第10話「冷蔵庫の修理報告と謎の修理士設定」
#第10話「冷蔵庫の修理報告と謎の修理士設定」
オルドは深く息をついた。
まさか――まさかレオン坊ちゃんが“冷蔵庫”まで直してしまうとは。
照明やコンロを修理するだけでも前代未聞なのだ。魔道具の製造にかかわった自分でも想像も付かないレベル。
それだけでも凄いのだが……冷蔵庫ともなると話はまるで違う。
桁が二つ違う。値段も、その構造の複雑さも何もかも常識の範囲を超えている。
「これは……今回も報告しなきゃな」
そうしてオルドは、今日も執務室の扉をノックした。
「入れ」
ギルベルトの低く落ち着いた声が中から返ってきた。
扉を開けると、当主ギルベルトだけでなくセレナも同席していた。前回同様タイミングとしてはベストだ。
「旦那様、奥様。レオン坊ちゃんの件で、また報告がございます」
「ほう。また魔道具を直してくれたのか? 本当にたいしたものだな。本当は大手を振って褒めたいのだが、まだ"謎の魔道具修理士”がやったことという設定は続いているのだよな?」とギルベルト。
「はい。それもありますが……今回はそれ以外の話がいくつかありまして。順を追ってご説明いたします」
オルドは姿勢を正し、まず一つ目の出来事を話した。
「坊ちゃんは、私と散歩中に道端で倒れていた男を助けました」
「倒れていた男を?」ギルベルトが眉をひそめる。
「はい。今にも死にそうな様子でして……。私は関わらぬ方が良いと申し上げたのですが、レオン坊ちゃんがどうしても放っておけなかったようで」
「……あの子らしいわね。レオンはやさしいのよ」とセレナが小さく笑った。
「それでどうした?」とギルベルトはオルドに質問した。
「食べ物を分け与えたいと。仕方がないので、近くの屋台でパンとスープを買って渡しました。」
「ふむ、それくらいなら構わん。でも、そんな話ならば、わざわざ報告するほどでもないだろう」
「それがですね……レオン坊ちゃんが、その男が礼儀正しいことを見込んで“謎の魔道具修理士”として雇うことを思いつかれたのです」
「……は?」
ギルベルトとセレナが、同時に目を丸くした。
「1ヵ月に1500鉄貨を給金として支払うことをぼっちゃんが提案されまして……魔道具の修理で浮く分を考えれば問題ないので、その手はずになっています」
「なるほど……確かに、1500鉄貨もあれば生活はできそうだな。それで"謎の魔道具修理士"設定の完成か」ギルベルトが腕を組んだ。
「はい。レオン坊ちゃんはそのあたりもきちんと計算されていました。本当に頭が良いですわ」
「二歳児の考えることじゃないわね……」とセレナが苦笑した。
「もちろん、その男には一人で会わないように言い聞かせております。安全は確保しています」
「それならいい。安全確保は最優先にしてくれ。それで報告は以上か?」ギルベルトは軽く頷いた。
「はい。そして、もう一つ――本題がございます。」
「まだ何かあるのか?」
「レオン坊ちゃんが……壊れた冷蔵庫を修理してしまわれました。」
「……何だと!?」
ギルベルトの声が部屋に響く。
セレナも目を見開いた。
「あの冷蔵庫は照明とは比べものにならないぞ。どうやって……?」
「最初はさすがに無理だと思っておりました。しかし坊ちゃんは一か月ほどかけて、地道に回路を修復していったようです。その結果……見事に動きました。それどころか、以前より冷えが安定しています。もしかしたら購入した時点でどこか壊れていたのかもしれません。今や新品以上の性能です」
「……まるで夢のようだな」ギルベルトが額に手を当て呆然として呟いた。
「ええ。本当にとんでもないことでして、それはもう私も唖然としました」
ギルベルトは頭を抱えた。
「確か、あの冷蔵庫は二白金貨(約2000万円相当)ぐらいしたはずだろう?」
「はい。その通りでございます」
「となると、ここ数年買い控えていた魔道具を買えるようになるか?」
「いや、その必要もありません。坊ちゃんが照明やコンロまで修理してくださるので、新しく購入する必要がございません。経費削減はとてつもなく大きいです。いつの間にか財政がプラスに転じていますので」
「……すごいな。今や実質、俺より稼いでいる計算になるんじゃないか?」
オルドが苦笑いを浮かべる。
「はい。この1か月で私の五年分以上の働きでございます。とんでもないことでございます」
「もう笑うしかないわね。でもいいじゃない。イリスは剣と魔法の天才。レオンは魔道具の天才。我がヴァルドリック家は完璧ね」セレナは微笑んだ。
ギルベルトは苦笑しながら肩をすくめた。
「いや……そういう問題じゃない気もするが。まあ、悪いことではない。あとは”謎の魔道具修理士”設定を私たちは忘れてはいけないな。ばれたらへそを曲げるかもしれん。修理してくれなくなったら困る」
「そうね。やはり五歳ぐらいになるまでは騙された振りをそのまま続けましょう。それぐらいになったら大丈夫でしょうから」
こうして、レオンの才能は家族の間で正式に共有されることとなった。そして“謎の魔道具修理士”という虚構もまた、宿屋に実在するという設定で、屋敷の中でも静かに定着していった。
その“謎の魔道具修理士”がまさか隣国で“剣聖”と呼ばれた人物だとはこの時まだ誰も知らなかった。




