第51話「王女の秘密」
#第51話「王女の秘密」
王城の朝は静かで、空気はひんやりと澄んでいた。だが、エドワード王とカタリーナ王妃の胸中は決して穏やかではなかった。
――ソフィアの容態が回復した?
専属医の言葉がまだ耳の奥に残っている。
今までどんな薬もどんな治療も、そして様々な宗教や儀式なども全く効果がなかったのだ。
娘ソフィアは魔力過多によって常に脈拍が高く心臓などに過大な負担をかけている。治療法はない――そして近いうちに命を落とす可能性が高い、そう多くの医師から説明を受けていた。
しかし、そのソフィアが今朝になって急に「体調がいい」と言い出したのだというのだ。
しかも専属医によると現実に脈拍も安定していると言う。やや高めではあるがほぼ正常値とのこと。
喜びと共に恐怖と疑念もあった。
「原因が分からない回復」も不気味ではあるのだ。
そして専属医が口にした“腕輪と指輪”という言葉が、二人の心に引っかかっていた。
鍵はその“腕輪と指輪”であるのは間違いないだろう。しかしソフィアは何故、専属医にさえもそれを秘密にしている?何が理由で言いたがらないのだ?
いろいろと意味が分からなかった。とにかく本人に聞き出すしかない。そう判断し歩みを進めた。
エドワードは先頭に立ち、カタリーナ、専属医を伴ってソフィアの部屋へと向かった。落ち着かなければという気持ちもあるがどうしても早足になっていく。
そして、とうとうソフィアの部屋の前に着いた。重い沈黙が続く中、扉の前で深く息を吸い込み――ノックした。
「ソフィア、私だ。入ってもいいか?」
エドワードは自分の声が震えているのを自覚した。
しかし、それとは対照的に中から明るい声が返ってきた。
「はい、今開けます!」
――「今開けます」だと?
エドワードは一瞬、聞き間違いかと思った。しかしその次の瞬間、ドアノブの動くガチャリという音が聞こえ、扉がゆっくりと開いた。
そして、そこに立っていたのは――紛れもなくソフィアだった。
「……ソフィア?」
普段のソフィアと言えば……午前中は特に体調が良くない。いつもならベッドに横たわり、付き添いの侍女が世話をしているはずだ。そして苦しそうにしていることが多いのだ。
しかし、その娘ソフィアが今は目の前にいる。なんと自らの足で立ち微笑んでいる。
その顔色は驚くほどに良く、頬にも血色が戻っているように見える。
エドワードは歓喜で思わず抱きつきそうになったが、今はそれどころではない。話を聞かなければいけない。
カタリーナは思わず手を口に当てた。そこにはわずかに涙もこぼれていた。
「嘘……こんなに元気に……」
エドワードは胸の奥からこみ上げるものを抑え、努めて冷静に声をかけた。
「無理をしてはいけない。まずは座りなさい」
「はい、分かりました。でも立っていても平気ですよ。今日は起きてから凄く体調が良くて、ずっと立っていたいぐらいなんです」
そう元気に言いながらもソフィアは素直に頷き、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
エドワードもその正面に座り、目を細めて娘を見つめた。
「専属医から、体調が回復していると聞いた。本当か?」
「はい。おそらくこれまでで一番、体調がいいと思います。凄く体が軽いんです。まるで自分の体ではないような、信じられない気分です」
その言葉に、エドワードの胸がざわついた。
そんなことは、自然に起こるはずがない。間違いなく、原因は専属医が言っていた腕輪と指輪だろう。それを聞き出さなければいけない。
「……何か、あったのか?」
「えっ?」
「専属医の話によると、腕輪と指輪が関係しているのではないかと聞いている。それは何だ? 誰からもらった?」
ソフィアは一瞬、視線をそらした。そしてちらりと専属医を睨むように見つめた。
――ばらしたのね。
ソフィアは何も語らなかったが、その目が全てを物語っていた。
その表情で、エドワードは確信した。やはりその腕輪と指輪こそが、体調が激変した原因に違いない。
「ソフィア、答えなさい」
「……言いたくありません」
「しかしだな!」
「……」
エドワードはつい声を荒げてしまった。体調が良くなった娘。本当は喜ぶべき話なのだ。でも、ソフィアは理由は分からないが言うことを聞いてくれない。理由を語ってくれない。理解ができなかった。
「あなた、落ち着きなさい。それではソフィアが意固地になるだけです」カタリーナはエドワードを諫めた。そして静かにソフィアに語りかけた。
「ソフィア。あなたの気持ちはよく分かります。でも、あなたの体調が良くなった原因が分かれば、たくさんの人を救うことができるかもしれません」
「お母様……」
「あなたなら王族の務めは分かりますよね。民を救ってこその王族です」
ソフィアは下を向きしばらく沈黙した後、小さく息を吐き顔を上げた。
「……分かりました。その代わり、絶対に秘密にしてくれますか? それを約束してくれなくては、言うことはできません」
「分かった。ここにいる者だけの秘密にしよう」
エドワードはそう答えた。当然のことながら、王として簡単に約束をするなどあってはならない。
だが、今だけは父としての顔が勝っていた。どうしても言いたくない事情があるのだろう。ならばその言葉ぐらいは聞き入れてやりたい。
そうしてソフィアは昨日の夜にあった出来事について語り始めた。
それは、そこにいる誰もが信じられない話であった。




