19
王都アズ・ラハムは、かつてない熱狂に包まれていた。
白い石造りの街路には花びらが撒かれ、香が焚かれ、巨大な旗が風にはためいている。各地から集まった商人、兵士、貴族、農民たちが、王都中央大通りを埋め尽くしていた。
「女王陛下万歳!!」
「レイ様ぁぁぁ!!」
「ユニコーンだ!!本物だぞ!!」
歓声は地鳴りのようだった。
そして、その中心。
純白のユニコーンがゆっくりと歩いていた。
長く美しい鬣は陽光を受けて銀色に輝き、神話のような神聖さを放っている。だが、その背に乗っている二人のせいで、荘厳さはかなり破壊されていた。
「のだっ♡」
レイである。
銀髪を風になびかせながら、満面の笑みで民衆へ手を振っていた。しかも片腕では女王サフィールを抱き寄せている。
女王もまた、豪奢な黒金の衣装をまとい、堂々と民衆を見下ろしていた。
その姿は完璧だった。
美貌。
権威。
そして神話級幻獣。
誰が見ても、“支配者”の光景だった。
実際、沿道の貴族たちは顔を引き攣らせていた。
「……これはまずいな」
「完全に神話画だぞ」
「民衆人気がさらに爆発する……」
しかも最悪なのは、レイが本気で嬉しそうなことだった。
「陛下ぁ♡すごいのだっ♡みんな手振ってるのだっ♡」
「そうね」
「吾輩、頑張ったのだっ♡」
「ええ、知ってるわ」
サフィールは静かに微笑みながら答えた。
周囲への演出としても完璧だった。
女王は理解している。
今必要なのは、“世界最強の獣人は完全に王家側である”と見せ続けることだ。
だからこそ、わざわざ自分からレイへ身体を寄せていた。
そして。
それを見た民衆は、極めて分かりやすく安心していた。
「あぁ……」
「今日も平和だ……」
「女王陛下がちゃんと押さえてる……」
完全に猛獣使い扱いである。
実際、半分くらいその通りだった。
レイは女王が隣にいるだけで異様に大人しい。
普段なら市場で肉を見つけて飛び込むし、気になった建物があると普通に壁を壊して中を覗こうとする。
だが今日は違った。
「のだっ♡」
ずっと機嫌良く女王へ擦り寄っている。
巨大な猛獣である。
一方、ユニコーンは死んだ目をしていた。
『…………』
帰りたい。
本当に。
だが、逃げる気配を見せると即座に後ろから。
「のだぁ?」
という声が飛んでくる。
怖い。
非常に。
そのため現在、ユニコーンは極めて大人しく歩いていた。
周囲の神官たちはその姿に感動していた。
「見ろ……」
「完全に従っている……」
「やはりレイ様は神代の王……」
違う。
恐怖である。
だが誰も気づかなかった。
王都中央広場へ近づくにつれ、歓声はさらに大きくなった。上空では色布が舞い、楽団が演奏を始める。
サフィールはその音を聞きながら、ちらりと横を見た。
レイ。
超笑顔。
民衆へ手を振りながら、時々こちらを見て嬉しそうに尻尾を振っている。
「のだっ♡陛下、綺麗なのだっ♡」
「今それ言う?」
「本当なのだっ♡」
周囲の貴族たちは遠い目をした。
世界最強の怪物。
なのに中身は大型犬。
だが。
その単純さが逆に恐ろしかった。
なにせ、この怪物は“女王が喜ぶ”という理由だけでユニコーンを捕獲してきたのである。
しかも北方大陸を半壊させながら。
意味が分からない。
やがて、ユニコーンは中央広場へ到着した。
そこには巨大な白階段と、王家専用の高台が用意されている。
民衆の歓声が止まらない。
「女王陛下万歳!!」
「レイ様ぁぁぁ!!」
「神獣だ!!」
サフィールはゆっくり立ち上がった。
そして。
わざとレイの腕へ手を添えた。
その瞬間。
広場の空気が変わる。
兵士たち。
貴族たち。
神官たち。
全員が理解した。
これは演出だ。
政治だ。
宣言だ。
“この怪物は女王のもの”。
それを、サフィールは大陸全体へ見せつけていた。
レイ本人だけが何も分かっていなかった。
「のだぁ?」
きょとんとしている。
だが、女王に触れられているので超幸せそうだった。
「のだっ♡」
尻尾が高速で振られる。
民衆はその光景に笑い、兵士たちは安堵し、臣下たちは胃を痛めていた。
そして遠く離れた諸外国では。
この凱旋式の報告を受けた王侯たちが、本気で頭を抱え始めていたのである。




