第133話「剣の天才」
#第133話「剣の天才」
レオンの姉イリスの魔法を目の当たりにし、その場にいたほぼ全員が感動していた。それは新入生だけではない。在校生も学園の講師も学長も来賓の人々も同じであった。
だが、入学式の余興は、まだ終わっていない。
次は剣の実技に移った。
すでに平民代表の少年が、剣技用の壇上に上がっている。対戦相手はもちろんイリスだ。
本来この剣技披露は、新入生の初々しい実演を見せた後、在校生同士が手本を示すという流れになっている。
つまり――上級生の威厳を見せつける場でもあった。剣技において一年の差は大きい。在校生の剣技は新入生と比べたら圧倒的なのだ。
それはさておき最初に壇上に立っていた平民代表は、イリスの登場を待っていた。
やがて魔法の実演を終えたイリスが、軽めの防具を身に着け木刀を手にして壇上へ上がった。
これは半ば茶番のはずだった。
平民代表には「そこそこ善戦し、最後は負けるように」と学長らから伝えられている。
不本意ではあるが入学式で平民が目立っても意味がない。そして学園から睨まれるのも問題だ。だからこそ仕方なしに、その申し出に同意した。
そして剣によるイリスと平民の対戦が始まった。
「では始め!」
掛け声と同時に、平民代表が踏み込んだ。
(貴族の令嬢の実力などたかが知れている。本気を出せば一方的に勝ってしまうだろう。うまく手加減せねば)
平民はそう考え手加減しながら軽く追い詰めるつもりだった。そして、そこからの逆転負けを想定していた。
だが……その思惑とは全く違う結果だった。全くもって勝手が違う。
追い詰めるどころか、相手のイリスは中央からほとんど動いていない。すべてがうまくいかない。突き出した剣は空を切り、斬撃は軽く受け流され、体勢を崩された。
相手を追い詰めるどころか逆に自分の方が隙だらけだ。いつ一本を取られてもおかしくない、まるで稽古を付けられているような状況だった。
(……これはまるで師匠と戦っているみたいだ。剣が相手に当たるイメージが全く湧かない)
嫌な汗がにじんだ。
これはまずい、手加減をしている場合ではないと徐々に出力を上げていった。だが結果は全く変わらない。
そして――イリスがしびれを切らした。手加減をしているのを見透かされていたのだ。
「あなたは何をしているのですか? 本気を出しなさい!」
「ぐっ!」
イリスの一喝が飛んだ。その言葉に、平民代表の少年は頭に血が上がり目の色が変わった。
本気を出せと言われたのだ。それは指示でもある。ならば出すしかないだろう。目にものを見せてやる。とことんやってやろうじゃないか。
その平民の姿を見た学長が顔色を変えた。
(まずい……本気を出したらイリスさんが危険だ)
だが、もう遅い。平民代表は力の限りを振り絞った。速度、踏み込み、そして突き出した剣の重さは先ほどまでとは明らかに違う。更に鋭い流れるような連続技も繰り出した。
その剣技に会場からどよめきが起きた。新入生とは思えない、すさまじい動きだったからだ。
だが……それでも全く届かなかった。まるで当たるとは思えない状況。
スピードが上がり、威力は増し、繰り出す剣の数は増えたものの、結果は全く同じだったのだ。
やはりイリスは中央からほとんど動いていない。その状況に平民は唖然とした。
もう駄目だ。見えている景色が全く違う。実力があまりにも違い過ぎる。
続けているうちに平民もそれを理解した。絶対に勝てっこない。その状況でとうとう心が折れそうになった。
しかし、その瞬間に再びイリスが言葉を発した。
「何をやっているの? あなたの本当の実力はそんなものではないでしょう!」
その言葉を聞いた少年は最後の力を振り絞った。
その瞬間、初の身体強化が発動した。今まで感じたことのない力が平民の身体を巡る。
(なんだ……これ……もしかしてこれが師匠の言っていた身体強化というやつか?)
剣が軽い。踏み込みが速い。これならば今度こそ間違いなく勝てる!
そして平民は最後の力を振り絞り、渾身の一撃を放った。
「うぉーーー!」
平民にとって間違いなくそれは最高の一撃だった。これまでに放ったことのないスピードとパワーのすさまじいまでの一撃。
……しかし、それでも届かなかった。
平民にとっての最後の渾身の一撃も余裕をもっていなされた。体勢を崩され、気づけば木刀が喉元に突きつけられていた。
「そこまで!」
勝負あった。新入生同士とは思えない戦いに、会場は大きく盛り上がった。平民代表は膝をつき、荒い息をついている。
イリスは軽く微笑んで語りかけた。
「最後の一撃だけは良かったわよ、精進しなさい」
「分かりました……ありがとうございました」
そうして平民は深々と礼をして剣技の壇上を降りていった。気の毒なまでに疲労困憊の姿であった。しかし平民としては最後の力を出し切ったことですがすがしい気持ちになっていた。そしてイリスを目標に、更に上を目指そうと決意した。
一方のイリスは、軽く息を整え、ことなげに言った。
「はい、では次!」
ざわり、と空気が変わる。
指名されたのはまさかの上級生だった。ここでイリスは勘違いしていた。領の練習場と同じく、勝ち抜き戦だと思っていたのだ。
「えっ、俺?」
上級生は戸惑った。だが呼ばれた以上、壇上に上がらざるを得ない。こうして、イリスは次々と出てくる上級生を軽く打ち破っていった。
これにはレオンも大喜びである。イリスに拍手喝さいを送った。
「さすが姉さん! 凄い!」
本来なら、この年代での一年、二年の差は絶対的だ。経験、筋力、実戦数……どれをとってもイリスが勝てるはずはない。
だが。唯一違うものがあった。イリスが普段、見ている風景が他の者とは違ったのだ。
彼女が常日頃、追い続けているのは――剣聖ライゼンの背中だ。
日々、圧倒的な存在を見て追いつこうとしている者にとって、二年程度の差など誤差にすぎなかった。再び会場は大いに沸いた。
魔法の天才というだけでなく、剣の天才でもあるイリス。その名声が瞬時に広がった。とんでもない若者が出てきたと大騒ぎになった。
大盛り上がり。こうして入学式は大成功と言ってよかった。
そして学生たちは胸を高鳴らせた。
「自分も頑張ればイリスさんのようになれるかもしれない」
「あの凄いイリスさんと話ができるかもしれない」
新入生だけでなく在校生もとんでもない新入生の入学に期待が膨らんでいた。早く会ってみたいという声が多かった。
……だが、その思いは届くことはなかった。
翌日から、イリスの姿は学園にはなかったのだから。イリスはその自らの宣言通り、学園に通うことはなかった。
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