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夕暮れだった。
砂漠の空は赤く燃え、巨大な王都アズ・ラハムは黄金色に染まっている。
その中心。
白亜宮殿。
女王サフィールは玉座に座りながら書類を読んでいた。
「北部交易税、増収……ふぅん」
長い黒髪。
宝石だらけの腕。
蛇のように細い目。
恐ろしく美しい。
だが、それ以上に“支配階級の女”だった。
誰かに守られる側ではない。
命令する側。
金を吸い上げ。
人を動かし。
必要なら甘い顔をし。
邪魔なら潰す。
砂漠最大国家の女王。
それがサフィールである。
そして。
その女王が今、内心かなり機嫌が良かった。
理由。
「……遅いわね」
レイがまだ帰ってこない。
数日前。
南方遺跡群に“ねっけつ香辛料魔人”なる怪物が現れた。
意味不明な名前だが、本当にそう呼ばれている。
灼熱の身体。
唐辛子みたいな赤い肌。
意味不明な熱量。
そして無駄にテンションが高い。
古代文明の暴走魔導兵器ではないかと言われていた。
実際強かった。
王国軍先遣隊は全滅。
傭兵団も壊滅。
しかも遺跡内部が熱すぎて近づけない。
普通なら国家級案件である。
だが。
「レイ、行ってきなさい」
「のだぁ?ご飯あるのだぁ?」
「終わったらラクダ十頭分のお肉」
「行くのだっ♡」
数秒で出発した。
単純である。
もっとも。
女王は別に心配していなかった。
死ぬわけがないからだ。
あの怪物はおそらく大陸最強。
いや。
“おそらく”ですらない。
間違いなく最強だった。
サフィールはワインを口に含みながら思い出す。
初めて会った時。
門を吹き飛ばし。
騎士団を蹴散らし。
王宮半壊。
なのに。
「返せなのだぁあああ!!」
って泣いていた。
意味が分からなかった。
だが今では理解している。
レイは“生物として強過ぎる”だけで、中身は大型犬みたいなものなのだ。
しかも。
めちゃくちゃ懐く。
特に。
撫でる。
褒める。
キスする。
肉を与える。
この辺りで機嫌が爆発的に良くなる。
ちょろい。
信じられないほど。
だから今では。
砂漠最強国家の女王が、世界最強生物を飼い慣らしていた。
色仕掛けで。
その時だった。
ズドォォォォォォン!!!
王宮の外から轟音。
兵士たちの悲鳴。
「き、来たぞぉおおお!!」
「また壁がぁあああ!!」
女王はため息をついた。
「帰ってきたわね……」
数秒後。
玉座の間の巨大扉が勢いよく開いた。
「のだっ♡」
レイだった。
全身すすだらけ。
服は半分燃えている。
髪も焦げていた。
だが本人は超元気だった。
しかも。
肩に何か担いでいる。
巨大な赤い塊。
よく見ると。
ねっけつ香辛料魔人の死体だった。
兵士たちが青ざめる。
「ま、魔人……」
「本当に倒したのか……」
「しかも担いでる……」
レイはご機嫌だった。
「のだっ♡討伐したのだっ♡」
どさぁっ!!
玉座の前に魔人を投げ捨てる。
床が割れた。
女王はこめかみを押さえた。
「……床」
「のだぁ?」
「あとで修理費請求するわ」
「のだぁあああ!?」
兵士たちは慣れてきていた。
世界最強の怪物が女王にだけ弱い。
本当に弱い。
レイは慌てて女王へ近づいた。
「で、でも頑張ったのだぁ!」
「知ってるわ」
「いっぱい戦ったのだぁ!」
「偉い偉い」
女王が軽く頭を撫でる。
瞬間。
「のだっ♡」
レイの尻尾が超高速で振られ始めた。
兵士たちは遠い目をした。
何を見せられているのだろう。
ちなみに数時間前。
レイは遺跡で大暴れしていた。
「のだぁあああ!!熱いのだぁあああ!!」
灼熱遺跡。
溶岩。
火柱。
蒸気爆発。
その中央で。
ねっけつ香辛料魔人が叫んでいた。
『情熱こそ最強ぉおおおおお!!!』
「のだぁあああ!?うるさいのだぁあああ!!」
完全に相性が悪かった。
熱血魔人は暑苦しい。
レイは昼寝を邪魔されるのが嫌い。
結果。
遺跡が半壊した。
最後には。
『俺の香辛料魂は永遠だぁああ!!』
「のだぁ!!黙るのだぁ!!」
ドゴォォォォォン!!!
魔人、天井へめり込んで死亡。
終わりである。
なおレイは遺跡内で香辛料を大量に見つけたため、途中からかなり機嫌が良かった。
「のだぁ♡これ肉にかけると美味しいのだぁ♡」
現在。
女王はそんなレイを見上げていた。
汗まみれ。
すすだらけ。
筋肉の塊。
どう見ても怪物。
だが。
自分の前では妙に素直だ。
女王はゆっくり立ち上がる。
そしてレイの頬へ触れた。
「……頑張ったわね」
「のだっ♡」
「ちゃんと帰ってきた」
「のだっ♡」
「偉い子」
「のだぁあああ♡」
ちょろかった。
信じられないほど。
レイは完全に機嫌が良くなっていた。
兵士たちは震えていた。
(女王陛下……)
(完全に手懐けてる……)
(あの災害を……)
実際そうだった。
女王サフィールは理解している。
力だけではレイは支配できない。
鎖も牢獄も意味がない。
だから。
甘やかす。
褒める。
撫でる。
時々キスする。
すると勝手に働く。
最高だった。
女王はレイの顔を引き寄せる。
「……ご褒美いる?」
「のだっ♡」
「何が欲しいの?」
「お肉なのだっ♡」
「他には?」
「お昼寝なのだっ♡」
「他」
レイは少し考えた。
そして。
「……陛下とイチャイチャなのだっ♡」
兵士たちが一斉に顔を逸らした。
女王は少し笑った。
「しょうがないわねぇ」
そして。
世界最強の怪物は。
その晩も結局、超美人で性格の悪い砂漠の女王に抱き込まれながら、完全に飼い慣らされていたのである。
「のだぁ〜〜♡」




