第56話「秘密の理由」
#第56話「秘密の理由」
王女ソフィアの長い“愛の独演会”――悲劇のヒロインから一転、恋に落ちたチョロインまでの物語はようやく幕を閉じたかと思えた。
王妃カタリーナは娘の熱を冷ますように、巧みに「勉強して成長することの大切さ」を説き、見事そのやや危険な思考を“努力”へと誘導していった。
さすが母親だ、娘の思考をよく理解している。そして人生の大先輩であり王妃でもあった。やや申し訳ないと思いつつも、その恋心をうまく利用した。
思惑通りソフィアは“十歳までに立派な女性になる”と決意。カタリーナは内心で安堵した。まんまと作戦が成功した瞬間である。
しかしソフィアは、ふと首をかしげて問いかけた。
「でも……どうしてレオンは変装し、レイゼンという偽名まで使って私を助けに来たのでしょう? そんなことをする必要はなかったのでは? そのまま魔道具を私に渡してくれたらそれで良かったのでは?」
その質問に、カタリーナは少し表情を引き締めた。
「いい質問ですね。では今回だけは答えを教えましょう。ですが、これからは自分で考える癖をつけること。成長とは“考える力”を磨くことでもあります」
「はい。分かりました。では今回の正解は何でしょう?」
「……レオンは自分で考え、自分で自分を守るためにそうしたのでしょう。私たちが思っている以上に頭が良いのかもしれません」
「自分で身を守るために秘密に? どういうことでしょう」
ソフィアは目を丸くし再び質問した。その意味がさっぱり分からないからだ。
カタリーナは少し厳しい目をしてソフィアに回答した。
「先ほども話した通り、現在の王国では二つの公爵家が魔道具生産で力を伸ばしています。それは知っているでしょう?」
「はい。彼らの魔道具は王国を支えているとまで言われています」
ソフィアも全く勉強をしていないわけではなかった。体調が悪いことも多いがその中で努力を続けていた。だから三歳という年齢にも関わらず王国についての知識はそれなりに持っていた。
当然、王国の中心となる公爵家二家についても知っている。
「では、そこに突然、辺境の地から“天才魔道具師”が現れたらどうなるでしょう?新しい魔道具を発表するかもしれませんね。そこで何が起きるでしょう?」
「そうなると……公爵家の立場が危うくなりそうです」
「そうです。そして、公爵家の地位を守るためにレオンを“排除しようとする者”が現れるかもしれません。場合によっては――暗殺すらあり得ます」
「そんな……」
ソフィアは息を呑んだ。
「だからこそ、彼は偽名を使い、変装して行動したのでしょう。自分の才能を知られれば命が危うい。そう、あの子はそれほどの危険を背負って行動しているのです」
まあ本当はかなりあてずっぽうである。しかしながらせっかくソフィアがやる気になっているのだ。多少の推測で話をして持ち上げてあげてもいいだろうと判断した。
そして、カタリーナは更に厳しい目で娘を見つめた。
「だから、この件は私たちだけの秘密です。近しい人には最低限の説明をする必要はありますが、それ以外には絶対に話を出してはいけません」
「はい……分かりました。レオンを守るためですね。最初から秘密にするつもりでした。大丈夫です」
「そうです。でも、あなたは本当に分かっていますか? 対外的にレオンと親しくすることも許されませんよ」
「えっ、何故ですか?」
「先ほども説明しましたよね。世間一般的には辺境伯家はすでに婚約者レースから外れているのです。そんな辺境伯家の息子と親しくすれば、周囲は“何か裏がある”と勘繰るでしょう。あの手この手で調べが入る可能性があります」
「……そんな」
まだ三歳である。そこまでの思考が及ばないのは仕方がないところだ。そこでカタリーナはソフィアにも分かるように説明していった。
現実問題として現時点でソフィアがレオンと仲良くなりすぎるのは本当に問題なのだ。どうしてもレオンに疑いの目が向いてしまう。
それは王家も同じだ。何で辺境伯の息子を選ぶのだと疑われるだろう。王家の国内での信用が揺らいでしまう可能性もある。それは避けなければいけない。まあこの辺りは大人の事情でもあるのだが。
「もちろん、完全に会えなくするつもりはありません。たまには二人きりで会う時間を作りましょう。ただし、人前では距離を取るように。例えば、今度の合同魔力測定などでは、普通の知り合い程度という態度でレオンに接しなさい。必要以上に親しくすることは許されません。当然のことながら恋愛感情を表に出してはいけません」
「わかりました……」
ソフィアは俯きながらも、どこか不満そうだった。それはそうだろう。みんなに好きな人との仲の良いところを見せつけたいお年頃である。
「では、公爵家の二家に王家から釘を刺してはどうなのでしょう? 『レオンに手を出すな』といった話をしては?」
「絶対に駄目ですね。まだまだあなたは考えが浅いです。そんなことをすれば逆に怪しまれますよ。自分から秘密をばらすような行為です」
「また、暗躍するのは公爵家だけとは限りません。公爵家に近い貴族、そして我が国を陥れたい他国の人間が動く可能性すらもあります。その全てを予測し対応するのは実質的に不可能です。それならばぎりぎりまで秘密を保持する方がいいでしょう。それがレオンのためなのです」
「分かりました……」
ソフィアはカタリーナと話をすることで自分の考えが浅いことを思い知った。自分勝手な思い込みで動いてはレオンに迷惑がかかりそうだ。勉強がまだまだ足りない。今後は精進する必要があると感じた。
カタリーナは更に続けた。
「また……これも肝心なことですがレオンは自分の親でさえも自分が魔道具を開発できることを秘密にしているようです。なので変装してレイゼンという偽名まで使ったのでしょうね」
「えっ、レオンは親にも秘密にしているのですか! それなのに私のために、ばれる危険を犯してまであのような行動に……やはり私は彼の気持ちに答えないといけない」
また少し危険モードに入りそうなソフィアだった。レオンへの信頼はもう天井にも届きそうだ。
娘の状況が再びやばくなったと感じたカタリーナはすぐに話を戻した。
「だから、あなたはすでに架空の人物レイゼンがレオンであることを知っていますが……それさえも知らないふりをする必要があるでしょう。そうしないと彼の設定が崩れてしまう。そしてもう来なくなるかもしれません」
それを聞いて再びソフィアは納得した。
「そう……ですよね。それは確かにそう感じました。私はずっと騙されていることにします。レオンを助けるためですから、それぐらいのことはします」
カタリーナは本当に大丈夫かなと心配しながらも続けた。
「気を引き締めなさい。あなたが今、考えている以上に騙されているふりは本当に難しいことですよ。でも、ソフィアがやると言うならば私達も協力しましょう。彼が魔道具を開発できるということを私達、大人も知らないふりをします。そうすれば対外的にばれにくい」
「そして、どうしても対外的に新たな魔道具関連の秘密を公表する必要が出てきた時には、レオンが言うようにライゼンという男が魔道具を作ったことにすればいいでしょう。そうすれば更に時間を稼ぐことができます」
ソフィアはそこまでの話を聞いて納得した。自分だけでなくみんなでレオンを守るのだ。自分だけが大変なわけではない。
「なるほど、さすがレオンですね。彼は偽名や変装を使うことによって、二重三重に秘密を守る仕組みをすでに考えていたということですね」
「そうかも……しれませんね」
カタリーナとしては……本当はレオンがそこまで考えているとは思えなかった。偽名や変装の方の設定が、がばがばだったからだ。
しかしこれまでの話の流れからして頷くしかなかった。娘の思い込みの深さは困ったものである。ひやひやする。
そしてその後はレオンを守る件などについて更に詳細な話を進めた。




