25
その日、王都アズ・ラハムは朝から妙な熱気に包まれていた。
中央大通りに兵士たちが並び、香が焚かれ、貴族用の観覧席まで急遽設置されている。
しかも今回は、ザルハディア側の主催ではない。
聖王国アルディア。
その“聖女”が来る。
その報せだけで、王都は半ば祭り状態になっていた。
「本当に来るのか?」
「聖王国の聖女だぞ……?」
「しかも大陸一の美人って話だ」
「いや、女王陛下の方が綺麗だろ」
「お前消されるぞ」
市場では朝からその話題ばかりだった。
なにせ相手は聖女エレノア。
アルディア教圏で絶大な人気を誇る存在である。
神に愛された乙女。
慈愛の聖女。
奇跡を起こす白百合。
民衆向けには、ほぼ半分神格化されていた。
そして。
その聖女が、わざわざザルハディア王国へ来る。
しかも。
かなりド派手に。
昼頃。
ついに王都北門側から楽団の音が響き始めた。
民衆が一斉にざわめく。
「来たぞ!!」
「聖王国だ!!」
白銀の旗。
金装飾の馬車。
白衣の神官団。
巨大な聖騎士隊。
さらに空には香煙。
完全に“見せるため”の行列だった。
王都の民衆は思わず圧倒された。
「うわぁ……」
「金かかってんなぁ……」
「さすが宗教国家……」
だが。
本番はそこではない。
行列中央。
純白の巨大馬車。
その扉がゆっくり開く。
そして。
エレノアが姿を現した。
空気が変わった。
金色の長髪。
透き通る白い肌。
白銀の聖衣。
まるで宗教画そのものだった。
しかも。
表情が柔らかい。
優しい。
民衆へ向ける微笑みが完璧だった。
「…………」
一瞬、王都が静まる。
その直後。
「うおぉぉぉ!!」
「本当に聖女だ!!」
「すげぇぇぇ!!」
大騒ぎになった。
特に地方出身者たちは興奮していた。
アルディア聖王国は大陸最大宗教国家。
つまり。
“聖女”は超有名人なのである。
しかも。
エレノアは理解していた。
どう見せれば民衆が熱狂するかを。
ゆっくり歩き。
柔らかく笑い。
時折、小さく祈る。
その一つ一つが完成されている。
民衆たちはどんどん飲まれていった。
「す、すげぇ……」
「女神みたいだ……」
「なんかいい匂いする……」
そして。
それを遠くから見ていたザルハディア貴族たちは、徐々に顔色を変え始めていた。
「……まずいな」
「あぁ」
「これは強い」
分かるのである。
エレノアは“民衆人気を取るタイプの女”だ。
サフィールとは真逆。
女王サフィールは支配者の美貌。
恐怖と権威。
だが。
エレノアは違う。
優しさ。
慈愛。
神聖。
“愛される女”だった。
しかも。
最近の王都では、既に噂が広がっていた。
『聖女はレイ様へ会いに来た』
完全に政治案件である。
そのため。
沿道の貴族たちは、内心かなり焦っていた。
「もし本当にレイ様へ近づいたら……」
「女王陛下がキレる」
「いや、それ以前に国際問題だ」
「というかレイ様、普通に美女好きだぞ」
最悪だった。
一方。
民衆はそんなことを気にしていない。
「聖女様ぁぁぁ!!」
「美人だぁぁぁ!!」
「レイ様どうなるんだ!?」
半分見世物状態である。
そして。
エレノア自身も理解していた。
自分が注目されていることを。
彼女は静かに王都を見渡した。
豊かだった。
市場は活気に満ち。
民衆は飢えていない。
兵士の装備も整っている。
しかも。
どこか空気に余裕がある。
エレノアは小さく息を吐いた。
(……本当に繁栄している)
想像以上だった。
聖王国側では。
『砂漠の暴君国家』
という印象も強い。
だが。
少なくとも王都の空気は違った。
そこが逆に怖い。
その時だった。
遠くで歓声が爆発する。
「レイ様だぁぁぁ!!」
エレノアの目が動く。
そして。
王宮側の巨大階段。
そこへ現れた銀髪の巨大な男を見て、彼女は一瞬だけ言葉を失った。
「…………」
大きい。
そして。
異様だった。
ただ立っているだけで周囲の空気が変わる。
兵士たちが本能的に道を空けている。
しかも。
「のだっ♡」
笑顔。
超無邪気。
そのギャップが逆に恐ろしかった。
エレノアは直感した。
(……本当に化け物)
そして。
その横へ、ゆっくりと女王サフィールが現れる。
黒金の王衣。
圧倒的な美貌。
そして冷たい微笑。
女王はエレノアを見た。
エレノアもまた微笑む。
完璧な笑顔同士。
だが。
その空気を見た瞬間、周囲の貴族たちは一斉に理解した。
(うわ)
(始まるぞ)
(絶対面倒なことになる)
そして当のレイ本人だけが。
「のだぁ?」
状況を何も理解していなかったのである。




