクの高品質化、と言えば分かりますか?」
「えっと、高級魔道インクと低級魔道インクがあるのは知っています。俺は低級インクを使ったことがあるくらいですね」
そうレオンが言った瞬間、オルドは内心で冷や汗をかいた。
(坊ちゃん、そこは深掘りしないでくださいよ、間違っても魔道具の修理ができるなんて言ったら駄目ですからね……)
だがエレンは自然に受け流した。
「素晴らしいですね。三歳で魔道具や魔石についてそこまで知っているとは。将来有望ですね」
(すでに私の方が弟子入りしたいくらいですがね。早くオープンに話をしたいところです。今は我慢、我慢……)
エレンは心の中で何度も我慢という言葉を繰り返した。あまり我慢するといつか、どこかで大爆発しそうで怖いところではあるのだが……。
そうして、会話はぎりぎりの均衡を保ったまま続いた。かなり危うさはあるが一応は矛盾もなく、破綻もしていないように見える。
とは言え、オルドにとってはとんでもなく心臓に悪い時間だった。今にも破綻しそうな会話の連続だからだ。いつ矛盾が露呈してもおかしくない。
(早くエレン様とも秘密を共有せねば……これでは私の心臓が持ちません)
そう強く思わずにはいられなかった。そうして何とかエレンとレオンの初顔合わせは、ぎりぎり無事に終了したのであった。




