22
生誕祭の喧騒がようやく静まり始めた頃、白亜宮殿の最上階だけはまだ熱を残していた。
重い絹幕が夜風に揺れ、香油と花の甘い香りが寝室に満ちている。豪奢な寝台の上では、女王サフィールがゆったりと身体を預けていた。
黒髪は乱れ、金細工の装飾は半分ほど外されている。
だが、その姿はむしろ昼間より妖艶だった。
権威を纏った女ではなく、男を惑わせるための美しさ。
それを彼女は完全に理解している。
「……そんなに見つめて、どうしたの?」
サフィールは微笑みながら問いかけた。
その視線の先では、レイが完全に固まっていた。
「の、のだぁ……」
耳ぴん。
尻尾ぶわっ。
分かりやす過ぎる。
昼間はユニコーンに乗って堂々としていた世界最強の怪物も、今は女王を前に完全に骨抜きだった。
「陛下、綺麗なのだぁ……」
「知ってるわ」
即答。
自信に満ちていた。
サフィールはそういう女だ。
自分が美しいことを疑わない。
そして、その美貌がどれほど強い武器かも理解している。
ゆっくりと寝台へ身を乗り出し、レイの頬へ指先を滑らせる。
「今日は随分頑張ったわねぇ」
「のだっ♡」
「ユニコーンまで連れてきて」
「陛下が喜ぶと思ったのだっ♡」
レイは本気だった。
そこに駆け引きはない。
だからこそ、サフィールには妙に心地良かった。
王侯貴族たちは皆、腹に何かを抱えている。
忠臣ですら“国家のため”を口にし始める。
だが、この怪物だけは違う。
単純で。
真っ直ぐで。
自分へ懐いている。
それが、サフィールには少しだけ特別だった。
女王はレイの首へ腕を回した。
「……ねぇ」
「のだぁ?」
「今日は皆、あなたを見てたわよ」
「のだっ♡」
「属国王たちも、神官も、民衆も」
「のだぁ?」
「世界最強の獣人が、私の隣に立ってるって」
レイは数秒考えた。
そして。
「吾輩、陛下の隣好きなのだっ♡」
即答だった。
サフィールは少し吹き出した。
「ほんと馬鹿」
だが、その声は柔らかい。
レイはそんな女王を見ながら、ぼんやり呟いた。
「陛下、いい匂いなのだぁ……」
「香油よ」
「好きなのだっ♡」
サフィールはゆっくり微笑んだ。
そして、わざとレイの耳元へ顔を寄せる。
「……そう」
吐息混じりの声。
レイの尻尾が一瞬で暴れ始めた。
「のだぁっ!?」
単純だった。
女王は楽しそうに目を細める。
彼女は知っている。
この怪物は、自分の前では驚くほど素直になる。
だからこそ。
少し意地悪したくなる。
「昼間、あんなに偉そうだったのに」
「のだぁ……」
「今は随分大人しいわねぇ?」
「陛下が綺麗だからなのだぁ……」
真顔だった。
サフィールは一瞬だけ黙った。
こういうところがずるい。
計算ではない。
本気で言っている。
だから変に心へ残る。
女王はレイの髪へ指を通しながら、小さく笑った。
「……ほんと、大型犬みたい」
「のだっ♡」
褒められたと思っている。
サフィールはそのままレイを寝台へ引き寄せた。
窓の外では、まだ遠くで祭りの音が続いていた。
王都中が熱狂し、各国の使節たちが頭を抱え、臣下たちは胃を痛めている。
だが。
その中心にいる二人だけは、そんなことを気にしていなかった。
少なくとも今夜だけは。




