第132話「魔法の天才」
#第132話「魔法の天才」
入学手続きを終えたイリスとエリシアは、その日のうちにレオンとライゼンへ報告した。
「明日はアストラル学園の入学式なんだよ。入学式には行きたくなかったけど、主席としての挨拶があるから行くことにしたんだ」
「へぇ、すごいね姉さん、主席って一番成績が優秀なんだよね!」
レオンが素直に感心した。魔法と剣の天才とは言われているけど、主席になるほどとは思っていなかったからだ。
まあ現実には、その魔力量と辺境伯の令嬢ということで選ばれただけなのだが、それをレオンが知る由もない。
レオンに褒められたイリスが満足げに話を続けた。
「関係者の参加も可能らしいよ。だからレオンとライゼンも来て欲しいな」
「もちろん行く! ライゼンも行くよね!」
レオンの即答だった。ライゼンとしては自分が学園に行くのは場違いだと思ったが、レオンに一緒に行こうと言われて断ることはできない。そしてイリスとエリシアに加えてレオンとライゼンもイリスの入学式に来賓として参加することになった。
こうして翌日――入学式当日を迎えた。
イリスとしては当初は面倒で嫌だったが、レオンが来るということで機嫌が直り、さらには良いところを見せようと張り切っている。
校長、来賓の挨拶が続き、いよいよ主席の挨拶の番となった。
「それでは主席、イリスさんよりご挨拶をいただきます」
壇上に立つイリス。
そしてマニュアル通りの挨拶を淡々と述べた。
「……皆さん、一緒にこの学園で剣に、魔法に、勉学に励んでいきましょう。そして切磋琢磨してより高みを、より上を目指していきましょう」
簡潔で無駄のない締めくくりだった。レオンも「さすが姉さんは凄い」と尊敬のまなざしで見ていた。この場にはいない、父さんと母さんにしっかり報告しようと決めていた。
続いて進行役が声を張った。
「それでは主席のイリスさんに魔法を披露していただきます。皆さんもその魔法を見て、研鑽の糧としてください」
紹介されたイリスは小さく息を吐いた。
「水魔法を使います」
その一言と同時に、空間に水が現れた。ただし、それは単に水を出しただけではなかった。
水は球体となり、宙に浮かんだ。それだけでもこの世の中の魔法使いとしては驚愕だった。講師陣の目が大きく見開かれた。
しかし水魔法で生成された水玉は一つ、二つではない。
十、二十……数十の水玉が、まるで星のように空間を漂っているのだ。そこで更に教師陣が息を呑んだ。
「水魔法で……水玉を作って浮遊? 魔法の常識を覆しているぞ! それにこの数は何なのだ!」
この世の中の水魔法とは生活魔法では水を出すだけ、そして攻撃魔法では水を出して相手にぶつけるだけだった。そこに形を作ろうとか、浮かべようという発想はほとんどない。せいぜいがその量と密度を変える程度。
だが、これはどう見ても従来の水魔法と違う。
精密な魔力制御によって、均一な球体を保ち続けている。そしてそれが複数。完全に常識外れの動きをしていた。
「私達に教えることなど、何もないのでは……?」
「どうしたらこんな精密な制御ができるのか? 逆に私たちが教えを乞うべきなのでは?」
魔法の講師陣の誰かがそう呟いていた。しかし、それだけでは終わらなかった。そして次の瞬間。
水玉が動いた。縦横無尽に。高速で。観客席の間をすり抜けるように、壇上の周囲を駆け巡る。
自分の顔のすぐ横を、水玉が通過していく。ぶつかることもない。
誰もが目を疑った。このような魔法を見たことがなかったのだ。
しかも――。
それは純粋に美しかった。まるで踊る水の精霊。それを操るイリスはまるで女神のようでもあった。
生徒たちは目を輝かせて歓声を上げた。
やがて水玉は一斉に上昇した。
一体何が起きるというのか?誰もが無言で見上げた。
すると水玉は空高く舞い上がるだけでなく、中央で収束した。そして、一つの巨大な水玉となった。会場に静寂が落ちる。
感情は人それぞれだった。次に何が起きるのかという期待するもの、それともあの水が落ちてきたらどうなるのかと恐怖するものなど、その反応は様々だった。
そしてイリスが小さく言う。
「弾けて」
巨大な水玉が破裂した。大量の水が降り注ぐ……はずだった。
避けないと駄目なのではと逃げようとするものもいた。だが何かが違う。
水は霧へと変化し、会場全体へと優しく広がったのだ。細かな水の粒が、まるで祝福するかのように観客の頬に、手に、衣服に触れた。
暑さと熱気でこもっていた空気が、一瞬で涼やかに変わった。
心地よい冷気に誰かが思わず息を吐いた。
そこでイリスは軽く礼をした。
「ありがとうございます。これで私の水魔法は終わります。少しでも涼んでいただけたなら幸いです」
まるで魔法のショーだった。
その凄さに誰も言葉を発せず会場は静まり返っていた。
しかし次の瞬間――地響きのようにどよめきが広がっていった。そして次は歓声となった。
特に生徒は大喜び。自分たちもこんな魔法を使えるようになるのかもしれないと期待した。
一方で教師たちは顔を見合わせた。自分たちは夢でも見ているのかと思うしかなかった。
「絶対に無理だ。今の自分ではあのようなことはできない」
「本当の天才というのはイリス嬢のような人のことを言うのだな」
学長も言葉を失っていた。
昨日、エリシアとイリスが言った言葉が蘇る。
「イリス様こそ、本当の天才です。私は狭い世界で天狗になっていただけにすぎません」というエリシアの言葉。
そして「簡単な水魔法をお見せします」というイリスの言葉。
エリシアの言葉の意味を、今ようやく理解した。しかしイリスの言葉には納得がいかない。
「……本物の天才だ。しかし、これのどこが簡単な水魔法なんだ。この世の中の魔法の常識を、完全に覆しているじゃないか」
思わず、そう呟いた。
そして、あまりにも予想外ではあったがこれで余興は十分だ。入学式に参加した誰もが満足してくれただろうと学長は考えてもいた。
だが、まだ終わりではない。次は剣術の披露に移る。イリスの魔法の余韻が残る中、平民代表の少年が呼び出され、剣技用の壇上にすでに上がっていた。
後世の歴史に残ると言われた入学式は、まだ終わってはいない。
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