31 レイの殺意2
聖王国アルディア使節団滞在七日目。
白亜宮殿の空気は、日に日に妙な方向へ悪化していた。
原因はもちろんレイである。
世界最強。
獣人族最後の生き残り。
そして現在。
聖騎士隊への敵意が限界突破していた。
「のだぁ?」
中庭。
朝。
訓練中だった聖騎士たちの前へ、レイが突然現れた。
しかも。
めちゃくちゃ笑顔。
「おはようなのだっ♡」
爽やかだった。
だが。
聖騎士隊は全員緊張した。
怖い。
非常に。
なにせ最近のレイ、明らかに自分たちへ当たりが強い。
原因は分かっている。
イケメンだから。
最低である。
聖騎士隊長アルフレッドが慎重に礼をする。
「おはようございます、レイ様」
「のだっ♡」
レイは数秒アルフレッドを見つめた。
高身長。
金髪。
爽やか。
剣の腕も立つ。
女にモテそう。
レイの目が細くなる。
(やはり気に入らないのだぁ)
完全に私怨だった。
「訓練なのだぁ?」
「ええ、日課です」
「ふむ」
レイはゆっくり近づく。
周囲のザルハディア兵たちは遠巻きに見守っていた。
「……始まったぞ」
「またレイ様だ」
「今日は何人生き残れるかな」
「やめろ怖ぇよ」
その時。
レイが突然笑顔で言った。
「全員かかってこいなのだぁ」
沈黙。
聖騎士隊、固まる。
「……はい?」
「全員殺すのだぁ」
超笑顔だった。
空気が凍る。
ザルハディア兵たちは一斉に頭を抱えた。
「あー……」
「ついに言った」
「最悪だ」
アルフレッドは慎重に言葉を選ぶ。
「……何か、我々に不備でも」
「イケメンなのだぁ」
「…………」
「気に入らないのだぁ」
最低過ぎた。
しかも。
本気。
レイは腕を組みながら聖騎士隊を見下ろしている。
「のだぁ?」
「ほれ」
「来るのだぁ」
「吾輩、強いのだっ♡」
完全に煽りである。
しかも。
その気になれば本当に全員瞬殺可能。
そこが怖い。
聖騎士たちは顔を引き攣らせた。
彼らも精鋭だ。
だが。
目の前の怪物は別格。
実際、立っているだけで圧が凄まじい。
空気が重い。
まるで巨大魔獣と対峙しているような感覚だった。
アルフレッドは理解していた。
(……遊ばれている)
しかも。
この怪物、別に政治とか考えてない。
本当に“気に入らない”だけで絡んできている。
最悪だった。
「どうしたのだぁ?」
レイはさらに近づく。
「怖いのだぁ?」
その瞬間。
後方で見ていたザルハディア兵の一人がぼそっと呟いた。
「怖ぇよ」
「当たり前だろ」
「山吹き飛ばすやつだぞ」
聖騎士たちは聞こえないふりをした。
一方。
レイはまだ続ける。
「のだっ♡」
「お主ら全員弱そうなのだっ♡」
「吾輩、一人で十分なのだぁ」
「陛下もそう思うのだっ♡」
完全にパワハラである。
しかも。
ちょくちょく女王を挟んでマウント取る。
最低だった。
アルフレッドの額へ汗が浮かぶ。
だが。
ここで下手に反応すると危険。
何となく分かる。
この怪物。
今かなり嫉妬している。
だから。
刺激しない方がいい。
その時。
「……レイ」
空気が止まる。
女王サフィールだった。
中庭入口。
黒衣姿のまま立っている。
レイの耳がぴくっと動く。
「のだっ♡」
即尻尾ぶんぶん。
ちょろい。
サフィールは呆れた目で近づいてきた。
「何してるの?」
「イケメンどもを殺そうとしてたのだっ♡」
「正直過ぎるのよ」
女王はため息を吐いた。
だが。
完全には怒っていない。
最近のレイが妙にピリピリしている理由も分かっている。
聖女エレノア。
そして聖騎士隊。
つまり。
“女王を取られるかもしれない”という危機感。
完全に大型犬の嫉妬だった。
サフィールは少しだけ笑いそうになる。
「ねぇ」
「のだぁ?」
「私は誰の隣にいる?」
レイはきょとんとした。
そして。
「吾輩なのだっ♡」
即答。
「そう」
サフィールは自然な動きでレイの頬へ触れる。
その瞬間。
「のだぁ〜〜♡」
完全に機嫌回復。
さっきまでの殺気が消えた。
聖騎士隊は本気で安堵した。
「助かった……」
「生きて帰れそうだ……」
一方。
少し離れた回廊では、聖女エレノアがその光景を静かに見ていた。
そして理解する。
(……本当に独占欲が強い)
しかも。
レイだけではない。
女王サフィール側も、かなり意識している。
だからこそ。
ああしてわざわざレイを宥める。
周囲へ見せつけるように。
エレノアは小さく息を吐いた。
想像以上だった。
この二人。
単なる愛人関係ではない。
もっと厄介で。
もっと感情的に絡み合っている。
一方。
レイは完全復活していた。
「のだっ♡」
そして。
まだちょっと聖騎士隊を睨んでいた。
殺意だけは普通に残っていたのである。




