16 レイの帰還
王都アズ・ラハムは朝から騒然としていた。
北門側の見張り塔から、狼煙が上がったのである。
「レイ様だ!!」
その声は瞬く間に広がった。
市場の商人たちが顔を上げ、兵士たちが慌てて整列し、貴族たちは窓辺へ集まる。人々は皆、城壁の向こうを見た。
砂煙。
巨大な白銀の獣。
そしてその背に乗る銀髪の男。
「のだぁああああっ♡」
レイだった。
しかも。
ユニコーンに乗っていた。
純白の毛並み。雪みたいな鬣。長く鋭い角。神話に出てくる幻獣そのものだった。
だが。
周囲がざわめいた理由は別にある。
「あのユニコーン……」
「怯えてないか?」
「というか目が死んでるぞ……」
実際、ユニコーンはかなり疲弊していた。
ここ三日間、世界最強の獣人に延々と話しかけられていたからである。
「のだっ♡ 今日は吾輩の好きな焼き肉の話をするのだっ♡」
『…………』
「あと陛下がどれだけ綺麗か説明するのだっ♡」
『…………』
逃げようとすると即追いつかれるので、ユニコーンは諦めていた。
一方レイは超上機嫌だった。
「のだっ♡ 帰ってきたのだっ♡」
王都へ近づくにつれ、民衆の歓声が増える。
「レイ様ぁ!!」
「本当にユニコーンを捕まえたぞ!!」
「意味分からねぇ!!」
実際意味が分からない。
普通の国家なら国宝級事件である。
しかもレイは、まるで珍しい犬でも拾ってきたかのような気軽さで戻ってきていた。
王宮では既に準備が進んでいた。
「陛下、どうされますか」
侍女長が慎重に尋ねる。
サフィールは窓から遠くを眺めていた。
砂煙。
歓声。
そしてレイ。
「……ふぅん」
女王は静かに笑った。
内心では少し安心していた。
レイがいない一ヶ月、王宮は面倒事だらけだったのだ。
外交圧力。
婚姻提案。
権力闘争。
そして臣下たちの“王配にしろ”という空気。
正直うんざりしていた。
だが。
だからこそ。
ここでやるべきことは分かっている。
「正門を開けなさい」
「はっ」
「あと、歓迎式典の準備を」
「御自ら出迎えを?」
「ええ」
サフィールはゆっくり立ち上がった。
その目は冷静だった。
演出。
政治。
権威。
全部計算済みである。
今のザルハディアで最も重要なのは、“レイが女王側である”と周囲に見せつけ続けることだ。
それだけで、国内外の動きが止まる。
しばらく後。
白亜宮殿前広場。
貴族たちが並び、兵士たちが整列し、民衆が押し寄せていた。
そこへ。
ズシン。
ズシン。
ユニコーンが歩いてくる。
その背でレイは尻尾をぶんぶん振っていた。
「のだっ♡」
サフィールを見つけた瞬間、目が輝く。
「陛下ぁあああっ♡」
広場に歓声が広がる。
レイはユニコーンから飛び降りた。
着地の衝撃で石畳が少し割れる。
兵士たちは慣れているので誰も突っ込まない。
「見つけたのだっ♡」
レイは満面の笑みだった。
「ユニコーンなのだっ♡」
サフィールはそんなレイを見上げた。
雪焼けした肌。ぼさぼさの銀髪。無駄に巨大な体。完全に野生動物みたいな男。
なのに。
自分を見る目だけ妙に素直だ。
周囲の視線が集まっているのを確認してから、サフィールはゆっくり歩み寄った。
そして。
躊躇なくレイへ抱きついた。
広場がざわめく。
「……っ」
「陛下が自ら……」
貴族たちの顔色が変わる。
これは単なる愛情表現ではない。
政治的宣言だ。
“この怪物は私の側だ”。
それを、女王は全員の前で示していた。
レイ本人だけが何も分かっていなかった。
「のだぁ?」
きょとんとしている。
サフィールはレイの首へ腕を回したまま、小さく囁いた。
「ちゃんと帰ってきたわね」
「のだっ♡」
レイは一瞬で顔を緩めた。
「陛下の誕生日だからなのだっ♡」
その言葉に、周囲がまたざわつく。
ユニコーンを捕まえるためだけに、一ヶ月かけて北方大陸を半壊させながら旅していたのである。
意味が分からない。
だが。
同時に誰もが理解していた。
この怪物は、本気で女王へ懐いている。
そして女王も、それを利用している。
サフィールはレイの頬を軽く撫でた。
「ご褒美をあげないと」
「のだっ♡」
レイは超嬉しそうだった。
一方、広場の端では臣下たちが死んだ目で会話していた。
「……もう王配でいいのでは?」
「ここまで来ると否定する方が無理だろ」
「ユニコーン捕獲を愛情表現扱いする国家、終わってるな」
「でも国は繁栄してるぞ」
「それが一番怖い」
その頃、ユニコーンは広場の隅でぐったりしていた。
『…………』
帰りたい。
本気で。
だがレイが時々こちらを見る。
「のだっ♡」
ユニコーンは即座に姿勢を正した。
怖いのである。
サフィールはその様子を見て少し吹き出した。
「……完全に懐いてるじゃない」
『…………』
違う。
恐怖である。
だが誰も気づかなかった。
広場には歓声が響き、兵士たちは安堵し、民衆は笑っていた。
世界最強の怪物が戻ってきた。
しかも女王の腕の中へ真っ直ぐ帰ってきた。
それだけで、王都全体に安心感が広がっていたのである。




