7 『割れし尻の哀歌』
王都アズ・ラハム南部。
巨大演習場。
そこでは現在、王国軍による大規模軍事訓練が行われていた。
本来ならば。
勇壮な号令。
規律正しい行軍。
精鋭兵士たちの鍛錬。
そういうものが行われる場所である。
だが。
現実。
「のだぁああああああ♩」
巨大な獣人が泣きながら歌っていた。
「吾輩のお尻だったはずなのだぁああああ♩」
兵士たちは整列していた。
直立不動で。
しかも全員真顔。
「なんで割れたのだぁあああ♩」
レイは演習場中央で膝を抱えていた。
「吾輩の心も割れたのだぁあああああ♩」
超悲しそうだった。
なお意味は誰にも分からない。
そもそも発端からして意味不明である。
三十分前。
レイは王宮で昼寝していた。
その後。
なぜか突然、自分の尻を触り始め。
「のだぁ?」
数秒沈黙。
そして。
「のだぁあああああ!?割れてるのだぁあああ!!」
絶叫。
王宮騒然。
侍女失神。
兵士出動。
完全に国家緊急事態である。
ちなみに。
獣人族は基本的に馬鹿だった。
非常に馬鹿だった。
そしてレイはその中では天才扱いだった。
つまり。
人間族基準では普通にアホである。
レイは今まで、自分の尻が割れていることに深くショックを受けていた。
「なんでなのだぁ……」
演習場の地面へ指で落書きしながらレイは呟く。
「吾輩、昨日まで丸かった気がするのだぁ……」
気のせいである。
昔から割れていた。
兵士たちは困っていた。
誰もどう反応していいか分からない。
しかし。
王国軍は既に学習していた。
レイを刺激してはいけない。
なにせ。
この男。
世界最強。
山を砕き。
竜を殴り。
国家を消し飛ばせる。
なので。
兵士たちは必死に空気を読んだ。
「さ、流石レイ様……」
「え?」
「尻が割れているとは……強者の証……」
「のだぁ?」
兵士長は汗だくだった。
「は、はい!恐らく獣人族特有の神秘かと!」
「神秘なのだぁ?」
「きっとそうです!」
「のだぁ……」
レイはちょっと考えた。
その間、兵士たちは祈っていた。
機嫌を直せ。
頼む。
王都を壊さないでくれ。
すると。
「……神秘なのだぁ?」
「は、はい!」
「……かっこいいのだぁ?」
「めちゃくちゃかっこいいです!!」
数秒沈黙。
そして。
「のだっ♡」
機嫌が直った。
簡単だった。
兵士たちは心の中でガッツポーズした。
だが。
問題はそこからだった。
レイは突然立ち上がると。
「歌うのだぁっ♡」
と言い始めた。
止める暇もなかった。
「のだぁああああああ♩」
歌唱開始。
「吾輩のお尻だったはずなのだぁあああああ♩」
兵士たちは困惑した。
だが。
止められない。
止めたら何が起きるか分からない。
結果。
誰も止めなかった。
しかも。
レイ。
妙に声が良い。
無駄に声量がある。
そして。
超感情を込める。
「なんで割れたのだぁあああ♩」
めちゃくちゃ悲しそう。
夕日まで似合い始めていた。
兵士たちは混乱した。
(なんなんだこれは……)
(意味分からん……)
(でもなんか凄い……)
さらに問題だったのは。
レイが強過ぎることだ。
世界最強が本気で悲しそうに歌う。
それだけで妙な迫力が出る。
「吾輩の心も割れたのだぁああああ♩」
風が吹く。
砂が舞う。
夕日。
巨大な獣人。
意味不明な歌。
なのに。
なぜか神話みたいな空気になっていた。
若い兵士の一人が震えながら呟く。
「……もしかして」
「ん?」
「獣神様の古代の儀式なのでは……?」
周囲がざわついた。
「た、確かに……」
「神獣族の嘆き……」
「割れた尻とは世界の分断を意味しているのでは……?」
完全に考察が始まった。
レイ本人は何も考えていない。
ただショックを受けて歌ってるだけである。
だが。
人間は勝手に意味を見出す。
しかも。
兵士たちはレイを恐れている。
そして尊敬している。
だから余計に神格化が進む。
「……やはりレイ様は神代の戦士……」
「深い……」
「尻の割れ目にそこまでの意味が……」
違う。
全然違う。
そこへ。
「……何やってるの?」
女王サフィールが現れた。
兵士たちは一斉に跪く。
「陛下!!」
女王は目を細めた。
演習場中央。
夕日の中。
レイが泣きながら歌っている。
「のだぁああああ♩」
しかも。
兵士たちが妙に感動している。
サフィールは数秒黙った。
「……また意味不明なことしてるのね」
「陛下ぁああああ!!」
レイは即駆け寄った。
「吾輩のお尻、割れてたのだぁあああ!!」
「知ってるわよ」
「心が痛いのだぁ!!」
「はいはい」
女王は慣れた手つきでレイの頭を撫でた。
「でも皆、かっこいいって言ってたでしょう?」
「のだっ♡」
即機嫌回復。
兵士たちは思った。
(早いな……)
女王はため息を吐いた。
そして周囲を見る。
兵士たちの目。
完全にレイを神格化していた。
中には泣いてる奴までいる。
「……あなた達」
サフィールは呆れた。
「この馬鹿に変な意味を見出すのやめなさい」
だが。
兵士たちは真顔だった。
「いえ陛下」
「レイ様には深いお考えが……」
「絶対ないわよ」
断言だった。
レイはその横で。
「のだっ♡」
女王に抱きつきながらご機嫌である。
さっきまでの悲しみはどこへ行ったのか。
兵士たちはさらに震えた。
「やはり獣神……」
「感情すら超越しておられる……」
「違うわよ。ただの馬鹿よ」
だが。
もう遅かった。
その日以降。
王国軍の一部では。
『割れし尻の哀歌』
という謎の軍歌が流行し始めたのである。
「のだぁああああああ♩」
なおレイ本人は。
数日後には完全に飽きていた。




