6
深夜。
王宮最上階。
甘ったるい香油の香りが、まだ部屋に残っていた。
巨大な寝台は乱れ、床には脱ぎ散らかされた衣服。
数時間前まで、そこでは世界最強の怪物と砂漠の女王が延々とイチャついていた。
「のだっ♡」
「ちょ、くすぐったいわよ」
「のだぁ〜〜♡」
などと。
非常に頭の悪い空間が形成されていたのである。
だが。
現在。
空気は一変していた。
「……つまり、失敗したの?」
サフィールは静かに言った。
玉座の前。
黒装束の男たちが膝をついていた。
暗殺者集団“黒蠍”。
砂漠最強の裏組織の一つ。
毒。
絞殺。
事故死偽装。
何でもやる。
そして今。
全員、冷や汗を流していた。
「も、申し訳ございません陛下……」
「対象の護衛が予想以上に……」
「逃げられました……」
サフィールはワインを揺らした。
美しい指。
赤い液体。
その姿は優雅だった。
だが。
目が冷たい。
砂漠の夜より。
「……ふぅん」
女王は少し考えた。
対象。
東方系王族ラシード。
若い。
優秀。
民衆人気が高い。
最近ちょっと目障りだった。
なので消そうとした。
ただそれだけである。
なお。
数時間前まで。
「のだっ♡もっとキスなのだっ♡」
「……あなた本当に体力おかしいわね」
とかやっていた。
切り替えが早すぎた。
サフィールは頬杖をついた。
「毒は?」
「効いております」
「暗殺者は追加投入」
「はっ」
「事故死でも病死でもいいわ」
淡々としていた。
そこに罪悪感はない。
必要なら消す。
それだけ。
むしろ。
今の彼女は少し退屈していた。
だからこういう仕事をしている時の方が、多少頭が回る。
だが。
「……はぁ」
結局、刺激が足りない。
人間同士の権力争いが、小さく見えてしまう。
なにせ。
この宮殿の奥には。
もっとおかしい存在がいる。
「のだぁ〜〜♡」
廊下の向こうから聞こえてくる間抜けな声。
暗殺者たちが一斉に震えた。
「っ!?」
「ま、まさか……」
次の瞬間。
ばんっ!!
扉が開いた。
「陛下ぁ♡」
レイだった。
上半身裸。
髪ぼさぼさ。
しかも片手に焼き肉皿。
完全にリラックスモードである。
「のだぁ♡夜食なのだっ♡」
暗殺者たちは青ざめた。
知っているのだ。
この男。
国家破壊級である。
しかも。
めちゃくちゃ近い。
レイはぼーっと暗殺者たちを見た。
「のだぁ?」
数秒沈黙。
「……誰なのだぁ?」
女王は平然としていた。
「仕事の話よ」
「ふぅんなのだぁ」
レイはそれ以上興味を持たなかった。
普通に女王の隣へ座る。
そして。
「のだっ♡」
当然のように膝へ頭を乗せた。
暗殺者たちの脳が混乱した。
(えっ)
(世界最強が)
(膝枕……?)
サフィールは慣れた手つきでレイの髪を撫でた。
「どうしたの?」
「眠いのだぁ」
「さっきまで寝てたでしょう」
「いっぱいイチャイチャしたから疲れたのだぁ」
暗殺者たちは無になった。
聞きたくなかった。
レイは幸せそうだった。
「のだぁ〜〜♡」
完全に天国気分である。
一方。
女王はその頭を撫でながら。
「ラシードの側近も消しなさい」
「はっ」
「証拠は残さない」
「はっ」
普通に暗殺指示を続けていた。
ギャップが酷い。
レイは何も気にしていなかった。
「のだぁ♡」
むしろ撫でられて超機嫌が良い。
尻尾まで揺れている。
暗殺者たちは理解した。
(この怪物……)
(本当に何も考えてない……)
実際そうだった。
レイは政治に興味がない。
陰謀も分からない。
毒殺もよく理解していない。
たぶん今、「明日のご飯なにかなぁ」くらいしか考えていなかった。
女王はそんなレイを見下ろした。
世界最強。
なのに。
自分の膝で幸せそうにしている。
サフィールは少し笑う。
「……ほんと変な男」
「のだっ♡」
レイは嬉しそうに女王の手へ頬擦りした。
その間にも。
「東部貴族にはこちらから圧力を」
「はい」
「必要なら家族ごと潰していいわ」
「承知しました」
会話は続く。
物騒極まりない。
だが。
レイはぼーっとしていた。
「のだぁ〜〜……」
もはや半分寝ている。
暗殺者たちは思った。
(なんでこの男……)
(こんな女王に懐いてるんだ……?)
だが。
サフィールには分かっていた。
簡単だ。
レイは自分を裏切らない。
そして。
自分も今のところ、レイを手放す気がない。
なにせ。
こんな便利で可愛い怪物、他にいない。
女王はレイの耳を軽く撫でた。
「いい子ねぇ」
「のだっ♡」
即反応。
ちょろい。
その時だった。
暗殺者の一人が恐る恐る口を開く。
「……へ、陛下」
「何?」
「もし……万が一、あのラシード殿下が国外勢力と結びついた場合……」
「ええ」
「軍事衝突になる可能性が」
サフィールは少し考えた。
そして。
膝の上のレイを見た。
「……別にいいんじゃない?」
「え?」
「その時はレイが何とかするでしょう」
「のだぁ?」
本人は何も聞いてなかった。
焼き肉のこと考えてた。
暗殺者たちは頭を抱えたくなった。
国家運営が雑すぎる。
だが。
それでも成立してしまう。
世界最強がいるから。
女王は少しだけ笑った。
「ほんと、便利よねぇ」
「のだっ♡」
レイは褒められたと思って超嬉しそうだった。
完全に飼い慣らされていた。




