30 民衆
聖女エレノア来訪から数日。
王都アズ・ラハムでは、ある話題が異常な盛り上がりを見せていた。
女王サフィールと聖女エレノア。
どちらの方が美人か。
極めて不毛な話題である。
だが。
王都民は本気だった。
非常に。
市場の果物屋では、朝から商人たちが真顔で議論している。
「いや、女王陛下だろ」
「はぁ? 聖女様見てないのか?」
「見たわ!! でも女王陛下の方が色気あるだろ!!」
「色気っていうか怖いんだよ!!」
「それがいいんだろ!!」
横で聞いていた老婆が呆れた顔をした。
「お前ら暇なのかい」
「暇じゃねぇよ」
「国家存亡問題だぞ」
「そうそう」
真顔だった。
実際、半分くらい本気なのである。
なにせ。
レイ。
あの世界最強の獣人。
あれが美人大好きだから。
しかも隠さない。
綺麗な女を見ると即座に。
「のだっ♡」
ってなる。
極めて分かりやすい。
だからこそ。
民衆は本気で不安だった。
「もし聖女様の方へ行ったらどうする?」
「終わる」
「うむ」
「終わるな」
結論が重い。
現在のザルハディア王国は、かなりの部分をレイへ依存している。
魔物討伐。
抑止力。
交易安全。
国家威信。
全部。
しかも。
最近は各国も理解し始めている。
『女王サフィールがレイを押さえている』
これがザルハディア最大の強みだと。
だから。
もし。
もしレイが他国側へ懐いたら。
本気で大陸情勢が変わる。
市場の肉屋の親父が低い声で言った。
「女王陛下には悪いが……」
「あぁ」
「今回は本気で頑張ってほしい」
「うむ」
完全に猛獣管理者扱いだった。
一方。
若い娘たちの間では、別方向で盛り上がっていた。
「聖女様、本当に綺麗だったよねぇ」
「分かる……」
「でも女王陛下のあの目もヤバい」
「分かる」
「レイ様が困るのちょっと分かる」
「いやあの人は困ってないだろ」
実際。
レイ本人は割と素直に両方美人だと思っていた。
ただし。
聖騎士隊のイケメンどもは殺したい。
そこだけはブレない。
一方。
王都上流階級でも議論は白熱していた。
ある貴族夫人は断言する。
「女王陛下の方が上よ」
「ですが聖女様は神秘性があります」
「甘いわね。男は結局、権力ある美女に弱いのよ」
「いやレイ様の場合、そもそも普通の男では……」
皆、少し黙った。
確かに。
レイはだいぶ特殊である。
そもそも感性が獣寄り。
しかも。
異様に縄張り意識が強い。
だから最近。
聖騎士隊を見る目がかなり怖い。
ザルハディア兵たちは内心ずっと冷や汗を流していた。
「まだ殺ってないだけマシだぞ……」
「イケメン見るたびに目が据わってる」
「聖女様来てから物騒さ増してないか?」
実際増していた。
レイは現在、割と本気で危機感を抱いている。
『陛下がイケメンへ取られる』
という、完全に意味不明な方向で。
その頃。
王宮厨房でも似たような話題になっていた。
「で、結局どっちなんだ?」
「難しいなぁ……」
「聖女様は清楚系」
「女王陛下は妖艶系」
「レイ様はどっち好きなんだろ」
その瞬間。
厨房全体が静まる。
「……いや」
「普通に両方好きそう」
「だよなぁ」
非常に納得感があった。
だが。
問題はそこではない。
誰の方へ“懐く”か。
そこが重要なのである。
現在のザルハディア王国では。
レイの好感度が、半分国家安全保障になっていた。
終わっている。
一方。
その噂は当然、王宮にも届いていた。
サフィールは報告書を読みながら、少し笑う。
「……民衆も暇ねぇ」
「ですが、かなり本気かと」
「でしょうね」
侍女長は慎重に言った。
「皆、“レイ様がどちらへ行くか”を気にしております」
サフィールはワインを飲んだ。
そして。
少しだけ目を細める。
「行かないわよ」
「……随分自信がおありで」
「当然でしょう?」
その声には、一切の迷いがなかった。
女王は知っている。
レイは単純だ。
だが。
その単純さゆえに、一度“特別”認定した相手への執着が強い。
だから。
簡単には離れない。
その頃。
レイ本人。
「のだっ♡」
中庭でユニコーンへ肉を食わせようとしていた。
『…………』
ユニコーンは困惑している。
草食寄りである。
しかし。
断ると怖い。
「美味いのだっ♡」
『…………』
そこへ。
偶然エレノアが通りかかった。
「レイ様」
「のだぁ?」
レイが振り向く。
その瞬間。
遠くから見ていた兵士たちが一斉に緊張した。
「来たぞ」
「国家安全保障案件だ」
「レイ様どうする」
だが。
レイは数秒エレノアを見たあと。
「聖騎士隊、今日は陛下に近づいてないのだぁ?」
「……はい?」
「なら良いのだっ♡」
即ユニコーンへ戻った。
兵士たちは静かに安堵した。
「……助かった」
「今日も平和だ」
結局。
王都民の結論は一つだった。
聖女エレノアは確かに美しい。
だが。
今のところ。
レイが一番執着しているのは、やはり女王サフィールらしい。
それだけで。
王都の民衆は妙に安心していたのである。




