第131話「主席入学と波乱の予感」
#第131話「主席入学と波乱の予感」
レオンが王女ソフィアの寝室に忍び込んだ翌日――。
レオンの姉イリスとエリシアは、王都にあるアストラル学園へと向かった。目的は入学手続き。そしてその翌日には入学式が控えている。とは言ってもイリスは入学式に参加するつもりはなかった。
実は、入学手続きの締め切りはとっくに過ぎている。だが主席相当の才能を持つイリスが入学しないのは学園の損失――そう判断され、特例で入学式の前日までぎりぎり期限が延ばされていた。
イリスは魔力量が多く、辺境伯家の娘ということから主席とされていたのだ。本来、主席というものは試験でトップの成績の人間のことを言うが現実には入学する貴族に試験はない。名前だけの主席になる。
一方で平民については厳しい試験があり優秀な人物だけが入学することになる。かつてはエリシア、そしてエレンがこの枠で入学していた。本来は厳しい競争を勝ち抜いてきた平民側から主席を選抜した方がいいのだろうが、さすがに貴族ではない人間を主席とするのはためらわれていたという事情がある。
アストラル学園の門に立つ番兵は、入学手続きを目的とする突然の来訪に首を傾げた。
「入学手続き……?」
番兵が不思議に思うのも無理はない。一般の入学手続きはすでに終わっているのだ。
しかしイリスの名を聞いた瞬間、その態度は一変した。
「イリス様ですね。お待ちしておりました」
すでに門番には連絡が入っていた。二人は丁重に門を通され、学園内へと案内された。
受付で書類を提出し、手続きはこれで全て終わり――かと思いきや。
「学長がお会いになりたいとのことです」
その言葉にイリスは即座に眉をひそめた。
「……聞いてない。面倒くさい!」
「イリス様……さすがに学長の要請を断るのはまずいかと。ご両親からも学園側から何か要請があれば受けるようにと言われていますよね」
エリシアがなだめると、イリスは小さくため息をついた。
「……仕方ないなぁ、もう!」
そうして、イリスとエリシアの二人は事務係に案内され、学長室へ向かった。事務係がノックして扉を開いた。
中年女性の学長が立ち上がり迎えた。そして、まずエリシアに視線を向けた。
「久しぶりですね、エリシアさん」
「お久しぶりです、学長」
学長は感慨深げに微笑んだ。かつては天才と言われたエリシアがまた学園に来てくれたことが素直に嬉しかったのだ。
「魔法の天才と言われたあなたが、イリスさんを連れてくるとは。不思議な縁ですね。やはり天才は天才と惹かれ合うのですか?」
そう問われ、エリシアは静かに首を振った。
「いえ。私などたいしたことはありません。イリス様こそ、本当の天才です。私は狭い世界で天狗になっていただけにすぎません」
その言葉に、学長は目を見開いた。
かつてのエリシアは、誇り高く、他者を寄せ付けない棘のある存在だった。その彼女が、ここまで素直に他者を高く認めるとは。
(相当なのだろう……)
学長は瞬時に理解した。そして会話を続けることにした。
「エリシアさん。あなたは変わりましたね。あの頃のとげとげしさが消えている。卒業してから良い経験をされたのでしょう」
「はい。私はレオン様に救われましたので。性根を入れ替えて頑張っています」
「……レオン様?」
学長は首を傾げた。聞いたことがない名前だ。エリシアが認めるほどの存在ならば聞いたことがあるはずだと自分の記憶を辿った。
もちろんレオンという人物はそれなりにいる。しかしエリシアが認めるほどの人物は思い当たらなかった。
そこにイリスが助け舟を出した。
「レオンは私の弟だよ。この前、四歳になったんだ」
「……は?」
困惑がそのまま表情と言葉に出た。いい大人が四歳の少年に救われ、性根を入れ替えた?
意味が分からない。その意味を確認したいとは考えていた。
しかし今回二人を呼んだのは理由がある、当然、レオンのことは本題ではない。そこで学長は軽く咳払いをして話を続けた。
「さて。明日は入学式です。イリスさんには主席、入学生代表として挨拶をお願いします。最後に簡単な魔法を披露していただきたい」
「えっ、嫌です。入学式は出る予定ないので」
「イリス様、ご両親から言われていますよね」
「えぇ……」
「それにレオンにも良いところを見せることができますよ」
さすがエリシアだ。それほど長くイリスと時間を過ごしたわけではない。でもレオンが絡むと俄然、やる気を出すところだけは見抜いていた。それはエリシア自身もそうだからではあるのだが。
結果としてイリスは少し鼻息を荒くして申し出を受けた。
「分かりました。入学式に出て主席挨拶をします。そして、簡単な水魔法をお見せします」
イリスが急に回答を変えたことで、学長は満足げにうなずいた。
「ありがとうございます。あと、剣の腕前も相当と聞いています。平民代表との模擬戦も予定しています。それもよろしいでしょうか?」
「構いません」
イリスは淡々と答えた。更にレオンに良いところを見せようと考えたのだ。
学長との会話が面倒になってという理由もある。要請を受けたら、早く帰ってレオンと遊びたいという気持ちが勝った。
ちなみに模擬戦については、平民代表には“ほどよく善戦し、最後は負ける”ように言い含めてある。貴族の主席に華を持たせるための演出にすぎない。
それをわざわざ告げる必要はない、と学長は判断していた。下手に告げてへそを曲げられても困るのだ。
そして平民代表はとんでもなく強い。おそらく貴族の子息・令嬢で勝てる相手はいないだろう。そこそこに実力を発揮してもらえば、バレることはないと判断していた。
一連のやり取りを終え、学長は内心で安堵する。
(入学式の手続きに来なかったので困惑しましたがギリギリ間に合いましたね。これならば、明日の入学式は特に問題なく成功することでしょう)
イリスは本来、学園に通う予定はない。それは学長も知っていた。
だが教師陣の魔法の実力を見せつけ、そして平民がそこそこの剣の実力を見せれば、考えが変わるかもしれない――そんな淡い期待もあった。
やがて話は終わり、二人は学園を後にした。
明日は入学式だ。
そして、その式典の場で小さくない波乱が起きることを――この時の学長は、まだ知る由もなかった。
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