第147話「ミアとの会話」
#第147話「ミアとの会話」
王都を出てヴァルドリック辺境伯領へ向かう道中、馬車の中でレオンはミアの近くにまで移動した。
ナイラから「王都の情報に詳しい」と聞いた瞬間から、興味が止まらなかったのだ。
王都について詳しくないレオンにとっては神様とも言える存在であった。
「ねえねえ、ミアさん。王都について詳しいんだよね? いろいろ教えてほしい!」
「王都について……ですか? ええ、もちろん……いいですよ。私に分かることでしたら何でも」
少し間を置いて、ミアは頷いた。そのやり取りを聞いていたイリスも興味を示した。
「私も聞きたい! 今回はあまり見て回れなかったし」
王都での滞在は濃かったが、王都自体を楽しんだとは言い難い。やはり観光とは程遠い日々だったのだ。
特にレオンとライゼンのやらかしが大きかった。その後はできるだけ問題を起こさないようにと公園周りにしか移動しなかった。
あとから考えると、せっかく王都に来たのにちょっともったいない話。
そうしてレオンはミアに聞いた。
「王都で楽しい場所ってどこがあるかな?」
無邪気な質問に、ミアは一瞬言葉に詰まった。
ミアが“王都に詳しい”と言っても裏の話だけだ。楽しいと言えば賭博場か?いや子供にそれを教えるわけにはいかない。
それ以外に詳しいとは言っても、裏情報を扱うお店、裏の集会場、貴族の密会場所、裏取引の商館など……。
全て子供に話せるような内容ではない。王都で楽しい場所、と言われても困るのだ。
一方でレオンは、ミアが裏組織の人間であることも、ナイラがシャドウズのトップであることも知らない。
ただ純粋に“王都に詳しい人”として認識し話しかけているだけだった。
押し黙ったミアに、レオンはすぐに別の質問を投げた。
「すぐ思いつく場所が特にないなら……料理がおいしいお店とかはどう?」
「ああ、それなら」
それならばミアでも答えられる。肉料理が有名な店。焼き立てのパンが評判の店。甘い菓子が絶品の店などなど。
ミアは表向きの店の情報をいくつか挙げた。
レオンの目がきらきらと輝いた。食いしん坊のレオンとしてはたまらない話だった。
「へぇー! いろいろなお店があるんだ。次は絶対行こう! さすがミアさん、凄い情報をありがとう!」
「今度来る時は絶対ね!」
イリスもレオンの言葉に頷いた。さらにレオンはエレンやエリシアにも話を振る。
「次に王都に来る時には、エレンさんやエリシアさんも一緒においしいものを食べに行こうよ!」
そこで真っ先に反応したのはライゼンだった。
「私には誘ってくれないのですかい?」
「ライゼンと一緒に行くと迷子になるからな」
レオンの即答だった。
その言葉には馬車の中に笑いが広がった。確かに今回の王都訪問の問題の一つはレオンとライゼンの迷子なのだ。
ライゼンは肩をすくめた。
「これは一本取られましたな」
和やかな空気が流れた。
そしてレオンは、思い出したように続けた。
「そうそう、この前はライゼンと王都を歩いたけど、二人とも方向音痴で迷子になっちゃってさ。だから今度はミアさんが王都を案内してよ!」
「……了解しました」
ミアは微笑んだ。理由は何でもいい。王都に戻れる口実ができるのは悪くない。ナイラにも会える。
そして、ここでミアは探るための質問を投げた。
「もしかして……その迷子の最中に、姉御を見つけたのですか? そして助けたんですか?」
そう、ミアにはゴミ箱に隠れていたナイラをなぜレオンとライゼンが見つけたのか?そしてなぜ助けたのか?その秘密を探る仕事もあるのだ。
もしかしたらレオンが回答をためらうかもしれないと思いつつも反応を待った。
しかし、レオンはあっさりと頷き即答した。
「そうだよ! ライゼンは剣は凄いからあの三人組も軽くやっけたけど、方向音痴で王都ではろくに役に立たないんだ。今度はミアさんよろしく。この通りです、お願いします!」
レオンは元気よく手を合わせて頼み込んだ。
その様子に、ミアは一瞬だけ言葉を失った。
貴族子息とその付き人が迷子になって、誰も立ち寄らないような危険な場所に迷い込むなんてことがありえるのか?そして危険なのに、見ず知らずの人間を助けるなんて有り得るのか?
話としては不自然すぎる。
しかし……どう見てもレオンが嘘をついているようには見えない。即答だったし、そこに迷いなどは見えなかった。むしろ、あまりにも素直な姿に見えた。
その後、レオンはミアに次々に質問を投げた。
王都の祭りはあるのか?
夜市とかもあるのか?
その他イベントなどは?
ミアは戸惑いながらも分かる範囲で答え続けた。
思えば、こんなふうに無邪気に話しかけられたことはこれまでほとんどない。組織の中では、会話は仕事のためのもの。心を開く相手はナイラだけだ。
それ以外の人間との会話は常に警戒心が先にあった。組織内ではやっかみも多い。ナイラがミアを特別扱いしていると考えているものも多かった。ミアにとっては人との対話とは常に神経をすり減らすものだったのだ。
ミアは知らず知らずのうちにペースを乱されていた。そして、何も考えなくてもいいレオンとの会話を楽しんでいた。
そして、その自分の気持ちを自覚するとともに罪悪感も生まれていた。自分は探るためにここにいるのだ。
(……私は、何をしているのだろうな。こんな素直な子供に対して疑いの目を向けている)
そうして馬車は静かに領地へと向かって進んでいった。
ミアの胸の中には、小さな揺らぎが生まれていた。そしてその揺らぎは知らず知らずのうちに少しずつ広がっていた。
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