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深夜。
砂漠の王都アズ・ラハムは静まり返っていた。
昼間は喧騒に満ちる巨大都市も、夜になれば風と砂の音しか聞こえない。
白亜宮殿最上階。
女王サフィールの私室だけが、ぼんやりと灯りを残していた。
「……退屈ね」
サフィールは寝台に背を預けながら、赤い葡萄酒をゆっくり傾けた。
その横では。
「ぐごぉ……のだぁ……肉追加なのだぁ……」
レイが爆睡していた。
でかい。
とにかくでかい。
筋肉の塊みたいな男が、無防備に腹を出して寝ている。
しかも抱き枕代わりに女王の高級毛布を抱えていた。
サフィールはじっとその姿を見た。
「……本当に怪物なのよねぇ、あなた」
返事はない。
レイは熟睡していた。
この男。
寝る時だけは妙に静かだった。
起きている間は。
「のだっ♡」
「肉なのだっ♡」
「キスなのだっ♡」
うるさい。
非常にうるさい。
しかも無駄に懐く。
最初は面白かった。
世界最強を飼い慣らす。
それ自体が刺激だった。
だが。
問題が起きた。
簡単すぎるのである。
あまりにも。
例えば。
以前のサフィールは忙しかった。
敵対貴族の弱みを握り。
税収を誤魔化す商人を脅し。
他国へ密偵を送り込み。
王族同士を対立させ。
愛人を使って将軍を籠絡し。
ついでに不要な親族を毒殺する。
刺激的だった。
常に駆け引き。
裏切り。
権力闘争。
欲望。
血。
それこそが人生だった。
だが。
今。
「……ほんと馬鹿みたい」
女王はため息を吐いた。
なにせ。
金が無限に入ってくる。
レイがいるから。
伝説級魔物討伐。
古代遺跡探索。
超危険地域制圧。
普通なら国家予算レベルの案件を、レイが数時間で終わらせる。
しかも。
「のだっ♡陛下にプレゼントなのだっ♡」
とか言って素材を全部持って帰ってくる。
その価値。
国家一つ分。
もはや意味が分からない。
先週だけでも。
火山竜の心臓。
神代金属。
深海魔獣の牙。
古代宝石。
超高純度魔力結晶。
これらが王宮倉庫へ雑に積まれていた。
財務大臣が震えていた。
「へ、陛下……国家予算が……」
「増えたわね」
「三十倍です……」
「ふぅん」
終わりである。
努力も陰謀もいらない。
レイが暴れるだけで全部終わる。
サフィールは最初こそ笑っていた。
だが。
最近は違った。
退屈なのだ。
誰かを罠にはめる必要もない。
交渉も不要。
脅迫も不要。
なにせ。
「レイ、北部山脈の盗賊国家潰して」
「のだっ♡」
終わり。
数時間後。
国家消滅。
話にならない。
しかも。
レイは権力欲が薄い。
非常に薄い。
「王になりたい?」
「のだぁ?面倒なのだぁ」
「金欲しい?」
「肉買えるくらいでいいのだぁ」
「美女いっぱい欲しい?」
「陛下いるからいいのだっ♡」
意味不明だった。
サフィールは長年、人間を見てきた。
欲望は制御できる。
金。
権力。
女。
名誉。
そこを握れば操れる。
だが。
レイはそこが壊れている。
世界最強なのに。
欲望が大型犬レベルなのである。
「……変なの」
女王はレイの寝顔を見た。
平和そうだった。
数日前。
この男は巨大魔獣を素手で解体していた。
なのに今は。
「むにゃ……のだぁ……」
ほっぺを緩めて寝ている。
サフィールは少し笑った。
そして。
急につまらなくなった。
退屈だった。
刺激がない。
自分でも驚くほど。
昔なら。
こんな状況でも何か企む。
誰かを蹴落とす。
もっと大きな権力を狙う。
そういう女だった。
実際。
先週。
王位継承権を持つ優秀な王族に毒を盛っていた。
ついでに別の王族へ暗殺者も送った。
理由。
「なんか邪魔そうだったから」
である。
だが今。
その件すらどうでもよかった。
「ああ、そういえば死んだかしら」
完全に記憶の外だった。
レイのせいで。
この怪物。
人生を簡単にし過ぎる。
人間同士の権力争いが急に小さく見えるのだ。
例えば。
必死に兵を増やす将軍。
金で貴族を操る商人。
陰謀を巡らせる王族。
全部。
レイなら殴れば終わる。
実際終わる。
しかも本人は。
「のだぁ?」
くらいの感覚でやる。
サフィールはワインを飲み干した。
そしてぼそっと呟く。
「……刺激が欲しいわねぇ」
その瞬間だった。
もぞっ。
レイが寝返りした。
次の瞬間。
「のだっ♡」
ぎゅうううう。
サフィールはレイに抱き込まれた。
「ちょっ……暑い……」
「むにゃ……陛下ぁ……」
完全に寝ぼけている。
だが離さない。
怪力なので逃げられない。
サフィールは呆れた。
「ほんと大型犬ね……」
レイは幸せそうだった。
女王に抱きつきながら寝る。
ただそれだけで満足そうである。
世界最強。
国家破壊級戦力。
なのに。
こんな顔で寝る。
「……馬鹿」
サフィールは小さく笑った。
そして。
少しだけ考える。
刺激が欲しい。
退屈だ。
なら。
どうする?
戦争?
もう簡単すぎる。
暗殺?
飽きた。
権力闘争?
面倒。
そこでふと。
女王はレイを見た。
世界最強。
超単純。
そして自分に懐き切っている怪物。
サフィールの口元がゆっくり歪む。
「……もっと面白い遊び、出来そうねぇ」
その笑みは。
久しぶりに。
昔の悪辣な女王の顔だった。




