14
王宮の空気は妙に重かった。
白亜宮殿。
大謁見室。
豪奢な柱が並び、香が焚かれ、王侯貴族たちが静かに列を作っている。
その最上段。
玉座に座る女王サフィールは、表情こそ優雅だったが内心かなり面倒くさくなっていた。
「……それで?」
冷たい声。
大臣たちは慎重に視線を交わした。
誰が言う。
誰が切り出す。
完全に押し付け合いである。
なにせ相手はサフィール。
機嫌を間違えると本当に首が飛ぶ。
だが。
最近。
国内の空気が変わり始めていた。
原因。
レイ。
世界最強。
国家繁栄の象徴。
魔物災害の終焉。
歩く国家予算。
しかも。
現在、女王の愛人状態。
そして問題なのが。
民衆も貴族も軍も官僚も、だいたい同じことを考え始めていた。
(……もう王配で良くない?)
である。
理由は極めて現実的だった。
まず。
レイがいる限り国が豊か。
次に。
レイが女王へ異常に懐いている。
さらに。
女王も明らかにレイを特別扱いしている。
なら。
正式に囲ってしまえ。
そうしないと怖い。
非常に。
なにせ。
もし他国へ取られたら終わる。
最近では。
「我が国の姫をレイ様へ……」
「ぜひ婚姻を……」
「側室でも……」
みたいな提案が本当に増えていた。
各国も必死なのである。
世界最強の怪物。
そりゃ欲しい。
しかも。
美女に弱い。
政治に興味なし。
つまり“入り込む余地があるように見える”。
実際には女王へベタ惚れなのでかなり難しいのだが、外部からはそこまで分からない。
だから。
圧力が始まった。
遠回しに。
非常に遠回しに。
「……陛下」
老貴族の一人が慎重に口を開いた。
「何?」
「その……レイ様についてですが」
サフィールの目が細くなる。
周囲の貴族たちが微妙に青ざめた。
怖い。
だが。
言わなければならない。
「レイ様は……今や国家の象徴」
「でしょうね」
「民衆人気も絶大」
「そう」
「軍からの信頼も厚く」
「ええ」
「……その」
老貴族は冷や汗を流した。
「正式な地位をお与えになられては、と」
沈黙。
広間全体が静まり返る。
サフィールはしばらく無言だった。
その間。
貴族たちは心の中で祈っていた。
(怒るな)
(頼む)
(処刑は嫌だ)
女王はゆっくり頬杖をつく。
「……王配にしろと?」
直球だった。
空気が凍る。
「い、いえ、そこまでは……」
「でもそういう話でしょう?」
「…………」
否定できない。
実際その通りだった。
最近では。
民衆の間ですら。
『レイ様と女王陛下、もう夫婦みたいなものでは?』
扱いである。
しかも。
割と歓迎されている。
理由。
国家安定のため。
極めて現実的。
市場の商人たちは真顔でこう話していた。
「頼むから結婚してくれ」
「あの獣人を他国へ取られたら終わる」
「女王陛下なら抑えられる」
「むしろ陛下しか無理」
民衆からすると、レイは災害でもある。
だが。
女王の横にいる時だけ妙に大人しい。
つまり。
必要。
非常に。
現在。
その空気が王宮にも来ていた。
サフィールはワインを揺らした。
「……ふぅん」
実際。
彼女自身も理解していた。
レイを正式に王配化するメリットは大きい。
権力基盤がさらに安定する。
軍も民衆も歓喜。
属国も黙る。
外交的威圧も増す。
ついでに。
レイを他国へ奪われにくくなる。
理屈だけなら完璧だった。
だが。
問題がある。
(……あの馬鹿が王配)
想像した。
玉座の横。
「のだっ♡」
って言いながら肉食ってるレイ。
会議中に昼寝。
外交式典で女王へ抱きつく。
最悪だった。
サフィールは軽く頭を押さえた。
そこへ。
別の貴族が慎重に言った。
「最近、北方王族からも接触が増えております」
「知ってるわ」
「西方連合も“レイ様との婚姻”を……」
「でしょうね」
「つまり」
老大臣が真顔で言う。
「囲わねば危険です」
非常に生々しい発言だった。
愛ではない。
国家戦略。
完全に。
しかも。
皆、本気で恐れている。
レイが他国へ行った場合。
軍事バランスが崩壊する。
実際。
レイ単体で国家級戦力なので。
サフィールは静かに笑った。
「……皆、必死ねぇ」
貴族たちは内心叫んだ。
(そりゃ必死だ!!)
その頃。
レイ。
「のだぁああああ!!」
北方雪原でユニコーンを追いかけていた。
「待つのだぁあああ!!」
本人。
王配問題とか何も知らない。
ただ。
女王の誕生日プレゼントを探しているだけである。
しかも。
「陛下、絶対喜ぶのだっ♡」
めちゃくちゃ楽しそう。
なお。
現在レイ不在にも関わらず、周辺国家は普通に震えていた。
理由。
“帰ってくる”から。
それだけで怖い。
王宮。
サフィールは窓の外を見た。
夕焼け。
遠くの砂漠。
そして。
少しだけ思う。
(……王配、ねぇ)
昔の自分なら笑っていた。
男を隣へ置く?
面倒。
邪魔。
利用するだけで十分。
そういう女だった。
なのに。
最近。
「のだっ♡」
って抱きついてくる怪物がいないと、妙に静かに感じる。
サフィールは小さくため息を吐いた。
「……ほんと馬鹿」
だが。
その横顔は、少しだけ柔らかかった。




