23
ザルハディア王国は、強くなり過ぎていた。
それはもはや周辺国家がどうこう出来る段階ではない。
軍事。
財政。
交易。
資源。
全てが異常だった。
しかも最悪なのは、その異常さを支えているのが“世界最強の怪物レイ”という、国家規模の抑止力だったことである。
結果。
国内の王侯貴族たちは、徐々に勘違いし始めていた。
「ザルハディアに逆らえる国などない」
「多少強引でも問題あるまい」
「結局、皆こちらへ頭を下げるしかないのだ」
そして。
案の定やらかした。
東方交易都市連盟。
ザルハディアにとって重要な香辛料中継地帯であるその地域で、ある若い貴族が盛大に問題を起こした。
酒宴。
現地貴族との揉め事。
侮辱。
暴力。
そして。
現地有力者の娘へ手を出した。
しかも最悪なことに、その後こう言ったのである。
『どうせお前たちに逆らう力などないだろう?』
終わりだった。
東方交易都市は激怒した。
商人ギルドは抗議。
現地王侯は軍備増強。
さらに敵対国家まで動き始める。
『ついにザルハディアが本性を現した』
『世界最強を盾にした恫喝国家』
『砂漠の暴君国家』
各国で噂が広がり始めていた。
そして現在。
白亜宮殿、大謁見室。
空気は凍っていた。
玉座の上で、女王サフィールが微笑んでいる。
それが逆に怖かった。
「……つまり」
静かな声。
「私の名前を勝手に使って、好き放題した挙句、国際問題になったと」
「も、申し訳ございません陛下……」
問題を起こした若い貴族は、顔面蒼白で跪いていた。
周囲の大臣たちも誰一人助けようとしない。
なぜなら。
今の女王。
完全にブチギレている。
サフィールはゆっくり頬杖をついた。
「ねぇ」
「は、はい……」
「誰が調子に乗っていいと言ったの?」
貴族は震えた。
「そ、その……我が国の威光を――」
「黙りなさい」
一言で空気が死ぬ。
サフィールは昔からそうだった。
自分が好き勝手するのはいい。
だが。
他人が自分の権威を勝手に利用して暴れることは許さない。
しかも今回の件は最悪だった。
ザルハディアは今、各国から異常な警戒を受けている。
理由はもちろんレイ。
世界最強の怪物。
各国は既に半分本気で恐れている。
だからこそ。
“ザルハディア側が調子に乗っている”という印象は危険だった。
周辺国家を無駄に結束させる。
商業連盟まで敵に回す可能性がある。
つまり。
面倒。
非常に。
サフィールは冷たい目で貴族を見下ろした。
「私が何故、今まで表向きは礼節を保っていたと思ってるの?」
「…………」
「力がある国ほど、外面を整える必要があるからよ」
それは事実だった。
ザルハディアは強い。
強過ぎる。
だからこそ、余計な刺激を与えないよう女王は細かく外交を調整していた。
属国には恩を見せ。
友好国には利益を与え。
敵対国には“まだ理性的だ”と思わせる。
だが。
今回。
全部ぶち壊しかけた。
しかも理由が低俗。
女遊び。
酒。
権威の乱用。
最悪である。
サフィールは微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、周囲の貴族たちは内心で死を確信した。
「……本当に馬鹿」
その時だった。
大広間の扉が開く。
「のだっ♡」
空気が少し変わる。
レイだった。
巨大な肉串を持ったまま入ってくる。
しかも完全に上機嫌である。
「陛下ぁ♡」
だが。
数秒後。
「のだぁ?」
空気がおかしいことに気づいた。
女王を見る。
笑っている。
でも怖い。
レイは一瞬で耳を伏せた。
「……怒ってるのだぁ?」
「ええ」
即答。
レイはそっと距離を取った。
本能で理解している。
今近づくと危険。
一方、問題を起こした貴族は必死だった。
「れ、レイ様!!」
その瞬間。
空気がさらに冷えた。
サフィールの視線が刺さる。
貴族は青ざめた。
レイは困った顔で貴族を見る。
「のだぁ?」
「お、お助けを……」
数秒沈黙。
レイはちょっと考えた。
そして。
「陛下が怒ってるなら、お主が悪いのだぁ」
即終了。
貴族、絶望。
サフィールは少しだけ笑った。
「珍しく賢いじゃない」
「のだっ♡」
褒められたと思って嬉しそうである。
だが。
女王の怒りは消えていなかった。
彼女は静かに立ち上がる。
玉座の間全体へ冷気みたいな威圧感が広がった。
「外交使節へ謝罪文を送る」
「はっ」
「賠償も出す」
「はっ」
「あと、東方商人連盟へ追加利権を譲渡」
「……それほどまでに?」
「当然でしょう」
サフィールは冷たく言い放った。
「今のザルハディアは、“調子に乗った瞬間に世界が結束する側”なのよ」
誰も反論できなかった。
実際その通りだからだ。
世界最強を抱えた超富裕国家。
だからこそ。
少しでも暴走国家に見えれば危険。
サフィールは理解している。
恐怖だけでは支配は長続きしない。
だからこそ。
自分以外の馬鹿が勝手に権威を振り回すのを許せなかった。
一方。
レイはその横で肉を食べながらぼんやりしていた。
「のだぁ……大変なのだぁ」
完全に他人事だった。
だが。
サフィールはそんなレイをちらりと見て、少しだけため息を吐く。
この怪物がいる限り。
自分は一生、“強過ぎる国家”の後始末をし続けるのだろう。
その事実だけは、嫌というほど理解していた。




