第14話「雷光の剣聖、再び燃ゆ」
#第14話「雷光の剣聖、再び燃ゆ」
(話は主人公のいる王国に戻ります)
ライゼン・アルトリウスは思わず眉をひそめた。
主人であるレオンが剣を教えて欲しいと言う。
まさか、また自分に剣を教えてほしいなどと頼んでくる者がいるとは――それも、まだ三歳にも満たぬ子どもが、だ。
「剣を教えてほしい?」
「うん!」と笑う坊ちゃん。
――レオン・ヴァルドリック。
その無邪気な笑顔に、ライゼンは少しだけ言葉を失った。
(……まさか、本気で言っているのか?さすがに自分が剣聖と言ってしまったのはまずかったか?夢見る年頃だよな)
剣は遊びではない。訓練次第では命を奪うことにもなる。
幼子が触れていいものではない。だが、その瞳の奥に宿る真剣さに軽く断ることもできなかった。
「そうだな……じゃあ、まずは走ることから。剣を振るには体力がいる。一日三十分だ。できるかい?」
(どうせ走ることも続かない。五分もすればその日のうちに飽きて終わりだろう。子どもってのは、そんなもんだ。今は、この子にまだ剣は早い。せめて五歳になってからだな)
そう思っていた――その日までは。
ある日、レオンに仕えているオルドが言った。
「坊ちゃん、あなたとの約束をまもるために毎朝、早起きして私と一緒に走っておられますよ。三十分どころか、おそらくそれ以上ですわ」
「……は?」
ライゼンは耳を疑った。あれからどれぐらいの時が経っただろうか?一日か二日ぐらい数分走れば御の字だと思っていた。そしてすでにランニングは続かず辞めていると思っていた。
そこで確認のため、ライゼン自身も朝早起きして様子を見に行くことにした。
すると、大きな屋敷の外周を回るように走る小さな影が見えた。オルドがゆっくり歩んでいる。その後ろで汗を光らせながら、短い足を懸命に動かしている。
息は荒いが、止まらない。ふらついても、すぐに立て直して前へ進む。
その姿に、ライゼンは言葉を失った。
(……二歳の子どもが、こんなにも……!?)
オルドに話を聞くと驚くべき答えが返ってきた。
「前に言った通りですわ。坊ちゃんは、あなたとの約束を守るために毎日早起きして走っています。それも天気の悪い日も、体調の悪い日でも必ず走られます。私が止めても駄目ですね。それが当然、最低限だと言うかのように……習慣として当たり前にこなしていますわ」
当たり前――その言葉が、胸に刺さった。
自分は裏切りに傷つき、剣を捨てた。更に人に騙されてやさぐれた。努力などとうに忘れた。
だがこの幼子はその努力を「当たり前」として続けている。本来ならば大人の自分が努力の大切さを教えるべきなのにこれでは逆だ。
オルドが更に言った。
「ライゼン、良かったら昼過ぎにも屋敷に来てみてください。あの方の凄さは走るだけじゃありません」
昼過ぎ。
案内された部屋は、どうやら領主家の私室だった。たくさんの魔道具が置かれている。
(……まさか、あのレオン坊ちゃんが当主の息子だったのか!?)
今さらながらに冷や汗がにじむ。失礼なことを言ったのではとこれまでの記憶が蘇る。
そして、扉を開けた瞬間――息を呑んだ。
そこには、魔道具に真剣に向き合う一人の少年がいた。
まだ二歳のはずなのに、その背中には大人の職人にも似た静けさがあった。
細い指で魔道具の回路をなぞっている。そして魔道具ペンなるものを使って器用に途切れた線を修正しているらしい。
見ただけですぐに分かった。その集中力は異常なほどだ。剣と魔道具、道は全く違うがそこには達人とも思える姿があった。
レオンが何をするわけでもなかったがライゼンは圧倒された。その真剣な姿に見惚れてしまった。おそらくは毎日、当たり前のようにこうやって魔道具に向き合ってきたのだろう。
どれほど時間が経っただろうか。
鐘の音が鳴り、ようやくレオンが顔を上げた。
「あ、ライゼン来てたんだ。ごめん、ごめん、全然気づかなかった。申し訳ない」
自然にそう言って笑う顔。
そこにあるのは、天才の自覚でも誇りでもない。
ただ「やるべきことを当たり前にやっている」だけの穏やかさ。
ライゼンは震えた。
(……この子は、何者なんだ?)
雷に打たれたようだった。
二歳の子どもが、自分の全てを懸けて魔道具に向き合っている。日々、当たり前に努力を積み上げている。高みを目指している。
それに比べて自分はどうだ。メンバーに見捨てられたぐらいで裏切られたと嘆き、剣を置き、やさぐれて誇りを捨て努力も何もしていない。
(……俺は馬鹿だ。これまで何をやっていたんだ)
気がつけば、ライゼンは膝をついていた。レオンの前で頭を下げた。
「レオン坊ちゃん……私は、恩返しとしてあなたに一生仕えさせていただきます。これからも宜しくお願いします」
少年はきょとんとした顔をした。
「え? 前もそんなことを言っていたね。ライゼンはおおげさだよ。もっと普通にしてていいよ」
ライゼンは微笑んだ。
「いや……坊ちゃんのおかげで大切なことを思い出したんです。私は変わります。剣聖だったころの自分に戻ります。そして更に高みを目指します」
雷光の剣聖、ライゼン・アルトリウス。
かつて誇りを失い、剣を捨てた男は――この日、再び心に炎を取り戻した。
(俺は、もう一度剣を握ろう。この子を守るために。そしてあのときの自分の誇りを取り戻すために。もう一度高みを目指し剣の道を究めよう。この方に救っていただいたのは運命だ。この幸運に感謝し誠心誠意尽くそう)
ライゼンはレオンに対して二度目の忠誠を誓った。しかし今度は本気の心からの誓いだ。
そして、その瞬間雷光は再び――燃え上がったのだった。
まあライゼンの勘違いの部分も大きいかもしれない。しかし得てして歴史は勘違いから大きく動くものである。




