9 西の大国ヴァルネシア
深夜。
白亜宮殿最上階。
砂漠の夜風が薄い絹幕を揺らしていた。
豪奢な寝台の横。
女王サフィールはワインを片手に書類を眺めていた。
「……また増えてるの?」
財務報告。
今年度税収。
前年比。
三倍。
意味が分からない。
理由。
簡単である。
レイ。
世界最強の怪物。
あれが全部おかしくした。
古代遺跡。
超危険地帯。
伝説級魔物。
神代金属。
魔獣素材。
普通の国家なら数百年かけても得られない財宝を、レイが数日で持って帰ってくる。
しかも。
「のだっ♡陛下にあげるのだっ♡」
とか言いながら全部献上する。
馬鹿だった。
信じられないほど。
現在。
ザルハディア王国は歴史上あり得ないレベルで豊かだった。
王都には食料が溢れ。
交易路は増え。
宝石市場は世界最大級。
兵士の給金すら周辺国家の数倍。
さらには。
レイが時々山を消し飛ばして新鉱脈を発見する。
意味不明である。
おかげで。
女王サフィールは困っていた。
「……なんでなのかしらねぇ」
本当に。
理解できない。
なにせ。
自分は別に善人ではない。
むしろ真逆だ。
気に入らない貴族は潰す。
邪魔な王族は毒殺。
忠臣でも危険そうなら処刑。
しかも。
別に罪悪感はない。
必要だからやる。
それだけ。
例えば。
三ヶ月前。
王国最強の将軍が処刑された。
理由。
民衆人気が高すぎたから。
しかも。
冤罪。
完全に。
だが。
サフィールは特に気にしていなかった。
「仕方ないじゃない。危なかったもの」
それだけである。
その将軍の部下たちは泣き叫んだ。
民衆も悲しんだ。
だが。
反乱は起きなかった。
なぜなら。
国が豊かだから。
飯がある。
仕事もある。
治安も良い。
さらに。
最近は“世界最強の怪物レイ”が国内をうろついている。
誰も本気で反乱など考えない。
考えたくもない。
山が消えるから。
サフィールは頬杖をついた。
「……退屈」
ふと。
数日前に届いた西方諸国の報告書を思い出す。
西の大国ヴァルネシア。
昔は超大国だった。
だが。
先代の王が戦争狂だった。
領土拡大。
遠征。
大艦隊。
要塞建築。
金を使いまくった。
結果。
国家財政崩壊。
そして。
現在の国王一家がその負債を背負うことになった。
今代国王は比較的まともだった。
贅沢も控え。
民衆救済を優先し。
税制改革までしていた。
王妃も政治にほぼ関わっていない。
なのに。
飢饉。
パン不足。
失業。
そして暴動。
結果。
国王一家、公開処刑。
王妃は。
『浪費家の悪女』
扱い。
意味不明だった。
実際には。
国家を壊したのは先代なのに。
だが。
民衆は“今苦しい”という現実しか見ない。
サフィールは小さく笑った。
「……理不尽よねぇ」
同情ではない。
観察である。
人間は結果でしか判断しない。
もし。
今のザルハディアが貧しかったら。
自分はとっくに“暴君”扱いだっただろう。
忠臣を処刑し。
王族を暗殺し。
贅沢三昧。
普通なら革命案件だ。
だが。
国民は今日も肉を食べている。
市場は賑わい。
商人は儲かり。
兵士は高給。
だから。
「女王陛下万歳!!」
「砂漠の黄金時代だ!!」
「歴代最高の統治者!!」
こうなる。
サフィールは苦笑した。
「……ほんと適当ねぇ」
自分でも分かっている。
善政をしたいわけではない。
ただ。
結果的に金が増え続けているだけ。
しかも。
最大要因。
レイ。
政治参加ゼロ。
現在も。
「ぐごぉ……のだぁ……」
横で爆睡していた。
でかい。
暑い。
しかも寝ながら女王へ抱きついている。
サフィールはレイの頭を軽く叩いた。
「重いのよ」
「むにゃ……のだっ♡」
幸せそうだった。
この男。
本当に何も考えていない。
国家運営も。
政治も。
民衆感情も。
全部どうでもいい。
肉。
昼寝。
女王。
ほぼこれだけで生きている。
なのに。
この怪物がいるだけで国家が繁栄する。
理不尽だった。
サフィールはぼんやり天井を見上げる。
「……もしレイがヴァルネシアにいたら」
たぶん。
全部変わっていた。
飢饉?
巨大魔物狩って終わり。
財政難?
遺跡掘って終わり。
反乱?
レイが立ってるだけで鎮圧。
つまり。
政治能力以前の問題なのだ。
世界最強の暴力。
それが国家の土台を全部吹き飛ばしている。
サフィールは少し考えた。
西の王妃。
悪女扱いされた女。
おそらく本人は、そこまで悪人ではなかった。
少なくとも自分よりは。
だが。
民衆にとっては関係ない。
飢えていれば悪。
豊かなら善。
単純だ。
サフィールはワインを飲み干した。
「……じゃあ私は名君ってこと?」
横を見る。
レイ。
「のだぁ……焼き肉なのだぁ……」
寝言。
女王は吹き出した。
「ふふっ」
そして。
少しだけ楽しそうに笑った。
「……ほんと馬鹿みたいな国」




