第59話「王女を救った?」
#第59話「王女を救った?」
国王エドワードと王妃カタリーナはオルドに対して感謝した。オルドは意味も分からず、おろおろするしかなかった。
ただの料理人が国王と王妃と同じ空間にいるわけでもおかしいのだ。更に感謝されるとか理解不能だった。
その様子を見たエドワードは軽く笑みを浮かべ、静かに口を開いた。
「そうだな。理由も分からず感謝されても意味が分からないだろう。それについて説明するとしよう」
「昨夜のことだ、私たちがここでお前達からヴァルドリック領に関する報告を受けていたころ――王城内で事件があったんだ」
「事件とは? 何かあったのですか?」とギルベルトが聞き返す。
「なんと、レオンが私たちの娘ソフィアの寝室に忍び込んだのだ」
「……は?」
ギルベルトとセレナは固まった。理解が追いつかない。頭の中が真っ白になり、言葉が出ない。いくら三歳とは言え重罪とも言えるかもしれない。
「そ、そんな馬鹿な……」
「驚くだろう? 衛兵もびっくりして切り捨てようとしたそうだ」
エドワードは苦笑しながら言ったが、ギルベルト夫妻の顔はみるみる青ざめていく。
「……ま、待ってください。レオンが、そんな……! でも、朝は普通にしていましたよ」
セレナが震える声で呟いた。
確かに今朝のレオンは、いつも通り朝食を取り、笑顔であいさつしていた。そんな事件を起こしたようには到底見えない。
エドワードは頷き、そして静かに続けた。
「そうだよな。おかしいよな。普通に考えてあり得ない行動だ」
「だが――その行動によって、ソフィアの命が救われたのだ」
「……は?」
またも意味が分からず、三人はぽかんとした。
ギルベルトもセレナも、オルドも、ただ顔を見合わせる。
宮廷魔道具師エレンも、何を言っているのか理解できていなかった。
エドワードが言葉を継ぐ。
「そういえば、オルドは知らないはずだな。もう1つの前提条件の話をしよう。実はソフィアの魔力量はSランクなのだ」
オルドが思わず声を上げた。
「Sランク? あの伝説の? 天才とは言われますが……」
「ああ。九割は若くして命を落とすとされる。例外は数えるほどしかいない。おそらく、今の時点で生きているのはソフィアだけだろう」
その言葉に重い沈黙が流れた。常識的に考えればソフィアも若くして亡くなる可能性が高いのだ。
そして、その雰囲気の中でエドワードは続けた。
「レオンは昨夜、自分のことがバレるとまずいと思ったのか変装し、“ライゼンの弟子レイゼン”と名乗ってソフィアのもとを訪れた。そして――魔道具を渡したのだ。その魔道具がソフィアの命を救った」
「ま、魔道具を? それで命を救った?」とギルベルト。ギルベルトには意味が分からない。それは当然だろう。
一方でオルドも不思議には感じた。
「いやでも、それはおかしい。坊ちゃんは魔道具の修理や試作、開発などはしていますが、医療用魔道具の開発など聞いたことは……」
オルドが途中で言葉を切り、はっとした。
「……あ、でももしかして!」
「レオン坊ちゃんは“魔石に魔力を充填する魔力充填魔道具”を開発しています。それをイリスお嬢様が使ったところ、体調が改善したと聞いています。もしかして、それと同じ仕組みのものを王女様に……?」
そこでエドワードが微笑を浮かべた。
「ほぅ、もう気が付いたか。やはりレオンの近くにいて魔道具の助言をしているだけあるな。その通りだ」
でもそこで宮廷魔道具師のエレンが身を乗り出した。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「魔石に魔力を充填する魔力充填魔道具って、伝説級の代物ですよ! それを開発!? 本当に? どんな構造で――」
「エレン、質問は後でと言っただろう」
エドワードの一言で、エレンの動きがぴたりと止まった。
「……は、はい」
エレンは口を閉じたが、瞳の奥では興奮が抑えられない。声にならない声を出していた。彼女は宮廷魔道具師ではあるがその本質は魔道具オタクでもある。彼女としては、いてもたってもいられないが王の命令は絶対だ。
そしてエドワードはゆっくりと続けた。
「そうだ。その魔道具によってソフィアの体調が急激に回復した」
「これまでのソフィアは午前中は特に体調が優れずベッドから起き上がることもできなかった。そして、いつも苦しそうにしていた」
「しかし今朝は違った。自ら扉を開け、立って満面の笑みで私たちを迎えたんだ。あの魔道具によるものとしか考えられん。本当にびっくりしたよ。実際に見た私も今でも信じられん思いだ」
「そして、それはここにいる専属医も同意している」
促され、隣にいた医師が話を始めた。
「はい。その魔道具の効果で間違いないと思います。魔力を体から出すことによって体内の魔力を減らす効果があり、更には体に魔力の存在を感知させることで自然と魔力を制御できるようになったのでしょう。脈拍が安定しており体への負担が軽くなっている状況です。おそらくは、それで元気になったのでしょう」
「そして、今のところ副作用も確認されておりません。あの魔道具は……伝説の魔道具であるだけでなく、医療革命を起こす奇跡の魔道具とも言えます」
医師の声は震えていた。やはり自分では救えない命だと絶望していたのだ。
「正直に申し上げれば、ソフィア様は危険な状況でした。次の発作があれば危ないと思っておりました。だからあと半年も生きられれば幸運とさえ考えておりました」
そして、やや涙声になりながらも続けた。
「ですが……この様子なら長く生きられる可能性が高い。そう言えるほどの驚くべき変化です。もちろん経過観察は必須ではありますが」
エドワードの声には、再び感謝の色が滲んでいた。
「専属医の説明で伝わったかな? そういうわけで、レオンは王女の命を救った可能性があるのだ」
「だからギルベルト、セレナ、そしてオルド。本当に感謝している。ありがとう」
そう言ってエドワードは再びカタリーナと共に頭を下げた。本来は王家の人間が頭を下げるなんてことはあってはならない。
もちろん、それはこの場だけだ。今だけは王家とは関係ない父と母としての姿がそこにはあった。
ギルベルト、セレナ、オルド、そしてエレンはようやく状況を理解した。
レオンがSランクの魔力を持つとされるソフィアの命を救った可能性がある。
王女を救ったことも大きな話ではあるが、更には王国の歴史を変えるかもしれない医療革命とも言える大きな出来事だ。
そしてエドワードは静かに続けた。
「だからこそ、レオンにはいくつか確認すべきことがある……」




