21 女王誕生祭
ザルハディア王国の歴史上、その年ほど盛大な生誕祭は存在しなかった。
王都アズ・ラハムは数週間前から熱狂に包まれていた。中央大通りには金糸の旗が並び、香油商たちは限定香を売り出し、職人たちは昼夜を問わず装飾作業を続けている。
しかも今回は理由が違った。
単なる女王生誕祭ではない。
“ユニコーン帰還後、初の生誕祭”。
その意味を、誰もが理解していた。
「絶対に歴史へ残るぞ……」
「各国の使節も来るらしい」
「聖王国側も密偵を大量に送ってるとか」
「そりゃ来るだろ」
民衆たちは浮かれていた。
市場では女王とユニコーンを描いた菓子まで売られ始めている。
しかも一番人気は。
『レイ様の巨大肉串』
であった。
完全に祭り国家である。
一方。
官僚たちは死にそうだった。
「外交席順を修正しろ!!」
「属国王同士が揉めてるぞ!!」
「神官側が“神獣祝福儀式”を追加要求!!」
「レイ様が厨房の肉を勝手に食べたぁぁぁ!!」
「止めろぉぉぉ!!」
地獄である。
しかも。
最近のザルハディアは本当に大陸の中心になりつつあった。
各国が来る。
同盟確認。
婚姻交渉。
宗教調査。
軍事偵察。
全部まとめて押し寄せている。
理由。
女王サフィールとレイ。
そしてユニコーン。
その象徴性が強過ぎた。
生誕祭前夜。
王宮最上階では、サフィールが静かに窓の外を見下ろしていた。
王都全体が光に包まれている。
広場では踊り子たちが舞い、酒場では楽団が演奏し、民衆は既に祭り騒ぎだ。
「……馬鹿みたい」
女王は小さく笑った。
昔はこんな祭り、ここまで大規模ではなかった。
せいぜい貴族中心の式典。
それで終わり。
だが今は違う。
国家全体が熱狂している。
原因は分かっていた。
レイ。
「のだっ♡」
その声と共に、後ろから巨大な腕が回ってくる。
サフィールは呆れた。
「……重い」
「陛下ぁ♡」
レイは完全に上機嫌だった。
現在、豪華正装を着せられている。
黒金の刺繍入り外套。
宝石装飾。
王家紋章入りの帯。
しかし。
中身はいつも通りだった。
「のだっ♡明日いっぱいお祭りなのだっ♡」
「そうね」
「肉いっぱいなのだっ♡」
「それしか考えてないの?」
「陛下もいるのだっ♡」
即答だった。
サフィールは少し笑った。
その頃。
王宮地下では、属国王たちが密談していた。
「見ただろ」
「ああ」
「完全に女王側だ」
「他国へ奪うのは無理だな……」
誰もが理解し始めていた。
レイは単純だ。
だが。
女王への執着が強過ぎる。
美女好きとはいえ、それ以上に“サフィールが特別”になっている。
だからこそ、余計に恐ろしい。
「つまり」
東部属国王が静かに言った。
「ザルハディア王国そのものが、あの怪物を所有している」
沈黙。
重い現実だった。
実際には所有ではない。
レイ本人は好きで女王へ懐いているだけである。
だが政治的には同じだ。
そして。
その事実を最も強烈に見せつけるのが、今回の生誕祭だった。
翌日。
王都中央広場。
十万人規模の民衆が集まっていた。
巨大な白階段の最上段。
そこへ、ゆっくりと女王サフィールが現れる。
黒金の王衣。
宝石冠。
圧倒的な美貌。
歓声が爆発する。
「女王陛下万歳!!」
「ザルハディア万歳!!」
そして。
その隣。
「のだっ♡」
レイ。
しかもユニコーン付き。
広場の空気が揺れた。
神話だった。
世界最強の獣人。
神聖幻獣。
砂漠の女王。
誰がどう見ても、“物語”そのものだった。
民衆たちは熱狂した。
「レイ様ぁぁぁ!!」
「神獣だ!!」
「陛下お美しい!!」
空には金紙が舞い、楽団が演奏し、神官たちが祈りを捧げる。
その中心で。
サフィールは冷静だった。
この祭りの意味を理解している。
これは祝賀ではない。
権威だ。
支配だ。
そして。
“世界最強が女王側にいる”という確認儀式。
だからこそ。
サフィールはわざとレイの腕へ手を添えた。
歓声がさらに大きくなる。
レイ本人だけが何も分かっていなかった。
「のだっ♡」
ただ隣の女王が綺麗なので幸せそうだった。
その瞬間。
花火が夜空へ打ち上がる。
巨大な黄金光。
王都全体が歓声に包まれた。
そして遠く離れた各国の使節たちは、ほぼ同じことを考えていた。
(……終わってるな)
良い意味でも。
悪い意味でも。
ザルハディア王国は、もう普通の国家ではなくなり始めていた。




