3
その晩。
半壊した王宮の最上階。
豪奢な天蓋付き寝台の上で、砂漠の女王サフィールは深く息を吐いていた。
「……はぁ」
乱れた黒髪。
薄い衣。
褐色の肌にはまだ熱が残っている。
一方。
「のだっ♡」
レイはめちゃくちゃ機嫌が良かった。
尻尾ぶんぶんである。
世界最強の獣人は現在、女王に抱きつきながら顔をぺたぺた擦り付けていた。
「のだぁ〜〜♡陛下、すべすべなのだぁ♡」
「ちょ、ちょっと、暑いわよ……」
「のだっ♡」
全然離れない。
むしろさらに抱きついてくる。
大型犬である。
しかも筋力が化け物なので重い。
女王は少しうんざりした顔になった。
「……あなた、本当に世界最強なの?」
「のだぁ?」
「もっとこう……冷酷とか威厳とかないの?」
「お腹いっぱいで眠いのだぁ♡」
女王は頭を抱えたくなった。
数日前まで「災害獣」と恐れられていた男とは思えない。
しかし。
その筋肉。
戦闘時の暴力。
そして自分の王宮を半壊させた現実を見る限り、間違いなく本物だった。
女王はレイの胸に軽く指を滑らせた。
「……でも、便利よねぇ」
「のだっ♡」
「竜も倒せる」
「倒せるのだぁ♡」
「軍隊も蹴散らせる」
「のだぁ♡」
「壁も壊せる」
「のだぁ♡」
「つまり……」
女王の口元がゆっくり歪む。
蛇みたいな笑みだった。
「働けるわよね?」
「のだっ♡……ん?」
レイは数秒止まった。
「……働く?」
「ええ」
「…………」
レイの耳がぺたんと倒れた。
「……えっ?」
女王はにっこりした。
非常に性格の悪い笑顔だった。
「王宮の修理費、凄いのよ?」
「のだぁ?」
「誰のせいかしら?」
「…………」
レイは目を逸らした。
女王は逃がさない。
「東門消滅」
「のだぁ……」
「騎士団宿舎半壊」
「のだぁ……」
「噴水広場崩落」
「のだぁ……」
「あと、宝物庫の壁も割れてたわね?」
「……あれは向こうが勝手に壊れたのだぁ」
「あなたが投げた騎士団長で?」
「のだぁ」
女王は微笑んだ。
「というわけで働きなさい」
「のだぁあああああ!?」
レイは飛び起きた。
「嫌なのだぁあああ!!」
「ダメ」
「吾輩、世界最強なのだぁ!!」
「だから?」
「働かないのだぁ!!」
最低だった。
女王は呆れた。
「あなた、今までどうやって生きてきたの?」
「魔物倒してたら何か肉もらえたのだぁ」
「原始人なの?」
「のだっ♡」
肯定だった。
女王はしばらく黙った。
本当にどうしようもない。
だが。
逆に言えば扱いやすい。
レイは馬鹿だ。
とんでもなく馬鹿だ。
だからこそ、誘導できる。
女王はレイの頬を指でつついた。
「いい?レイ」
「のだぁ……」
「働けば、お肉いっぱい食べられるわよ?」
「!!」
レイの耳が立った。
「ほんとなのだぁ!?」
「ええ」
「いっぱいなのだぁ!?」
「いっぱい」
「竜肉もなのだぁ!?」
「手に入れば」
「のだぁああああ♡」
ちょろかった。
あまりにも。
女王は確信した。
(……いけるわね)
数日後。
王都では異常事態が起きていた。
「はぁあああああ!!」
ズゴォォォォォォン!!!
巨大な建築石材が空を飛ぶ。
数十人がかりで運ぶはずの柱を、レイが一人で抱えていた。
「のだぁ!どこ置くのだぁ!?」
「み、南棟です陛下の愛人殿ぉ!!」
「のだっ♡」
職人たちは震えていた。
作業効率が異常だった。
普通なら半年かかる石材運搬が一日で終わる。
しかもレイは疲れない。
ついでに魔物も狩る。
さらに。
「のだぁ!飯なのだぁ!」
めちゃくちゃ食う。
食費は死ぬほどかかった。
だが、それ以上に稼いだ。
女王は即座にレイを利用し始めた。
「古代遺跡の発掘行ってきて」
「のだっ♡」
「山賊討伐」
「のだっ♡」
「魔獣駆除」
「のだっ♡」
「あと北部の岩山邪魔だから壊して」
「のだっ♡」
数日後。
本当に岩山が消えた。
王国中が震撼した。
「陛下……あの獣人、便利過ぎませんか……?」
「でしょう?」
女王はワインを飲みながら笑った。
「最高の労働力だわ」
完全に使う気である。
一方。
レイはあまり深く考えていなかった。
「のだぁ〜〜♡」
巨大肉串を食べながら上機嫌である。
そこへ女王が近づいた。
「お疲れ様」
「のだっ♡陛下ぁ♡」
即抱きつく。
女王は少し笑った。
「あなた、本当に単純ね」
「のだぁ?」
「褒めるとすぐ働く」
「肉くれるからなのだぁ♡」
「あとキスも?」
「のだっ♡」
レイは超笑顔だった。
女王は少しだけ黙った。
自分でも妙だと思っていた。
最初は利用するだけのつもりだった。
だが。
レイは裏表がなさ過ぎる。
欲望も単純。
好意も単純。
世界最強の怪物なのに、妙に真っ直ぐだった。
「……変な男」
「のだっ♡」
「まあいいわ」
女王はレイの額に軽く口づけした。
「もっと働きなさい」
「のだぁああああ!?」
台無しだった。
その夜も。
王宮にはレイの悲鳴が響いていた。
「嫌なのだぁあああ!!吾輩、お昼寝したいのだぁあああ!!」
「明日は南部の遺跡発掘よ」
「のだぁあああああ!!」
しかし翌朝。
「肉いっぱいなのだっ♡」
レイは普通に働いていた。
単純なのである。




