15 厄介な善意
女王サフィールは昔から、人間というものがよく分からなかった。
少なくとも。
“忠臣”と呼ばれる連中の思考は、ずっと理解不能だった。
「……馬鹿なのかしら」
深夜。
王宮最上階。
サフィールは書類を読みながら、小さく呟いた。
横には誰もいない。
最近は静かだった。
レイがいないから。
「…………」
少しだけつまらない。
だが。
今は別のことを考えていた。
王権。
国家。
忠臣。
そして粛清。
サフィールは昔から躊躇がなかった。
邪魔なら殺す。
必要なら潰す。
忠臣だろうが関係ない。
それが彼女の統治だった。
実際。
歴代でも屈指の粛清頻度である。
なのに。
臣下たちは毎回驚く。
毎回理解できない顔をする。
そこがサフィールには不思議だった。
「……何故分からないのかしら」
例えば。
三年前に処刑された老宰相。
忠臣だった。
非常に優秀だった。
財政改革。
地方安定化。
交易拡大。
国に多大な利益をもたらした。
だが。
ある日。
『国家のためにも、王権に一定の制限を――』
と言った。
終わりである。
翌月には処刑。
周囲は驚愕した。
「なぜです陛下!!」
「宰相殿は忠臣ですぞ!!」
「国家の未来を思って――」
サフィールは本気で理解できなかった。
忠臣?
だから何?
国家の利益?
だから何?
王権へ制限をかけ始めた時点で危険。
それだけだった。
女王からすれば極めて単純な話である。
今は忠臣でも。
“国家のため”を掲げ始めた瞬間、人は平気で王を縛ろうとする。
しかも本人は善意。
そこが最悪だった。
「善意ほど厄介なものはないわ」
サフィールはワインを飲んだ。
実際。
歴史を見れば分かる。
貴族会議。
議会。
制限王政。
最初はだいたい。
『国家のため』
から始まる。
そして最終的に、王は権力を失う。
サフィールはそれを嫌っていた。
絶対に。
だから。
芽の段階で潰す。
忠臣だろうが。
名将だろうが。
人気者だろうが。
関係ない。
なのに。
臣下たちは毎回理解しない。
『陛下は冷酷だ』
『恩を忘れた』
『暴君だ』
勝手なことを言う。
サフィールは本気で不思議だった。
「……権力者が権力を守るのは当然でしょうに」
むしろ。
なぜ自分が感謝するとでも思っているのか。
忠臣たちは勘違いする。
成果を出せば安全だと。
違う。
成果を出し過ぎるから危険なのだ。
特に。
民衆人気。
軍からの支持。
“国家の利益”。
この辺を口にし始めると危ない。
サフィールは窓の外を見た。
王都の灯り。
豊かな国。
平和。
誰も飢えていない。
そして。
この繁栄を支えている最大要因。
レイ。
「……ほんと、変なの」
もし。
普通の王なら。
レイみたいな怪物は恐怖の対象だった。
絶対に殺そうとする。
あるいは閉じ込める。
だが。
サフィールは違った。
利用した。
囲った。
愛人にした。
そして。
現在。
国家そのものになりつつある。
実際。
最近では。
『レイ様と女王陛下』
この二人セットで国家認識され始めている。
かなり危険な状態だ。
だが。
サフィールには分かっていた。
レイは自分へ権力制限など言わない。
なぜなら。
何も考えていないから。
最高だった。
一方その頃。
北方雪原。
「のだっ♡」
レイ。
ユニコーンと仲良くなっていた。
意味が分からない。
本来。
ユニコーンは極めて警戒心が強い幻獣である。
純粋な乙女にしか近づかないとか、神聖生物とか、色々言われている。
だが。
現在。
白銀のユニコーンはレイの横で震えていた。
『…………』
怖いのである。
めちゃくちゃ。
なにせ。
目の前の生物。
普通じゃない。
山を踏み砕きながら歩く。
吹雪を気にしない。
しかも鼻が異常に良い。
「のだぁ♡」
レイは超笑顔だった。
「やっと見つけたのだっ♡」
『…………』
ユニコーンは逃げたかった。
本当は。
だが。
逃げられない。
レイ。
速すぎる。
しかも。
敵意がない。
そこが余計怖い。
「綺麗なのだぁ♡」
レイはユニコーンの首を撫でた。
ご機嫌である。
「陛下、絶対喜ぶのだっ♡」
『…………』
ユニコーンは理解した。
(こいつ……)
(たぶん悪いやつじゃない……)
(でも怖い……)
理不尽だった。
レイは雪原に座り込み、普通にユニコーンへ肉を差し出した。
「食べるのだっ♡」
ユニコーンは困惑した。
草食寄りである。
だが。
断るのも怖い。
『…………』
ちょっと食べた。
「のだっ♡」
レイ、超嬉しそう。
尻尾ぶんぶん。
ユニコーンは思った。
(帰りたい……)
しかし。
世界最強の獣人は完全に友達認定していた。
「一緒に陛下のところ行くのだっ♡」
『…………!?』
ユニコーン、戦慄。
一方。
遠く離れた王宮。
女王サフィールはまだ考えていた。
忠臣。
権力。
国家。
そして。
“理解できない臣下たち”。
「……ほんと、人間って面倒ねぇ」
だが。
その横には今いない。
何も考えていないくせに、妙に安心できる大型獣人は。




