17
その晩、白亜宮殿は奇妙な熱気に包まれていた。
理由は二つある。
一つ。
世界最強の獣人レイがユニコーンを連れて帰還したこと。
そしてもう一つ。
そのレイが現在、女王サフィールの寝室から一切出てこないことだった。
「のだっ♡」
「ちょ、髪引っ張らないで」
「陛下が綺麗過ぎるのが悪いのだっ♡」
「はいはい」
寝台の上では、世界最強の怪物が完全に大型犬化していた。
レイは女王へ抱きつき、頬を擦り付け、尻尾をぶんぶん振っている。
一ヶ月ぶりである。
しかも。
その一ヶ月、北方大陸を半壊させながらユニコーンを探していた。
現在のレイは幸福感で脳が溶けていた。
「のだぁ〜〜♡」
「ほんと機嫌いいわね」
「陛下に会えたのだっ♡」
サフィールは少し笑った。
普段なら鬱陶しいくらい抱きついてくるこの怪物も、今日はそこまで嫌ではない。
むしろ。
帰ってきた瞬間、自分へ真っ直ぐ飛び込んできたことに少し満足していた。
寝台の上でレイはごろごろ転がった。
「ユニコーン見つけるの大変だったのだぁ!」
「でしょうね」
「雪山全部寒かったのだぁ!」
「ええ」
「あとユニコーン、全然捕まらないのだぁ!」
「でも捕まえたじゃない」
「獣人族の鼻を舐めるななのだっ♡」
得意げだった。
サフィールはレイの耳を軽く撫でた。
「偉かったわね」
「のだっ♡」
即機嫌爆発。
単純だった。
一方その頃。
寝室の外。
大広間。
こちらは別方向で大盛り上がりだった。
「ユニコーンを国家象徴化すべきです!!」
「いや、宗教利用だ!!」
「待て、外交カードとして強過ぎる!!」
「レイ様とユニコーンの組み合わせは神話級だぞ!!」
貴族。
神官。
大臣。
全員、目がギラギラしていた。
理由。
ユニコーン。
神聖幻獣。
それを“女王陛下へ献上するために”世界最強の獣人が捕獲した。
政治的意味が強過ぎるのである。
しかも現在。
そのユニコーン。
王宮厩舎の隅で死んだ目をしていた。
『…………』
帰りたい。
本当に。
だが。
周囲の人間たちは勝手に盛り上がっていた。
「神獣認定だ!!」
「いや、“王権の祝福”として宗教画を描かせろ!!」
「待て待て、ユニコーンを王家紋章へ組み込む案はどうだ!?」
「素晴らしい!!」
ユニコーンは震えた。
なぜこうなったのか。
三日前まで静かに雪原で暮らしていただけなのに。
今や国家政治の中心にいる。
意味が分からない。
しかも。
「レイ様はまさに神代の英雄……」
「ユニコーンすら従えるとは……」
「やはり女王陛下とレイ様の結合は運命……」
勝手に話が進んでいく。
神官長など半分感動していた。
「神話の再来だ……」
違う。
実際には。
「のだっ♡陛下ぁ♡」
「ちょっと苦しいわよ」
寝室でイチャイチャしているだけである。
しかし。
周囲は勝手に意味を見出す。
これが権力だった。
その時。
財務長官が真顔で言った。
「問題はユニコーンの維持費です」
空気が少し止まる。
「……食費は?」
「不明です」
「飼育環境は?」
「神官側も資料不足」
「神聖生物ゆえ下手に扱えば外交問題になる可能性も」
「そもそもレイ様以外に触れるのか?」
全員、黙った。
その瞬間。
厩舎の方から。
「のだっ♡」
声。
ユニコーンがビクッと震えた。
レイだった。
なぜか寝室から一瞬だけ飛び出してきたのである。
「ユニコーンぉ♡」
『…………!!』
ユニコーン、即座に姿勢を正す。
恐怖反応だった。
レイは満足そうだった。
「いい子なのだっ♡」
首を撫でる。
ユニコーンは硬直した。
怖い。
だが。
逆らえない。
その様子を見て、神官たちは完全に勘違いした。
「見たか……」
「神獣が完全服従している……」
「やはりレイ様は神代の王……」
違う。
ただ怖いだけである。
一方、レイ。
「のだっ♡」
満足すると即寝室へ戻っていった。
そして。
「陛下ぁ♡」
「もう戻ってきたの?」
「ユニコーン元気だったのだっ♡」
「そう」
また抱きつく。
完全に大型犬。
サフィールはため息を吐いた。
「ほんと落ち着きないわね」
「のだぁ〜〜♡」
レイは幸せそうだった。
その間にも。
外では国家中枢がユニコーン政治利用会議を続けている。
「“神獣を従えし王国”という外交宣伝は強いぞ」
「いや待て、レイ様の血統神話化も――」
「民衆人気がさらに爆発する……」
「王配化を急ぐべきでは?」
「当然だろう!!」
官僚たちは死にそうだった。
仕事が増える。
また。
一方。
寝室では。
「のだっ♡」
「ちょ、くすぐったいってば」
世界最強の怪物が女王へべたべたしていた。
国家の未来を左右する超重要人物たちとは、とても思えない光景だった。




