第7話「オルドの報告と、守られた秘密」
#第7話「オルドの報告と、守られた秘密」
オルドは驚愕していた。いや、驚愕と言う言葉では生ぬるいほどに驚き困惑していた。
魔道具を“修理”するなど、聞いたことがない。それなりに魔道具生産に関わっていた自分でさえもだ。
しかも――それをやってのけたのが、まだ二歳の幼子だというのだから。先ほど見たばかりというのにいまだに信じられない。
頭の中が真っ白だった。
どこから考え、何を誰にどう説明すればいいのか。
自分が見たものを信じたいが、どう考えてもおかしい。まるで夢だったかのように現実味がない話だ。
だがあの照明は確かに、間違いなく点いていた。五つすべてが眩しいほどに。一つならまだしも五つだと信じるしかないだろう。修理されていたのが現実としか言えない。
いや待てよ。やはり疲れているから幻覚を見たのかもしれないな。そう思って壊れた魔道具が置いてある部屋に行った。が、その気持ちをあざ笑うかのように、やはり照明の魔道具は点いている。もう完全に信用するしかなかった。
間違いなくレオン坊ちゃんが魔道具を修理してしまったのだ。前代未聞の話だが、現実がそこにものがあるだけにどうしようもない。
しばらく悩んだ末に、オルドは決意した。
このことはやはり旦那様と奥様に報告すべきだろう。
レオンから「秘密にして」と言われているが、さすがにこれは黙っていられる話ではない。報告が必要な話だ。
執務室の扉をノックすると「入れ」とギルベルトの低い声が返ってきた。
中には当主のギルベルトと、奥方のセレナがちょうど二人とも揃っている。タイミングとしては悪くなかった。そこでオルドは切り出した。
「相談がございます」
そう切り出すと、セレナが少し心配そうに首を傾げた。
「もしかして、給金の件? 申し訳ないけど現状では上げるわけにはいかないのよ。もしかしてそれで辞めたいという話なの? それは困るわ」
「い、いえいえ! そんな滅相もございません。恩のあるこの家をわたくしが辞めるなど――あり得ません! お二人が辞めろと言わない限りは辞めません」
「では何の相談だ?」と当主のギルベルトが眉をひそめた。
オルドは深呼吸して事実を包み隠さず語り始めた。
「実は、レオン坊ちゃんが魔道具を作りたいとおっしゃいまして」
「ああ、その件ね」とセレナが微笑んだ。
「魔道具のことならオルドが詳しいと思ってね。私がオルドのところへ行くようにと言ったのよ。もしかしてレオンが何か問題を起こしてしまったの? ごめんね……簡単に言い過ぎたかしら」
「い、いえ、問題というより……その、問題なのかもしれません」
「どういうことだ? はっきり言って欲しいのだが」とギルベルトが問い詰めるように言及した。
「それがその、レオン坊ちゃんが魔道具を作りたいとおっしゃられまして、そこで私は魔道具を作るには基盤がいるという話をしたんです」
「それはそうだよな。基盤がないと作れない。だからレオンは諦めたのか?」
「いいえ違います。そうしたらレオン坊ちゃんが、そっか基盤が必要だよねとがっかりされたので、私はこれは申し訳ないなと思いまして壊れた魔道具のある小部屋を紹介したんです。基盤はないけど壊れた魔道具ならたくさんありますよと」
「ああ、あの倉庫のものか。そろそろ処分を考えねばと思っていたが……」
「でも、それはいい考えよね。魔道具で遊ぶならば、壊れた魔道具が丁度いいんじゃない?」
「はい、そこで壊れた魔道具を見せたのです。とりあえず照明ですね。ここにある照明の魔道具は全部壊れているから点かないですよと教えたんですね」
ギルベルトとセレナは困惑した。壊れた魔道具をレオンに教えることに何の問題があるのか?相談するもしないもどうでもいい話だ。そんなことは好きにすればいいだろうに。
「そうしたらですね、レオン坊ちゃんがその壊れた魔道具を修理したいと言い出しまして。原理が分かれば直すのは簡単とかなんとか」
「何を馬鹿馬鹿しい。魔道具の修理なんてあり得んだろう。聞いたことがない」とギルベルトは呆れた。
「そりゃそうよね。修理できればありがたいけど、無理に決っているわよね。オルドもそんな話を聞いたことないでしょう」とセレナも追随した。
「はい。魔道具を修理できるなんて話を私も聞いたことがありません。ですが……」
「レオン坊ちゃんは――照明を、五つも修理してしまったのです。それもほんの一時間程度で」
「……は?」
執務室の空気が一瞬で変わった。
「修理? 何かの聞き間違い、もしくは見間違いではないのか? レオンに騙されただけでは?」
「いえ、確かに直っておりました。聞くだけではなく私の目で直に確認しております。そりゃもう何度も見直しました。でも、どう見ても点いておりまして」
「そんな馬鹿な……魔道具を“修理”できる者など存在しないだろう」
「はい、私も長年魔道具工房で働いていましたが、修理という概念自体を聞いたことさえもありません。ですが――ほんの一時間ほどで、五つすべてが魔道具照明が点灯したんです」
セレナが小さく息をのんだ。
「でも……どうやって?」
「私も詳しくは分かりませんが、“仕組みが分かれば簡単だ”と……レオン坊ちゃんは、私の貸した魔道ペンと低級魔道インクを使い、あっさりと修理してしまったのです」
ギルベルトはしばし沈黙した。
「いや、待て、嘘だろう? 魔道具が修理できるなんてことになったら世の中が大きく変わるぞ」
「それにあれだ、レオンはまだ二歳だぞ。いろいろとありえんだろう?まだ魔道具の勉強さえもしてないだろうに」
「いえ、魔道具の勉強ならここ数日しているわよ。とは言え書斎にある魔道具初歩の本を数冊読んだ程度だけど。しかもまだ字が読めないからミーナが読み聞かせていたのよ。それだけで魔道具について詳しく知るなんてあり得ないと思うのだけど」
「ですから、私も驚きまして。前代未聞です。下手をすれば国中が騒ぎ立てるほどのことかもしれませんとレオン坊ちゃんに言いました」
「……ふむ。そう言うべきだろうな。それは知っておいた方かいいだろう」
セレナがゆっくりと視線を落とした。
「それで、レオンは何と言っていたの?自慢でも始めたの?」
「いや、逆です。それが……旦那様と奥様には秘密にして欲しいと」
「ぶっ……なんで秘密にするんだ? 凄いことなのに」とギルベルト様が思わず笑う。
「本人曰く、まずいことをしてしまったかもしれないと、問題を起こしてしまったと思ったのかもしれません」
「……なるほど。で、どう答えた?」
「一応、分かりましたと。ですがその後、私が修理したことにして欲しいとまで言われました」
「どうしたんだ、それで?」
「いやぁ、さすがにそれは不自然でしょうと答えました。もし私が壊れた魔道具を直せるなら、今まで壊れた魔道具を放っておくわけがないと」
「確かにそうだな。壊れた魔道具を直せるなら普通は直すよな。オルドが修理したとするには説明としては不自然だ」とギルベルトは頷いた。
「すると、坊ちゃんが“どこかの修理士に直してもらったことにしよう!”と提案されたのです」
ギルベルトは苦笑した。
「はは……二歳児の発想とは思えんな。とんでもなく頭が回る」
セレナも同様に苦笑した。
「それにしてもどうしましょう。イリスは剣と魔法の天才と言われているけど彼女に続いて……今度はレオンが魔道具の天才なの?二人共に凄いわ」
オルドは深く頭を下げた。
「ですので、この件はお二人には秘密であったことにしていただければと。今後また修理されることもあるかもしれません。その時は“謎の魔道具修理士”が直したことに」
ギルベルトはしばらく考え込み、やがて静かに頷いた。
「……分かった。助かるしな。屋敷が明るくなるのはありがたいことだ」
「ええ。それに、いつか話せる日が来るでしょう。そうね、五歳くらいになったら、実は全部知ってたって言えばいいのよ」とセレナも同意した。
「それは助かります。レオン坊ちゃんに嘘つきとか言われたら私もショックですからね」とオルドは胸をなでおろした。
こうして、レオンの“修理の才能”は屋敷の中で密かに共有され、
公式には存在しない“謎の魔道具修理士”が誕生した――。
だが、その小さな嘘が、後に領地を、そして王国全体を動かすとはこの時まだ誰も知らなかった。




